その223 殺人捜査

 現代に蘇ったジャック・ザ・リッパー……“娼婦殺し”に関する案件を受けたのは、メイドロボ・よし子と別れてから二週間後のことだった。


『……って訳だ。なんとかしてやってくれ』

「了解」


 亮平おとうとの連絡を受けて、嘆息。

 どうもこれは、手間暇がかかりそうな案件だ。


「だが、お客さんはわかっているのかい。……“ゾンビ使い”の報酬は、結構高いぞ」

『問題ない。お相手は、イイトコのお嬢さんだって話だ』

「しかし、ちょっと前みたいに、報酬関係でトラブルになるのはごめんだ」

『――そうは、ならないさ。おれの見立てではな』

「なら、いいが」


 無線相手の亮平は、すこしつっけんどんな口調だ。


――あいつ、この前のこと、まだ怒っているのか。


 まるで子供だな。

 いつまで経っても、子供のままだ。お互いに。

 僕は苦笑して、


「それじゃあ、さっそく動き始めるとする。……妖しいプレイヤーは、この……」

『ああ。三人だ。福永誠、中村萌子、それと、あの……』

「太郎さん、な」

『そう』


 亮平の、ため息交じりの口調。


『今回の依頼は、“楼主”に恩を売る目的もある。頼んだぜ』

「了解」


 気軽にそう応えて、大きく伸びをする。

 ちょうど、室内を掃除させているゾンビが手を止めたところだった。


「ありがと。――じゃ、珈琲を入れて置いてくれ。ブルーマウンテン2:マンデリン8の割合。大きめのマグに、たっぷり牛乳と砂糖を」

『がう』


 メイド服姿に着替えた彼女を見送り、マウスに触れる。

 画面はいま、“ミント”視点だ。

 柔和な死に顔の彼女は、人混みに紛れてもゾンビだと気づかれにくい。

 便利に使い回しているうちに、いまや僕が使っている個体の中では、最強格の一匹となっている。


「さて、と」


 今日も一仕事、やるか。



 そうして僕(の操作するミント)が訪れたのは、『異世界現地民』と題された定食屋である。


――?


 僕は、これに似た店を知っている。

 『異世界転生』という居酒屋だ。あれの姉妹店だろうか? だとしても、雰囲気は似ても似つかないくらい、寂れている。コンセプト居酒屋というものは普通、もっと景気の良い雰囲気なはずだ。


 油でべとべとになった引き戸を開くと、四人がけのテーブルが五卓ほどある、こぢんまりとした小さな店内が現れた。


「ふむ」


――僕なら、よっぽどのことでなければ入らないな。


 店は一応、お客で埋まっていて、みな具なしのインスタント麺+ごはんと漬物を、大してありがたげもなく食べている。


――こういうタイプの店か……。


 そう思いつつ、目標の福永さんを探す。

 亮平の情報によると、最近プレイヤーになったばかりだという彼は、厨房の方で主に働いているらしい。


『はーい、いらっしゃい~』


 ごく普通の挨拶と共に、店の女将さんが頭を下げる。


『いま、テーブルは満席なんですよぉ。ちょっと待っていただいても大丈夫?』


 僕は一瞬、指先を止めたのち、


『すいません。フクナガさんを、よんでください』


 と、文字入力。

 その文章を、ミントが棒読みっぽく読み上げる。


『福永? ――ああ、あの子ならいま、休憩してるけど』

『そうですか。では、まちます』

『はい、それじゃあ、そこで待っててね~』


 言われるがまま、ミントを椅子に座らせる。

 しばし、数人の男女が麺を啜る音が聞こえるだけの、空虚な時間が続いた。

 客は……ゾンビハンターと思われる、血で穢れた男と、肉体労働者が数名……そして、この場所にまったく似つかわしくない美少女が一人。


『ずぞぞぞぞぞーっ! ずぞ……。ずぞぞぞぞぞーっ』


 と、元気よく焼きそば定食を食べている。

 普通のカップ焼きそばに目玉焼きを載せたものと、山盛りのご飯。

 僕が一時期ハマっていた組み合わせを愉しんでいる彼女に、思わず気が惹かれる。


――たぶん彼女、プレイヤーだろうな。


 そう思った。

 危険地帯を平気でうろつく女の子なんて、プレイヤーか、その関係者以外にあり得ない。


『はっふはふ……! もっもっも!』


 彼女――付け合わせのキュウリをばりばりと食べながら、白米をかっこんでいる。


『うーん……。おかわり!』

『あいよっ』


 景気の良い言葉に、女将さんも上機嫌だ。

 と……そのタイミングで僕は、彼女のテーブルの上に置いてある、髑髏の仮面に気づく。


 ………………………………。


 しばし、間抜けた顔をして。


「あっ!」


 PC前で、思わず声を上げた。


――こいつ、髑髏仮面じゃないか。


 まさかこんなところで、こいつと出くわすとは。

 孝之助さんの情報によるとあいつ、夢星最歩と名乗っていたらしい。

 本名かどうかはわからないが……。


『………………ん?』


 と、そこで、最歩と目が合う。


――やばい。


 慌ててマウスを操作し、それとなく周囲を見回すが、遅かった。

 どうやら向こうも、こちらに気づいたらしい。


『あなた…………どこかで…………?』


 彼女とは、サクラを操作している時に一度、交戦している。

 その際はまったく刃が立たず、サクラが殺されてしまう結果に終わったが……。


――僕の正体に、気づいたか?


 だとすると、どうする? 戦うのか?

 一瞬、いろいろなことを考えたが、結局のところ彼女は、こう言った。


『ま、いっか♪』


 そして再び、焼きそばをずぞぞぞぞぞーっ。


 内心、胸をなで下ろす。

 と同時に、こうも思った。


――この女……案外、アホなのかもしれない。


 その時だ。


『お客さん! 福永、戻ったよー』


 という言葉が、店内に響き渡ったのは。


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