その177 凡ミス
うーん。想定外のムーブ。
いや私、悪役は悪役なんです。それはわかってるんです。
けどいちおー、信念のある系の悪役、目指してたんですのよね。
それがもう、凡ミス中の凡ミスで、訳の分からん殺しをやっちゃって。
う~~~~~~~~む。
殺人って、どーやったら責任取れるのかしら。
平和な時代なら、わかりやすい。
殺人罪には、『死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。』って法律が定められていましたからね。
けれど残念。今や終末。人類滅亡のカウントダウン中ですの。
命の価値って、時と場合によって変動しますからねー。
……むむ。困った。
何に困ったって……こんなしょーもないことで、私の胸に罪悪感が生まれてしまったこと。
ポケットの中にある、血まみれの携帯電話が、ちょっぴり重たい。
『そんなの、捨てちまった方がいいんじゃねーのか?』
「いやいや。それはさすがに、あんまりですよ。アズサさんはきっと、形見を欲しがるはずです」
『オメー、妙なところで律儀なんだなぁ』
「律儀じゃなけりゃあ、世界征服なんてしませんよ」
『……言われてみれば、確かに』
▼
そうして私、『魔性乃家』に戻ってきて。
「お疲れ様です、夢星さん。――アズサさんがお待ちっすよ」
「……はあ」
「どうしたんっすか? なんか顔色が暗いけど」
「それが……その……ちょっと、よくないお知らせがありまして」
「あらら。なんですか? 人死にですか」
「はい」
「まあ、最近じゃ珍しいことじゃないですからねぇ。ご愁傷様です」
「うう……」
「あんまり、深く考え込まないことですよ。亡くなった人はみんな、こことは違う世界に行くんです。そこではきっと、苦しいことなんて何もなくて、幸せに暮らしてるんですよ」
はてさて。それはどうかしら。
「とにかく、アズサさんの部屋へ」
「ええ……」
そうして私、今度は待ち時間なしで、彼女の部屋へ通されます。
扉を開けるとアズサさん、前回見かけたのとは違う、ちゃんと暖かいタイプのカーディガンを着て、私に手を振りました。
「お疲れ様。最歩ちゃん」
「はい」
「ほら、みて! トゥインキー! 人を選ぶ味だからかな……すっごくいっぱい余ってたの。かなり古いやつだけれど、結構長持ちするらしいから……まだ食べれると思うよ」
「そうですか…………」
数秒の、きまずい間。
「どうしたの? ……なんか…………顔色が……」
謝るなら、早い方がいい。
そして私は、イカちゃんストラップつき携帯電話を取りだして、それを彼女に手渡します。
「ごめんなさい!」
「えっ」
「えっと。……その。いろいろあって……彼、死んでしまいました」
携帯を受け取ったアズサさん、しばらく呆然と立ち尽くして……、
「そっか…………」
と、ゆっくり、ベッドに座り込みました。
「残念だわ」
「彼とは……恋仲だったんですか?」
「いえ。――一度、仕事しただけ。……なんだかすごく困ってたから、話を聞いて上げたの。……それでしばらく、匿ってあげていた」
そっか。
それじゃ、それほど付き合いの長い関係じゃなかったんですね。
リクさん……。嘘、吐いてなかったんだ。
「弟みたいな子で、なんとなく放っておけなかったんだけれど……。そっか。死んじゃったか……」
「はい。大変申し訳ないです」
「殺したのは、誰? ”楼主”様の追っ手?」
「えーっと。どうなんでしょう。ちょっとわかりません。別に、名乗られた訳じゃないので」
「名乗らなかったの? ……おかしいな。”楼主”様って、荒事を嫌うし。あの御方の絡みなら、きっと何か、争いを避ける提案をしていたはずなんだけど」
ぎくり。
「えっとえっと。ひょっとすると何か、行き違いがあった……のかも」
「行き違い……人の生き死にに関わることで、行き違いなんて……」
「世の中、そういうものですよ。……それか、そもそも”楼主”さんの関係者じゃなかった、とか」
「…………………………」
悪戯を誤魔化しているような気分。
我ながら、なんだか情けないですわ。
「ごめんね。――思い出したくもないことだろうけれど……彼、身寄りもないから。――最初から最後まで、何があったか、教えてもらえない、かな?」
▼
そうして私、怒濤の言い訳タイムが始まりました。
バリケードの外に行ったら、訳わからん奴らに絡まれた。
いったん逃げたんだけど、結局追いつかれて、東京駅付近で、リクさんは殺されてしまった。
……ええ、ええ。わかっていますとも。
たぶんこれ、どんなヘボ探偵でも看破できるレベルの、ショボい嘘。
「ん……。ありがと。わかった」
けれどアズサさんは、素直に納得してくれました。
「リクくん……残念ね」
そしてアズサさん、形見の携帯電話を眺めて、
「彼、古い時代が大好きな人だった。こんなの今どき、ぜんぜん役に立たないのに、後生大事に持ち歩いて……」
ちなみにその携帯、念のため調べたんですけど、電池切れになっていて動作しないようになってます。
「………………………………」
「………………………………」
しばし、黙祷の時間が続いて。
「……さて。生きてる人は、前に進み続けなくちゃね。――最歩ちゃん、仕事はちゃんと果たしてくれたし……トゥインキー、持っていって」
彼女が指さしたのは、業務用と思われる段ボールいっぱいのトゥインキーでした。
オマケに、アズサさんチョイスの海外のお菓子がいくつか、ついてます。
「………………………………ううむ」
私、苦しげに腕を組みまして。
ただ……この、報酬を受け取って良いものかどうか、と。
もちろん、ゴーキちゃんのハラヘリも限界でしょうし、いったんはこれ、受け取ることにします。
……けど。
「アズサさん」
「え?」
「私、仕事を果たせたとは思ってません。これは一つ、借りにしておきます」
「……でも……」
「もし何か、困ったことがあったら、私に連絡して下さい。……一度だけ、あなたのお手伝いをします。無償で」
そうして私、ぽすんと胸を叩きました。
”魔王”たるもの、誰かのお情けにすがるようなことがあってはなりません。
借りはしっかり、返すようにしないと。
「……よっぽど特別なお菓子なのね。トゥインキーって」
ええ。
リクさんも、同じことを言っていましたよ。
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