その213 さしたる用もなかりせば

「…………ユメホシ・サイホ…………?」

「はい」


 杏奈が、早矢香を庇うように立つ。

 都内。マンションの一室。彼我の距離、数メートルほど。

 相棒は、かなり能力を使いづらい状態だ。


「貴女たちは、再三の警告にもかかわらず、“魔性乃家”への嫌がらせを辞めませんでした。もういい加減、勘弁なりません。なので今から、殺します。よろしく」

「再三の……警告?」


 杏奈は、顔をしかめた。


「そんなの、聞いてないわ」

「言い訳不要。“ランダム・エフェクト”はすでに、話を聞いているはず」


 舌打ちする。

 うちの組織は、この手の不手際がしょっちゅうなのだ。

 だが、今回の場合は……、


――わざと教えられてないな。


 きっと、戦争を始める名分を作るためだろう。

 ハンバーガー大好き太郎。あの女のやりそうなことだ。


「早矢香。やれそう?」

「ん」


 小声で二人、やり取りをして。

 一撃。がつんとかましてやろう。


 すでに杏奈は、現れた女に《スキル鑑定》をかけていて……、




ジョブ:すーぱーさいやじん(笑)

レベル:いちおくごせんまん(爆)

スキル:《ひ》《み》《つ》《で》《す》《★》




 それがまったく無駄な行為であることに気づいている。

 どうもこの女、“プレイヤー”としてのスキルが隠匿されているらしい。

 とはいえそれは、今どき珍しい話ではない。

 ある一定レベルを超えたプレイヤーは、《スキル鑑定》対策をしているのが普通だ。


 いずれにせよ、敵がただ者ではないことはわかった。

 それなら……可能な限り早く、始末をつける。

 杏奈と早矢香は無言のまま、手慣れたコンビネーション戦術を試す。


「………………!」


 まず、杏奈が仕掛ける。

 とはいえその間合いは、手持ちの武器――二本の短刀の僅か遠く。

 彼女が必殺とする間合いから、敢えて離れた状態でのけん制だ。


 室内に、銀色の閃きが二つ、二匹の蝶のように舞う。


「わっ。わっ」


 鈍くさい雰囲気のその女は、想定を遙かに上回る反射速度でそれを回避。

 とはいえそれは、フェイントである。わざと大振りの攻撃を見せて、集中力をそちらに向けてから……。


 ひゅん、と彼女の脇腹下を、何かが駆け抜けた。

 早矢香が操作したドブネズミ――そいつらが、弾丸のような速度で《体当たり》しているのだ。先ほど、メイドロボに放ったのと同じ技である。


 どれだけ素早くても、攻撃に気づかなければ回避はできない。

 二人はいつも、この方法で敵を撃退してきた。


――死ね。


 そう思った……次の瞬間だ。


「うわ、なんだこれ」


 夢星最歩が、ぺいっと手を振るう。まるで、ゴミを払いのけるような仕草で。

 すると、次の瞬間……彼女の手に、ネズミが摘ままれていた。


「…………なっ!」


 それに一番驚いたのは、杏奈でも、早矢香でもない。

 何が飛んできたかも知らずに手を出した、夢星最歩であった。


「わああああああああすぺしゃる不衛生ッ!」


 ぽいっとそれを放り捨て、手のひらをごしごし。


「あ、あなた、――“獣使い”ですのね……!」

「………………」

「どうして数ある動物の中から、ドブネズミ選んじゃったんですの? もっと世の中には、可愛くて強い動物、いっぱいいるでしょうに」

「うるさい」


 応えたのは、早矢香だ。

 良くない兆候である。相棒は、ネズミを馬鹿にされることを好まない。


「ネズミは。ヒーローだ」

「それ、マジでいってます? 滅びて良い動物の代表格じゃありませんか」

「殺す」


 『臨機応変に攻撃』の合図。気が立っているのだろうか。


 「クールになれよ」。そう声をかけるかどうか迷っていると……ふいに、妙な情報が頭に流れ込んでくる。



――“さしたる用もなかりせば”


 古代における芝居の一形態において、とある演出技法が多用されていた時期がある。それこそが、『さしたる用もなかりせば』だ。

 この演出の流れは、以下のようなもの。


「現れたるは○○○○(キャラ名)」


 というセリフと共に、本編とはなんの関係もない謎のキャラクターが登場し、


「さしたる用もなかりせば、これにて御免」


 というセリフと共に、脈絡なくそのキャラクターが退場する――それが、『さしたる用もなかりせば』である。

 “さしたる用もなかりせば”は、そうした演出技法を語源とする日本刀であり、これは源義経の愛刀“薄緑”にちなんだ形状をしている。

 この武器の大きな特徴は、「これにて御免」の一言で、一瞬にしてすることが可能な点だ。なおこれは”白昼夢の闘争デイドリーマーズ・ストラグル”において、”どこにでも行けるドアノブ”と並ぶ、最速の離脱手段であったという。


 余談だが、この『さしたる用もなかりせば』という演出技法は、現代創作の世界では完全に悪手とされている。何より世界観を破壊する展開であるし、この手のやり口は、創作者にとっての怠慢に他ならないためだ。

 なお似たような用語に、『デウス・エクス・マキナ』と『サプライズニンジャ理論』というものが存在する。



「なんだ………ッ!? いまの…………!」


 聞き慣れた、アリスの声とも、違う。

 情報を直接、頭の中に叩き込まれたような……そんな、得体の知れない体験である。


 こういう真似ができる“プレイヤー”は、一種類しか行かない。

 “魔女の落胤”。


――思ったより、厄介なやつだったか。


 末端“プレイヤー”二人組は、ぞっと背筋を凍らせた。

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