その173 おしゃべり魔王
そうして、零時過ぎ。
極彩色に輝く雑居ビルの下、拡張されたスピーカーから聞こえる、『酒』『お酒』『とにかくお酒』という声。
『どうせ人生、三十年。それならいまこそ、酒を飲め』
”終末”後の流行歌です。
『なあ、マスター。一応、忠告させてもらってもいいか?』
「ん?」
『さっきの二人――”裏切り”の臭いがぷんぷんしてるぜ』
「わかってますよ」
さっそくゴーキちゃんの《アクマの囁き》が発動してます。
どうやらこの《囁き》、思ったより凄く便利で、”嘘”全般をざっくり見抜くことができるっぽい。
「でも、トゥインキーは手に入りそうでしょう?」
『そうだな――そこに関して、嘘はなかったっぽい。少なくともあのアズサって女は、マスターに感謝してるよ』
「それなら、十分です。私が欲しいのは、ただのお菓子じゃない。――あなたの信頼なんですから」
『………………。別に、そこまでしてくれなくても…………』
「そこはまあ。私の個人的な拘りってことで」
『フーム』
「どうしました? ――怖いんですか?」
どうやらゴーキちゃん、私が傷つくことを恐れているみたい。
『そりゃそーだろ。マスターがくたばっちまったら、あたしも共倒れだもん』
「それは、まあ」
『それにマスターって別に、”プレイヤー”としてのパワーを持ってるワケじゃないだろ? ……戦う力そのものは、訓練を受けていない一般人と同じ。……違うか?』
「おっしゃるとおり」
私、最強キャラを自負しておりますが、弱点も存在します。
実を言うとこの身体、筋力そのものは、普通の女の子と変わらないんですの。
「だからいろいろと、準備をしている訳です」
『準備って――その……お面のことか?』
「ええ」
私が装備しているのは、漆を塗ったドクロのお面です。
『それ……なんなんだ? ハロウィンの時期じゃないぜ?』
「”白昼夢の面”と呼ばれるものです。一応、”魔王”が格安で購入できる防御アイテムの一つでして」
『ふーん』
こちら、簡単に説明しますと、”一回死んでも、時間を巻き戻してもう一回やり直せる”お面。
つまり私、死ぬのがあんまり怖くなかったりするわけ。
強すぎてごめんあそばせ。
と、そのタイミングでした。
「……よう」
リクさんが、ふらりと私の前に現れたのは。
「あら、ごきげんよう」
「……ああ」
そして彼は、言葉少なに、私の隣に立ちます。そして、
「おまえ――独り言とか、いうのか?」
と、怪訝な表情。
私は苦笑して、「はい」と頷きます。
「最初にゾンビを見て以来、みんなには見えない男の子が話しかけてくれるようになりましたの。彼ったら恥ずかしがり屋で、キスが得意なんです」
流れるような私の嘘に、リクさんは少し引き気味。
「……そ、そうか……」
「それより、さっさと済ませてしまいましょう」
私が、仕事モードで言いますと、
「ああ――そうだな」
慌てて彼も、感情を切り替えます。
▼
東京駅から、ホテル街までの距離は、歩いて二、三十分ほど。
ほとんど目と鼻の先ではありますが、途中、バリケードの外――実質、治外法権と言って良いエリアを通過します。
私たちはまず、ホテル街を通って、”楼主”さんの領地を出る必要がありました。
脇差を抱えたフードの男と、ピッチリスーツの女子高生。
平時であれば、職質不可避の組み合わせですが、”終末”の世においてはそんなことはなく。
ぶっちゃけ今どき、その辺を歩いてる酔っ払いですら武装してますからね。
「ところで、リクさん。一つ良いですか?」
「ん」
「リクさんって具体的に、どういう”ドジ”をやらかしたんです?」
「……なんだ」
彼、昏い目を少し見開いて、
「あんた、そういうこと気にしないタイプかと思ってた。――さっき、聞いてこなかったから」
「別に、それほど興味はないのですけれど。道中、話題がないと気まずいじゃないですか」
「それは……」
彼、苦い表情で視線を泳がせます。
どうやら、迷っている様子。
そりゃそーでしょう。だって彼、もしもの時は私をハメて、ダッシュで逃げようと企んでるわけですから。
けれどリクさん、しばらく悩んだ後、こう言いました。
「そうだな。……言っちまえば、麻薬の密売がらみだ」
お。
意外と素直なところ、あるじゃん。
「ほうほう。それで?」
「あんた、”ソフト・クリーム”って麻薬を知ってるか?」
「……パーキングエリアに入ったらついつい買いたくなっちゃうアレ……では、ないですよね」
「ぜんぜん違う。……だが、アレ専用の容器で取引されてはいる。どうやらバイヤーが、容器の在庫品を大量に見つけたらしくてな」
なるほど。
だから、”ソフト・クリーム”なんてあだ名がついた、と。
アイス系のお菓子って、電気が通じなかった時期にほとんどダメになっちゃいましたからねー。その、使わなくなった容器を再利用している訳ですか。
「んで、俺はその、”ソフト・クリーム”を取り扱っていた、末端の一人だった」
「えっ。”プレイヤー”なのに、そんなつまらない仕事をしているんですか?」
「ああ。――今どき、レベル上げするのも難しいからな。薬中相手の仕事は、経験値効率が高い。あいつら馬鹿だから、ちょっとしたことで神様みたいに感謝してくれるんだよ」
へぇー。
遅咲きの”プレイヤー”って、そういう方法で稼ぐ必要があるんだ。大変だなぁ。
「だが、”楼主”傘下のこの辺りで、麻薬がらみの商売はNGでな。だから、人目を避ける必要があった……んだが……」
それを、周囲に知られてしまった、と。
「んでいま、慌ててアジトに逃げ帰ってる途中って訳だ」
「ふむ」
ってことは、つまり……。
「あなた、”楼主”さんと敵対してるってこと?」
「ああ」
「私と彼、一応、協力関係なんですけど……」
するとリクさん、ちょっぴり頭を下げまして。
「すまん。俺も気が進まなかったんだが……アズサのやつが、『嘘は吐いてないから大丈夫』って」
今さら、めっちゃ下手に出るやん、この人。
麻薬のバイヤーなんてやってる割りには、妙なところで良識があるんですねー。
……とはいえ実を言うと、今どき「麻薬=悪」の風潮は、どんどん薄らいでいるっぽい。
だってそうでしょ。『どうせ人生、三十年』の世界です。
麻薬に殺されるか、化物に殺されるか。
そのどちらかを選ぶなら、今を楽しんだ方が良いじゃないですか。
今どき、麻薬の享楽を素直にエンジョイしない人なんて、そっちの方がお堅いくらい。
……まあ、私はぜんぜん、やるつもりないですけどね。麻薬。
私には、力を持つものの責任がありますから。
「……もし、この仕事が気に入らないなら、今からでも帰ってくれても……」
「いいえ。この、夢星最歩、お受けしたからには、最後まで面倒を見るつもりでしてよ」
「そ……そうか……」
そこでリクさん、初めて笑顔を見せて。
「――よっぽどうまいんだな。その……トゥインキーってお菓子」
いや。
それはぶっちゃけ、よく知らないんですけども。
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