その176 やらかし魔王

 そうして私たち、東京駅まで歩いて行って。

 その、道すがら、


「”不死隊”をやっつけちまうなんて……。あんた、鬼みたいに強いのな」


 先ほどまでの態度を改め、すっかり感心しているリクさん。

 彼、なんだか目をキラキラさせています。男性って、強い者に憧れがちですからね。


「武器が強かっただけですわ」

「いや。そうは見えなかった。……例の攻撃……百発百中だったじゃないか。あんたひょっとして、”射手”系のスキルを持ってるのか?」

「いいえ。気持ちの問題ですよ。当たると思えば、当たるんです。こういうものはね」

「そーいうのって、才能なのかな。俺、何度か鉄砲の撃ち方練習したけど、ぜんぜん的に当たらなくって……」

「ふーん」


 などと話していると、等間隔に街灯が並び立つ、煉瓦造りの駅舎が見えてきます。

 ほどなくして、(元)日本の玄関口――東京駅、丸の内口へと到着しました。

 さすが、平時の文明力。見事な景観ですわねー。

 昔との違いを挙げるなら、偵察ドローンがあっちこっちを飛行している点でしょうか。


「なあ、夢星さん」

「なんです?」

「もし良かったらこのあと、一杯やらないか? 奢るけど」

「……あ、ごめんなさい。私、お酒をあまり、嗜まないものですから」


 お酒は二十歳になってから。

 私の肉体年齢って、まだ十代ですので。


「……妙なところで堅いんだな……」

「はあ」


 そもそも私、お酒飲むのあんまり好きじゃないんですよね。

 脳の機能を低下させて気持ちよくなるって、なんか不健全な遊びって気がしちゃうんですの。


「それじゃ、何かお礼させてくれよ。……命を賭けた報酬が、たかだかお菓子なんて、あんまりにも見合わない」

「別に、それで結構ですけど。私の仕事はただ、東京駅まであなたを送り届けること。命を守ってあげたのは、ただの趣味ですわ」

「そうか……」


 リクさん、少し考え込んで。


「それじゃあせめて、俺の連絡先を……。なんならこんど、ちゃんとした食事でも」


 おいおい。

 この男、ワンチャン狙ってるのかよ。


「……あなたには、アズサさんがいるのではありませんこと?」

「え? アズサ? アズサは……ただの、友達だけど」


 ホントかしらん。


「いやいや、マジだって。――そりゃ……一回は、サービスしてもらったけど。俺が困ってるって言ったら、面倒見てくれるって……それだけの仲だ」

「…………ふーん」

「娼婦とやるセックスなんて、オナニーみたいなもんだ。だろ?」

「……それはまあ……諸説ありますけども」


 私、結構、嫉妬深いタイプでして。

 ほんの少しでも浮気の可能性がある男、苦手なんですのよね。

 そーいうのとお付き合いして気疲れするくらいなら、スペック微妙でも一途な男性の方が好き。


 そこで私たち、鋼鉄のシャッターでがちがちに補強された出入り口前に到着して。


「とにかく、考えておいてくれよ。絶対後悔させないから」

「はあ」


 私、明後日の方向を眺めつつ。


「……ってか、今夜はこっちで泊まっていった方が良いんじゃないか? もしかするとまだ、”不死隊”がいるかもしれないし」

「いえ。遠慮しておきます」


 この駅の中、どーいう感じになってるかちょっとだけ気になりますけれど……。

 今はとにかく、ゴーキちゃんのご飯が先決です。


「……そうかよ」


 少し不満げな、リクさん。

 ちょっぴりイラついているのがわかります。


 男性って生き物は、夜のお誘いを断ったら腹を立てるもの。

 私は気にせず、東京駅に背を向けます。


 と、その時でした。


『マスター』


 ゴーキちゃんの、こそこそ声。


『気をつけろ。裏切りの気配があるぞ』

「え?」


 首を傾げていると……その時。


「それじゃ、一つだけ、聞いてもいいか?」


 この期に及んで、何かある様子のリクさん。

 嫌な予感がして私、”白昼夢の面”に手を添えて……ポケットの中の”スカ・コーラ缶”を握りしめます。


「一つ、聞いておきたいんだけど……さっきあんた、妙な独り言、言ってたよな」

「え?」

「たしか……『”魔王”が格安で購入できる』とか、なんとか……」


 うげげ。


「さっき聞いた時は、なんかの冗談かと思ったけど……」


 うげげげげ。


「今になって、確信してる。あんた……”魔王”なんだろ?」


 やっべ。


「……この前、”エルフ族”の女と会ってさ。――そいつ、こんなことを言うんだよ。『”魔王”は、全人類の敵だ』ってさ」


 マジか。詰んでるじゃないですか。


「それでさ。……あんたが本当に……”魔王”だとして……もし、あんたが許してくれるなら……その」


 そして彼、後頭部をがりがりと掻いて。


「俺も……あんたの一味に……加えてくれないかな?」

「え?」

「なあ、いいだろ? ……俺にも仕事をくれよ。なんでもするからさ」

「…………いやいや。なに言ってるか、良くわかんないんですけど」

「まあまあ。とぼけるなって」


 だらだらと、脂汗が流れます。


(これは……私、やってしまった、かも)


 すっごくすっごく、申し訳ないことを。


 私こう見えて、無益な殺生はしないタイプですの。

 夢星さんの家族を殺したのだって、スライムの餌やりのため。

 ”世界征服”に必要な犠牲だったから、です。


 だから……だから。


 私、両の手を合わせて、頭を下げました。


「……ごめんなさい!」

「えっ」

「ホントにホントに……そんなつもり、なかったんですの。……誰かに聞かせるつもりなんて……」

「そうなのか?」

「私ちょっぴり、迂闊なところがありまして。こういうミス、結構、やっちゃうタイプなんですの」


 だから……堪忍してください。

 言葉には出さず、ウムムムと態度で示します。


 するとリクさんは、ちょっぴり苦笑して、


「いや、別にいいって。――俺も……」


 言い終える前に、私は”スカ・コーラ缶”をポケットから取り出しました。


「マジで……ごめん!」


 ぷしゅっ。


 飴色の水圧カッター、一閃。


「……え?」


 そして、気の良い麻薬の売人は――その喉元に、ぽっかりと空洞を作って。


「…………あっ」


 あとは、”不死隊”のお二人と同じ。

 ごふっと口から血を吐いて、パタリと倒れました。


 当然のように、即死です。

 リクさん、なんだかびっくりしたような表情のまま、息絶えました。


「うわ、うわ、うわ。やっちゃった」


 胸の中に、苦々しい罪悪感が生まれます。

 殺すつもりがなかった人を殺すのって、こんなにも気持ちの悪いもの、なんですのね。


 私、せめてもの肩身に、イカちゃんのストラップがついた携帯電話を引っつかみます。


 一応、仕事はしたって、アズサさんに報告しなきゃいけませんから。


『マスター』

「なんです?」

『いますぐ、ずらかろう。偵察ドローンに見られるぞ』


 うげげ。それ、困るー。


 そうして私、大慌てで踵を返して、逃げ出します。


「ゴーキちゃん」

『なんだ?』

「今後、魔王について語るときは、隠語で話しましょう」


 せめて、リクさんの死を無駄にしないために。


『わかった。――なんて言葉に置き換える?』

「いま、私が飼ってるトイプードル、いますでしょ。あの子の話に置き換えるイメージで」

『りょーかい』


 そうして私たち、東京駅を離脱いたしました。


 ……誰にも、見られてなければよかったんですけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る