その224 一人目の容疑者
そして現れたのは、若くて元気の良さそうな男の方でした。
黒縁の眼鏡をかけたその男性は、太い眉毛に長い前髪の、「私モブキャラです」とでも言わんばかりの
ちょっぴり不潔っぽくて、とても食品を扱う職業に就いている人とは思えませんでしたが、人材不足の昨今、こういうのが調理師やっててもしゃーないか、とも思いました。
『………………』
彼を待っていた女の子が、無言のまま席を立ち……私も慌てて、口の中の白米を飲みこみます。
「どうもこんにちは」
先に待ってたの、私なんですからね。
質問するのも、私です。
「私、夢星最歩と申します」
すると福永さんは、ちょっと驚いたように顔を引いて、
「あ、ども…………」
と、会釈します。
なんだか彼、ちょっぴりドン引きしてるっぽい。
うふふふ。福永さん、私のような美少女が珍しいと見えます。
「あなた、口の周りに青のり、すごくついてます」
……でもなかったか。
むぐむぐと、袖で口元を失敬。
「ええと。私、この辺りで起こった殺人事件の調査中なんですけれど」
「へえ。そうなんですか」
「あなた、殺しましたか?」
「へ?」
「どうなんです? あなた、娼婦たちを殺しましたか?」
「…………いいえ。なんでそんなことを聞くんです」
流石に不快に思ったのか、感情のない瞼が見開きます。
ちなみにもう、この時点で聞きたいことは終了。
もし彼が殺人鬼なら、“嘘を見抜く”能力を持つゴーキちゃんが合図を送ってくれているはず。
それがないということは……彼、シロということ。
「あなた最近、プレイヤーに目覚めたでしょう? いまって、一番心が不安定な時期なんだと思います。――だから、良くない“レベル上げ”活動でもしたんじゃないかしらって。そう思いまして」
「してねぇよ」
「……ふむ」
「なんだ? 俺、疑われてるのか?」
「はあ」
「弱ったな……」
話をしつつ……ゴーキちゃんの様子を伺います。
――反応、なし。
はいはい。なるほどね。
それじゃあもう、次行きましょっか。次。
……とも思いましたが、相手は一応、“
変に勘ぐられるのもアレなので、「ちゃんと捜査しているよ」という風を装うために、会話を続けます。
「これは、容疑者の方、全員に聞いていることなのですが……」
そして、アズサさんから預かったメモ帳をぺらり。
イカちゃんのイラストが描かれたその紙切れには、丁寧な文字で事件の情報が書き込まれています。
「三週間前の火曜日。……夜の九時頃、何をしていたかわかります?」
「火曜日? その日なら、店で仕事してたけど」
「そうですか。……では、一週間前の日曜日は? 同じ時刻です」
「その日も、仕事だな」
「…………一昨日の金曜日は?」
「仕事だ」
「ふーん」
一応、話をメモっているふりをして……と。
「……具体的に、どういう仕事をしてたとか、聞かないのか?」
「え? ……ああ、まあ。では、どうぞ」
いけないいけない。
彼、私の適当な対応に、ちょっぴり不審に思っているみたい。
「床の掃除して……あと、ガスコンロを拭いたりとか」
「ふうん」
すると、その時でした。
『それを、ショウゲンできるヒトは?』
会話に割って入るように、とある少女が口を開きました。
先ほど店に入ってきた女の子。
恐らくですが、私と同じ目的……つまり、娼婦殺しの犯人を調査しにきた人でしょう。
「できると思う。ええと、女将さん。三週間前のことから……証言、できそう?」
「えー? どうだったかしら。ちょっと覚えてないわねぇ」
「じゃあ、一週間後の日曜日は」
「んー…………どうだったかしら」
「それじゃ、一昨日の金曜日は?」
「――ん…………一昨日…………ねぇ…………」
雲行きが怪しくなって、福永さんの表情が曇ります。
「おいおい。毎日ちゃんと、片付けてたじゃないか」
「そうねぇ。少なくとも……不都合が起こった日は……一日もないわねぇ」
「ほらな?」
いや、「ほらな」って言われても……。
そんなの、ちょっと早めに出勤して厨房を掃除しただけかもしれませんし。
――でもまー、アリバイってそーいうものなのかも。
と、そこで少女の目が青く輝きます。
《スキル鑑定》を使っているのでしょう。
『――レベル、14……おまえ、どこでレベルをあげた?』
「そりゃ、ゾンビ狩りさ」
男は、苦い顔で応えます。
「“プレイヤー”同士の殺し合いなんて、まっぴらごめんだったけど。……知ってるだろ、この辺りまだ、ちょくちょくゾンビが出るんだよ。そうなったらもう、戦うのは“プレイヤー”の仕事になる。……だろ? 女将さん」
訊ねられた女将さんは、おっとりと顔を縦に振ります。
「そうねえ。先週も、ゾンビを3匹もやっつけてくれて。福永くんには、助けられているねえ」
「だろ? へへへ……」
少し照れたように鼻の下を掻く福永さん。
私は「もういいかな」と思って、焼きそば定食のお代を支払いました。
「おや。もういいのかい」
「ええ」
そう応えると、福永さんは少し安堵して、
「それじゃ、俺、仕事に戻るから」
「どうぞ~」
と、彼を帰らせます。
『………………』
無言の彼女は、まだ何か聞きたいことがあるようでしたが……なんとなく流れに従って、店の扉を開きました。
▼
さて。
「………………」
『………………』
私たち二人、無言のままなんとなく、同じ道を歩いていきます。
同じ殺人犯を追う者同士、協力すべきかとも思いましたが、どうもそういう雰囲気ではなく。
両者の間には、おおよそ十メートルほどの距離感。
そこで私、彼女に見られないよう、
「……《テラリウム・
小声で呟きます。
「ゴーキさん。――さっきの話、聞いてました?」
一応、確認。
ゴーキさんと私、最近ちょっとおしゃべりしてませんでしたから。
テラリウムの中はいま、少し前よりも格段に快適な雰囲気になっていて、その中央には一軒、可愛らしい木の小屋が建っています。
私がその中を覗き込むと……。
『むむむむむ』
なんだか難しそうな表情のゴーキちゃんが、あぐらをかいていました。
……うわ。なんか嫌な予感。
「ねーえ。ゴーキちゃん?」
『むむむむむむむ』
「あのぉ。ちょっと……」
ひょっとしてまだ、拗ねてるのかしら?
でも、しょーがないでしょう。
杏奈さんと早矢香さんの件……実戦稽古といったって、こちとら無限に命があるんです。ちょっとくらい舐めプしてあげないと、相手の二人が可哀想じゃありませんか。
『むむむむむむむむ!』
「あのー………?」
これ、またトゥインキーを持ってくる必要があるかしら。
そう思っていると、
『うーーーーーーむ。しゃーない! 教えてあげる!』
と、何やら一人で決心して。
『いま、一緒にいるやつ。あいつ、“ゾンビ使い”だぞ』
「えっ」
それまじ?
『うん、まじ。……まあ、言わなくてもそのうち、気づいてたと思うけど』
「それ……ひょっとして、危険ってこと?」
『そーだな。ヤツには以前、お前のこと見られてるし』
そっかー。
「じゃ……殺しちゃいましょうか?」
『いや』
そこでゴーキちゃん、ずいぶんと複雑な表情で、こう言います。
『それについては、いったんストップだ』
「なんで?」
『まだ、向こうは襲いかかってきていない。……なら、出方を伺おうじゃないか』
「でも……」
『“ゾンビ使い”は、殺そうと思っても殺しきれる相手じゃない……下手に刺激するくらいなら、できれば……』
「???」
『できれば、協調路線を……考えたい』
「………………………………………えー?」
いやそれ、無理じゃない?
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