その179 人類は愚か

 それから、一週間が過ぎました。

 その間、正直ちょっと不気味なくらい、特別なことは起こらず。


 強いて、起こった出来事を挙げるなら、


「ねえねえ。最歩ちゃんって、――初えっちはまだなの?」

「ノーコメントで」

「……そういう応え方をする場合って、十中八九、処女ってことよね」

「ノーコメントで」

「ってことはまだ、見つけられてないんだ。素敵な人」

「ノーコメント、です」


 なんだか、アズサさんと親しくなったりしてました。

 アズサさん、時々うざったい絡みをしてくることはあるけど、概ね愉快な女性です。


「そーいう貴女は、どうなんですか? 素敵な人には、会えましたか?」

「それが……わたしじつは、初恋もまだなんだよねー」

「えっ。それで、いまの仕事をしてるんですか?」

「うん」


 それは……ちょっとした悲劇な気がする。

 いまの時代じゃ、珍しいことではないのかもしれないけれど。


「でもわたし、馬鹿だから。……こういう方法でしか、恩返しできないの」


 馬鹿、だなんて。

 私、ぜんぜんそんな風に思えません。

 アズサさんって、少し感心しちゃうくらい聡くて、礼儀作法の正しい人。

 いま、私が仲良くしているのは――リクさんのこともありますが――彼女の才覚に感心したからです。


「貴女くらいの方なら、娼婦になる以外にもいろいろ、仕事はあると思いますけれど」

「え? そーお?」

「はい。だいたい、そこまでしなきゃいけない借りなんて、この世に存在しませんよ。……アズサさんが受けた”楼主”さんの恩って、具体的にどーいうやつ、なんです?」

「それは……。悪い人に襲われてるところ、……助けてもらったり、さ」


 あら、まあ。

 命の恩人、という訳ね。


「もちろん、それだけじゃない。他にも、いろいろ……”終末”が訪れるまでのわたしって、世間知らずだったから。この世界の生き方を、たくさん教えてもらってる」

「そうだとしても……あなたが払っている代償は、あまりにも大きい……」


 私、この一週間ですでに、この仕事の愚痴を、たくさん聞いています。

 今どき、高級娼婦を抱ける身分の男性って……基本的に、”プレイヤー”が多いみたいでして。


 彼ら相手の夜のサービスは、かなりハードな要求が多いみたい。


 《水系魔法》を使った謎プレイで、部屋中水浸しにしてくるやつ。

 《性技》とかいう訳の分からんスキルで、めちゃくちゃしてくるやつ。

 怪我をしても《治癒魔法》があるからいいだろ、とか言い出すやつ。

 《自然治癒》スキルによる無尽蔵な精力で、何回も何回も求めてくるやつ。


 聞けば聞くほど、辛い仕事だとわかります。


「そういってくれると嬉しいけれど――今どき、”プレイヤー”以外の人間って、格下の人類って感じだからさ。できること、すっごく少ないんだ」

「……………………」


 私、唇をへの字にします。

 いま、アズサさんが話してくれたこと。


 実を言うと、いま現在、人類が抱えている大きな問題な気がしました。


 「特別な力を与えられた人間の傲慢さ」みたいなやつって、『J,K,Project』のテーマでもあったりしますし。


「知ってる? 巷じゃ”プレイヤー”の力を与えてもらうために、頭のおかしなことしてる人がいるって」

「え?」

「なんでも、”魔女”は変わり者が好きだって噂があってね。……それで、わざと変人っぽい振る舞いをする人が、どんどん増えてるみたいなの」

「えーっ。それ、マジですの?」

「うん。なんか、奇声を上げながら通りを走り回ったり、ゾンビの振りをしてみんなを驚かせたり……排泄物を、あっちこっちに投げたりして」

「そんなことで、”プレイヤー”の力を与えられるって、本気で信じてるんですか?」

「そうみたい」


 なんてこと。

 あんなもの、宝くじの当たり外れと大差ないのに。


 うーんやはり、人類は愚か。

 これはもう、徹底的に滅ぼす以外に、処置はなさそうですわねぇ。


「でも、それでも、わたしたち普通人は、すがるしかないんだよ。――わたしだって……意味ないってわかってても……変な癖がついてる」


 そういって彼女は、イカちゃんの形をしたビーズ・ストラップを取り出します。


「誰かに”贈り物”をすると、”経験値”が入る――って」

「…………むぅ」


 そういうもの、なんでしょうね。人の心って。


「ねえ、最歩ちゃん」

「え?」

「ちょっと前に、言ってくれたよね。わたしの依頼なら、なんでも叶えてくれるって」

「はい」

「だったら、お願い。わたしたち、人間と超人だけれど。……これからも、友達でいてね」

「もちろんです」


 私、胸を叩いて太鼓判を押します。

 人間と超人というか……人間と、魔王ですけど。

 二人の友情は、永遠です。きっとね。



 ……なーんておしゃべりしたのは、『魔性乃家』の一室で。

 最近、入り浸りになってるその部屋に、ノックの音が聞こえます。


「あら」


 するとアズサさん、ちょっとだけ驚きました。


「珍しいな。……部屋にいる女の子に連絡があるときは、いったん内線を通すはず、なんだけれど……」


 そういって、扉を開いて。現れたのは、


「ろ、”楼主”さま?」

「……やあ」


 金髪碧眼の、彼でした。


「最近、最歩のやつが、うちに出入りしてるって聞いてね」

「あ……はい」

「なあ、最歩。悪いけど、ちょっと事務所まで顔を出してもらってもいい?」

「えっと……」


 一瞬、アズサさんがこちらを向きます。

 どうやら――彼が部屋に現れるのは、かなり異例のことのようでした。

 以前、リクさんも言ってましたよね。”楼主”さんは、働いてる女の子のプライバシーを尊重するって。


「でも……」


 ……むむ。

 アズサさんが何か、反論を試みようとしている気配。


 私、素早く片手を挙げて、立ちあがりました。

 無為に彼女の評価を下げるわけにはいきません。……私、彼女の友人ですから。


「それじゃあ私、うかがいます」

「……ん。素直なのは、とても良いことだ」


 すると”楼主”さんは、私を先導するように手招き。

 そして、なんだか哀しげな表情で、はっきりとこう宣言しました。


「お説教の時間だよ」

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