その218 彼のやり方

 その後、悪魔が早口で語ったスキル構成は、以下のようなものだ。




”怠惰な格闘家”

レベル:36

○基本スキル

《格闘技術(初級)》

《自然治癒(強)》《皮膚強化》《皮膚強化》《皮膚強化》《骨強化》《骨強化》

《飢餓耐性(弱)》

○魔法系スキル

 なし

○ジョブ系スキル

《怪力Ⅴ》《防御力Ⅲ》

《投げ(仮)》




 一連の情報を、語り終え。


『…………ふーむ。なんというか…………これは……』


 ゴーキは、渋い表情で眉をしかめた。


「なんだ?」

『うまくいえんが。んー? ……どういう理屈で、こんな感じのビルドに……?』

「どう言う意味だ」

『なんでオメー、《格闘技術》と《飢餓耐性》を最後まで取らないんだよ。定石だろ。あと、《皮膚強化》と《骨強化》が複数あるけど、これなに? なんかのバグ?」

「????」


 よくわからんが、貶されている気がする。


「あとこの、《投げ(仮)》ってなんだ? かっこかり? オリジナルのスキルだとしても、雑すぎるだろ。名前』


 ゴーキは、頭をがりがりと掻きむしって、


『まあ、とにかく……ふつーのスキル構成じゃないことは間違いないな』

「そうか」

『ところでオメーさん、よく、不器用とか、情弱とかって言われない?』

「いや、べつに」

『んー。……まあいっか。戦うのは、あんただし』

「……………………」


 ずいぶんと不安にさせてくれるやつだ。

 孝之助だってまだ、完全に記憶が戻ったわけではないのに。


 ただ、それでも。

 孝之助にはもはや、「戦う」以外の選択肢はない。

 そうすることでしか自分は前に進めないのだという、根拠のない確信があった。


『とにかくあんた、“暗殺者”との相性がいいとは思えないな』

「そうなのか?」

『ああ。――たぶんこれ、防御力特化のビルドだ。攻撃を受けながらも、それ以上の攻撃力で敵をねじ伏せる。そういう戦い方をする』

「……………………」


 そういう戦い方が得意なプレイヤーを一人、知っている。

 夜久銀助。

 もうすでにこの世にはいない、銀助の友達。


――そうか。だから俺たちは、仲良く……。



『バトルはぶっちゃけ、運ゲーになる。“暗殺者”のパッシブスキルが発動してオメーがくたばるか、それとも先に、オメーの攻撃力が敵をぶっ倒すか』

「……………………」


 なるほど、わかりやすい。

 孝之助は、ゆっくりと立ち上がり……杏奈たちの元へ歩いて行く。


『とにかくオメーは、可能な限り攻撃を受けずに《投げ》とやらを叩き込め。そうすりゃ勝てる。たぶん』

「たぶんって……」

『この、《投げ》……オメーが編み出したオリジナルのスキルなはずだ。だったらその名の通り、強力な攻撃手段のはず』

「……………………」


 それは、そうだ。

 孝之助は、その点に関しては不思議な確信をもっている。


『まあ、もし運悪く死んじまっても、気にするな。その時はすかさず、あたしが仇を討ってやるからさ』

「……………………わかった」


 どうもこの悪魔、信頼できそうにない。

 だが、一時的な共闘くらいなら、不可能ではなさそうだった。


「俺が、敵を惹きつける。その間にお前が、“ドアノブ”を盗む。それでいいな?」

『おうとも』


 ……よし。

 孝之助は気合いを入れて、すっくと起き上がる。

 “プレイヤー”であるという事実を認識してからというもの、その足取りは軽い。

 とてもではないが、ほんの十数分前まで、ひどい拷問を受けていたとは思えなかった。


――この力を……俺は、わざわざ捨てようとした。


 いや。ちがう。

 正確には、この力を捨てたいと願ったわけではない。

 忘れたいと、そう願ったのだ。

 我ながら、なんだか中途半端な願いである。


 自分は、超人であることを否定したかった。

 だがきっと、ゾンビに噛まれて死にたくもなかったのだのだろう。


「やれやれ」


 自分の小胆さにため息を吐きながら、孝之助は口を開いた。


「……よう」


 すると二人は、イタズラを見とがめられた子供のようにびくんと跳ねて……「なんだおまえか」という顔をした。


「…………なに? ちょっといま、忙しいの」


 事情はすでに、知っている。

 どうやらこの二人、夢星最歩を派手に殺したせいで、帰還に必要な唯一の切符……“どこにでも行けるドアノブ”を紛失したらしい。


 恐らく、この辺りのどこかにあるのだろうが……。


――まったく。間抜けなやつらだな。


 こんなのに命を握られていたかと思うと、なんだか笑えてくる。


「おまえら、ちょっと聞け」

「は?」


 杏奈が、顔を上げる。

 塩水に濡れ、化粧の溶けだした目尻が、ひどく不気味だ。


「もし、ここから無事に帰りたかったら、俺と戦ってもらう」

「なんですって?」


 そこでまず、早矢香の方が「ぎょっ」とした表情を作った。


「ちょっと。杏奈。こいつ。怪我。治ってる。耳も」

「………………?」


 そしてようやく、杏奈も「ぎょっ」。


「馬鹿な。……《治癒魔法》を使った……? いいえ。そんな馬鹿な」

「細かい話はいい。――俺と、勝負しろ」


 そして孝之助は……右足を開き、左足を開き。

 背筋を開いて、両掌を膝に載せる。


 膝の角度は、直角を目安に。

 足の開き具合は、八の字。


 どっしりと、前傾姿勢をとって。

 両腕を構える。


 なんとなく、だが。

 この構えこそが……自分らしい戦闘スタイルやり方だ。

 そう思えた。

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