その221 親友より

 本日の昼食。


①ほかほかのご飯を炊く。

②コンビーフをフライパンで炒める(この時、油を引く必要はない)

③いい感じにコンビーフがほぐれてきたら、それに醤油とマヨネーズを混ぜる。

④出来上がった美味しいやつを、ご飯の上に載せる。

⑤さらにその上に、卵黄を載せる。


 こうして出来上がったコンビーフ丼を、むしゃむしゃとかっこむ。


「はぐ……はぐ、はぐ…………むぐ…………もにゅ…………」


 弟に“壊れゆく人間の食い物”と評されたその食い物を、僕は無造作に片付けた。


 こういうものをいくら食っても太らないのが、“プレイヤー”の良いところ。

 とはいえそれでも……最近少し、肉がつき始めている気がするけど。


 いま、PC画面の中には、よし子を支えるように立つ、喜田孝之助さんの姿が表示されていた。

 孝之助さんはいま、立派な背広に着替えていて、“中央府”の文化的な生活に備えている。


 僕こと……先光灰里はその様子を眺めながら、ルートビアをごくごくと飲んだ。

 つんと鼻につく味が喉を通って、僕は深く嘆息する。

 なんとなく、映画の一場面を鑑賞しているような気分だった。


『それじゃ…………これで、お別れだな』


 孝之助さんが、穏やかな表情でこちらを見下ろす。

 僕は素早く、キーボードの“E”キーを二度、そしてエンターキーを押下。


『ええ』


 死地から戻って、一週間。

 彼はいま、一つの決断をしていた。


 孝之助さんの背後には今、高速バスが停車している。

 その車体はあちこち、ぼこぼこにヘコんでいた。歴戦の装甲車だ。

 これからこのバスは、“ゾンビ”がうろつく高速道路を進んで、“中央府”へと向かう。

 危険な道のり、だが。

 少なくとも、この場所にいるよりはマシだろう。


 僕は深く嘆息して、マウスを操作。

 彼の肩にぽんと手を置く。


『ブジに、ヘイワに……くらしてくれ』


 それが、今の僕に言える精一杯だった。


『ああ。……あんたもな』


 こくんとうなずく。

 結局彼は、街を出ることに決めた。


 僕としては彼に、ずっと“プレイヤー”として活躍してくれることを望んだが……。


――俺、この街が合ってないんだと思う。


 というのが、彼の結論だ。


 “終末”後、彼は様々なことを、この街で試してきた。

 “プレイヤー”として生きることも、人間として生きることも……。

 けれど彼にとっては、全てが噛み合わなかった。


 たぶんそれは、この街が……暴力に支配されていることと無関係ではないだろう。


 だから彼は、いっそ環境を変えることにしたのだ。

 愛する人……いや、ロボと共に、いつまでも在るために。


『チケットの手配、ありがとな。……当座の資金援助も』

『きにするな』


 “終末”後、僕はちょっとした事業に手を出している。

 そのため、金銭面に関しては正直、不自由していなかった。


『ボウケンのホウシュウには……カネとオンナを、えるものだ』


 僕の軽口に、孝之助さんが苦笑する。


『カノジョを、タイセツにしてやってくれ』

『もちろん。……この命に替えても』


 そして、長い間、世話になった彼女に視線を向けて。


『よしコ』

『ドモドモ~ (^^ゞ』


 僕は、しばらく指を止める。


 正直……何を言うべきか、迷っていた。




――ドウモ、コンニチワ。ワタシハ、よし子ト、イイマス。m(_ _)m

――《目星》ニハ、自信アリ! 問題アリマセン!(≧ω≦)

――ドリャアアアアアア!《マーシャルアーツ》+《こぶし》! (*_*)




 ……。

 …………。

 ……………………。




――チョット! ゴ主人様! イクラナンデモ、食ベスギデス! プレイヤーダカラッテ、何食ベテモイイワケジャナイデスヨ! (>_<)

――元気ダシテクダサイ。キットミンナ、ゴ主人様ヲ、誤解ナサッテルンデスヨ。(T_T)

――兄弟ゲンカガ、ナンデスカ! スグキット、仲直リデキマス! (^^)/




 ……。

 …………。

 ……………………。




――イイデスカ、ゴ主人。……真ノ偉業トハ、着実ニ一歩一歩、ヤッテイクシカナイモノ、ナンデスヨ。 (^_^)v

――貴方ノ、崇高ナ志。ソレヲ……タッタ一度ノ失敗デ、曲ゲテシマウノデスカ? (-_-)

――ガンバレ♪ ガンバレ♪ (^^)




 ……。

 …………。

 ……………………。



――アーララ、ゴ主人。マータ、ヤラカシタンデスカ? (>_<)

――失敗シタカラッテ、気ニシチャダメデス。 (^o^)

――失敗カラ学ビヲ得テ、マタ挑戦スレバイイヤナイデスカ。 (*^_^*)

――……チナミニ今ノ台詞、ウォルト・ディズニーノ名言データベースカラ、持ッテ来タ言葉デス。テヘヘ。 (^_-)




「…………………………………………ふふふ」


 笑い声が、漏れ出る。

 思えば、彼女との付き合いは長い。

 “終末”後の、一年半。

 ずいぶんと長く、共に暮らしたものだ。




――ネエ、ゴ主人。 (-_-)


――ワタシ…………ソノ。 (^_-)


――好キナ人ガ、デキチャイマシタ。 (>_<)




 そして……今。

 彼女は、巣立ちの日を迎えている。


 妙な気分だった。

 親しい友に、恋人ができるというものは。


 胸が、ぽかぽかと暖かい。

 他人事なのに、なんだか口元が緩んでいた。


『よし子』


 たたたた、と、キーボードを入力する。


『いままで、ありがとう。……しあわせに、なれ』


 これまでずっと、無茶ばかり言ってきた。

 結果――多くの実りが得られていて。


 感謝しても、しきれない。


『ハイ! (T_T)』


 よし子は、残った片腕をひょいと上げ、ぶんぶんと振る。

 その姿を、しっかり録画していることを確認してから……僕も、二人に手を振った。

 PCモニターの前で。

 意味なんてないって、わかっていたけど。


 きっと彼女には、伝わっただろう。



 そうして、二人を見送って。


 僕は、孝之助さんから渡された、二つの紙切れを観察する。


 一つは、“悪魔の証明書”。

 雑に紐綴じされた羊皮紙の束。そこにはいま、何も書かれていない。


 そしてもう一つは……一枚のメモ帳だ。

 これも“証明書”と同じく、羊皮紙に書かれたもので……そこには、このような言付けが書き込まれていた。




『ゾンビ使いへ。


 頼みがある。

 あたしの死体を、死なせないでくれ。

 たぶんそのうち、必要になる。

             あんたの親友より』




 紙切れに、差出人の名はない。

 ただ、“ゴーキ”と名乗る悪魔から、これを預かったと聞いている。


「ふむ……………………」


 ゲーミングチェアに深く座り、眉をしかめて。


「死体を、死なせないでくれ……か」


 なんだか、矛盾しているように聞こえる一文、だが。


「……………………………狩場…………豪姫ゴーキ………………」


 ぽつりと、友の名を呼ぶ。

 正直……いま、何が起こっているのか。

 わけがわからない……が。



 僕にはまだ、やるべきことがあるようだ。

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