その180 狙われ魔王

「……あんた、そのうち何か、しでかすとは思ってたけどね……」


 ぼやきながら、”楼主”さんが先を行きます。


「まさか、殺しとは……」

「はてさて。何のことやら」

「おふざけはNGだよ。ネタは上がってるんだ」


 その時でした。


「あっ、”楼主”様。お疲れ様です~」


 きゃぴきゃぴした女性陣三人が、愛想良くご挨拶。

 ”楼主”さん、にこりと笑って、


「部屋に戻って、掃除でもしてな。――あと、ここであたしたちを見たことは、誰にも言わないように」


 簡単な指示を下します。

 するとどうでしょう。


「あ……はい!」「すいません!」「すぐ、そうします!」


 彼女たち、お尻を引っぱたかれたみたいな仕草で、慌てて自室へと戻っていくではありませんか。


 その様子から私、彼が、”プレイヤー”としての力を使ったことに気づきます。

 たぶん、……《奴隷使役》スキルとかいうやつ。


 たしか、”楼主”さんって、”奴隷使い”っていう、インモラルな響きのジョブなんですのよね。

 ”奴隷使い”は、《隷属》を使用することで、人間を”奴隷”にすることができます。

 ”奴隷”となった人間は、”プレイヤー”としての力を一部得る代わり、”楼主”さんに絶対服従になっちゃう……とか。


 ”絶対服従”と聞くと、とてもではないけど”奴隷”になんかなりたくないですけど――それでもなお、《隷属》希望者は後を絶たないと聞きます。

 それだけ普通人にとって、”プレイヤー”の力は魅力的なのでしょう。


 なーんて物思いに耽っていると、すぐに目的の場所――『魔性乃家』の事務所へと到着します。


 防音の行き届いた分厚い扉を押して中に入ると、”楼主”さんは手慣れた調子で、二人分のグラスに氷を入れていきました。


「あんた――酒は?」

「飲みません」

「そんじゃ、ジュースでいいね」

「はい。りんごジュースで」

「……りんごはない。オレンジなら」

「えーっ。稼いでるんでしょ?」

「ワガママ言わないの」


 テーブルの上に、美しい紋様が刻まれたクリスタル・グラスが並びます。


「………………」


 一瞬、私、それをじっと見て。

 裏切りの気配がないことを、確認しつつ。


「安心しな。毒は入ってないよ」

「わかってます。信頼してますよ」


 なんて嘘を吐きながら、ジュースをごくり。


「まず最初に、これだけははっきりさせておく」


 ”楼主”さんは、金の前髪をさらりとかき上げて、


「あたしは、味方だ。あんたを助けたいと思ってる。……それが仮に、倫理に反することであったとしても」

「まあ、そうでしょうね」


 彼の”どくけし”ビジネスは今や、”中央府”(元大阪府)の大金持ちの間で引っ張りだこ。

 私は今や、彼にとってなくてはならない存在です。


「……あんたいま、単に金の問題だと思ってるね?」

「はい」

「もちろん、それもある。けど一番は、あたし自身、あんたを結構、気に入っているから、なんだよ」

「そう……ですか?」

「そうさね。――まあ、皮肉屋のあんたは、きっと信じないだろうがね」

「………………」


 目を、逸らします。

 知ってます。彼は、とても寛大なやくざもの。


 でも、人の上に立つということは、とても複雑な判断を委ねられることがある。

 きれい事ばかりで成り立つものではありません。


「まあ、その辺の話は置いておきましょう。とにかく、状況を説明してください」

「――本来、『状況を聞きたい』は、こっちの台詞なんだけどね」

「私たちの関係は、ずっとイーブンであったはずです。そうでしょう?」

「………………。わかった」


 そうして”楼主”さんは、語り始めました。


「まず、結論から言う。しばらくあんた、派手に動き回らない方がいいと思う」


 …………。

 まあ、三人も殺したんだから、当然ですわよね。


「私の身元は、もう割れてるんですか?」

「いや。すっとぼけておいた」

「…………ふむ」

「現状、”サンクチュアリ”の連中は、犯人を”ランダム・エフェクト”の一味だと思ってるみたい」


 そっか。私、リクさんと一緒だったから。


「んで……”ランダム・エフェクト”の方は……仲間を殺されたと思い込んでる。……”サンクチュアリ”の連中にね」


 ほうほうほうほう。


「つまり、お互いがお互い、私を匿っているって、疑ってる?」

「そういうことだ」


 それひょっとして、思わぬラッキーでは?

 ”プレイヤー”同士が無益に殺し合ってくれたら、私としてはとっても助かります。


「んで……その両陣営から、あんたらしき人間の目撃情報あり、と」


 ”楼主”さん、深い深いため息を吐いて、


「一応、聞いておく。なんで殺した?」


 私、しばらく唇を尖らせて、


「……ノーコメントで」


 視線は、宙空をふよふよ泳いでいます。


「わかった。深くは聞かない。けれど、お陰様でいま、ちょいと面倒なことにはなっている」

「具体的に言うと?」

「……いま、”サンクチュアリ”と”ランダム・エフェクト”は、かなりピリついてる。もともと、”ソフト・クリーム”の件で一触即発だったからね」

「ふむ」

「とはいえお互い、ここで殺し合いを始めたら、とんでもないことになるってわかってる。――人類史上初となる、超人集団の戦争だ。それだけは避けなくちゃいけない」


 えーっ。

 もっとみんな、気軽に殺し合えばいいのにー。


「……雅ヶ丘に、キレモノの教師がいてね。うまいこと立ち回っているらしい。……んでお互い、ぎりぎりの落とし所として、両陣営合同の捜索班が組まれることになった」


 あらら。

 のんびり過ごしてる間に、随分と大事になってたんですのね。


「ちなみにその捜索班は、どれくらいの規模なんですの?」

「多くはない。少数精鋭ってやつだ。――”サンクチュアリ”から三名。そのうち一人は、殺された当の本人」


 きっと、理津子さんだ。

 彼女、“魂修復機”で蘇生されたんですのね。


「んで、”ランダム・エフェクト”からは、一人。被害者の馴染みだって野郎だ」


 リクさんの……お友達、か。


「あんたはこれから、――こいつらの追跡を振り切らなきゃいけないわけ。……状況はわかったかい?」


 いえす、まむ。

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