その222 素敵な朝

 そんでもって、わたくし視点。

 “ランダム・エフェクト”の刺客と戦ってから、数週間後。


 ある日の、朝。


「………………ふんふんふんふん! ふんふんふんふん! はっはっはっは!」


 というマオちゃん(トイプー。二歳、♀)の目覚ましで、ぼんやり起きて。

 ぺろぺろぺろぺろ、ちゅっちゅっちゅっちゅっと、百万回目のキッスを奪われます。

 私しばらく、お腹の上で踊るわんこをもしゃもしゃしたり、太陽の匂いのするふわふわの毛を嗅いだりして。


「あっ。おはよー!」

「……おはようございます……」


 アズサさんの、元気な一声。大きく伸びをします。

 アズサさんはいま、えっちなマンガの登場人物みたいにきわどいメイド服を着て、お尻をふりふり、朝食の準備をしてくれていました。


 すでにその辺りには、じつに美味しそうな匂いが漂っています。

 目玉焼きにベーコン、トースト、珈琲……。

 そして、朝の心地よい空気。


 『幸福』という言葉をそのまま体現したような朝に、思わずにっこり。


「…………さて」


 私は、目玉焼きとベーコンをトーストの上に載っけながら、秘書……みたいな役目を負ってくれているアズサさんに、問いかけます。

 彼女は今、私の隠れ家から『魔性乃家』へと通う日々を送っていて、私もその生活に、すっかりと慣れてしまっていました。


「本日のご依頼は?」


 さいきん私、“楼主”さん専属の何でも屋みたいになってます。


「――一件、あるよ。……『魔性乃家』周辺で、立ちんぼが三人、殺されてる。……そいつをなんとかしてほしいって」

「ふむ」


 それは、大事ですわね。


「“レベル上げ”目的の“プレイヤー”かしら」

「たぶんね。……死体は時に、“遊ばれた”様子はないから」


 殺すことだけが目的なら、そうなるか。


「だとすると、なぜ娼婦ばかり殺すんでしょうか」

「わかんない。けどセックスワーカーって、嫌われていることが多いから」


 職業差別的な考えの“プレイヤー”ってことかな。


「ひどいよね。“ゾンビ”がいなくなったら、これだもの」


 なんとも、救いようのない話ですわねぇ。

 人は……争わずにはいられない生き物なんでしょう。


――やっぱ滅ぼした方がいいな、人類。


 私は、しかめっ面のままパンを口にして、しゃぐしゃぐと咀嚼します。


「それじゃ、“ランダム・エフェクト”狩りはいったんストップ?」

「そうね。……『魔性乃家』を見張ってた二人組の消息がわからなくなってから、連中も慎重になってるみたい」

「そうですか」

「あれ……最歩ちゃんが殺ったの?」

「なんのことやら」


 私、砂糖をたっぷり入れた珈琲を味わいながら、膝の上のわんこをふかふか。


「そんじゃあその、娼婦殺しの悪者は、徹底的にやっつけるとして……何か、手がかりになりそうなものは?」

「ある。最近“プレイヤー”になったやつが、この辺りに二人。……それともうひとり、妖しい感じのプレイヤーがいるって。そいつらから当たって見るといい」


 じゃ、その辺が有力候補ですわね。


「――ところで最歩ちゃんって、《カルマ鑑定》は覚えてないよね?」

「はい」

「だったら、犯人を見つけるの、ちょっと難しいかも。捜査に迷ったら、《スキル鑑定》をかけてみて。レベルが妙に上がっているやつを見かけたら妖しいとおもっていいと思う」

「了解」


 ぶっちゃけ私、《スキル鑑定》も覚えてないんですけれど。

 とはいえ、心配不要。

 私、推理するまでもなく、犯人を一発で見分けられるんです。


 ゴーキちゃんには、ウソか真実かを見抜く力がありますからね。

 まあ彼女、いまちょっぴり、拗ねちゃってますけど。

 前回の戦いで私、舐めプが過ぎてやらかしちゃいましたからねぇ。



 そうして私、いつものぴっちりスーツに着替えて、“白昼夢の面”(新品)を装着します。


「それじゃ、本日も元気に、お仕事していきましょっか」


 そう言って私、隠れ家を出ることに。


『う……あ…………ああああぁ…………』

「おはようございます、ダンディさん」

『あう』


 美味しそうな匂いに導かれてきたのか……我が家に棲み着く、用心棒役の“ゾンビ”とご挨拶して。


「ところで、本日のお天気はいかが?」

『あえ、あえ…………』

「えっ。雨? ……ダンディさんったら、嘘ばっかり。ぜんぜん晴れてるじゃないですかー。嘘ばっかり言ってると、殺しちゃいますよ?」

「あぇ…………」

「うふふふ」


 なんて、茶番を繰り広げつつ。

 ちなみに、彼の名付け親は、アズサさん。「うちの見世にくるお客より、よっぽどイケメンね」とのこと。


 私、とことこと隠れ家を出ながら、受け取った三人の“容疑者プレイヤー”の情報をチェック。




①福永 誠

 レベル1~5くらい。なので、プレイヤーとしてのジョブはなし。

 仕事は調理師。『魔性乃家』から少し離れた、準危険区域の定食屋にて勤務。

 覚醒は一ヶ月前。表面上は安定した性格。「下手にレベルを上げなきゃ、他のプレイヤーに殴られることもないんだろ? じゃ、一生このままでいいや」とのこと。

 20代前半。眉が太い男。そこそこイケメン?

(アズサメモ:お店でお昼を食べるなら、焼きそば定食がオススメ!)


②中村 萌子

 プレイヤーとしてのジョブはなし。

 仕事は娼婦。『魔性乃家』勤務。

 お客とのプレイ中、“プレイヤー”として覚醒した、とのこと。

 たぶん、お客さんの感謝の気持ちがトリガーになったかと思われる。

 専門はSM。少し感情的な性格で、基本的に男性を見下しているよ。

(アズサメモ:でも話してみると、すごく良い娘だよ)


③ハンバーガー大好き太郎

 “遊び人”。男っぽい通名だけど、これはあだ名。

 “ランダム・エフェクト”のタカ派……というか、一番ヤバい人。

 もともとはディスティニー・アイランドで暮らしていたけど、追放されて今の立場に。東京駅に住んでいる“プレイヤー”の中では、戦闘力はぶっちぎり。

(アズサメモ:いちばん、何をしでかすかわからない娘。もし彼女と関わるなら、慎重に。必要なら、誰かの助けを得てね)




 ふむ、ふむ。あらら。


「………………これ」


 アズサさんったら。

 “ランダム・エフェクト”狩りはストップとか言っておいて……ちゃっかり今回も、あいつら案件じゃないですか


 ……まあこの感じ、あくまで容疑者の一人、って感じですけれど。

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