その172 娼婦の依頼

「あ、夢星さんお疲れ様っす。アズサちゃん、準備できましたー」

「はぁい」


 受付の言葉に導かれ、私は席を立ちます。


「それじゃ、こっちの方へ」


 そう言って通されたのは、遮光カーテンで隠された、不思議な空間。


「――?」


 首を傾げていると、ぱらりとカーテンが捲られて、その奥から、二十歳くらいの女性が現れました。その服装たるや……とんでもなくて。フリルのついたレースの下着に、スケスケのカーディガンを羽織っているだけの格好です。

 まず、私の目が釘付けになったのは……その、豊満な乳房でした。

 彼女ったら、わざと一回り小さめのブラをして、おっぱいをはち切れんばかりにしているのです。


(うわ。今にも爆発しそう)


 っていうのが初見時の、正直な感想。

 このおっぱい、はやく自由になりたいって、うずうずしてる……。とんでもねぇ。


「ご指名、ありがとぉ!」


 アズサさんはまず、敬礼みたいなポーズを取ります。


「わたし、女の子にサービスするの、初めてなの! 楽しみましょ!」


 そして、ぎゅーっとハグ。


「おぅ、ふ……」


 人肌が、暖かい。

 500日間、ほとんど引きこもり生活だったから……なんか、落ち着くな。


「って、そうじゃなくて!」


 あの受付、どーいう伝え方してるんだ。

 私べつに、客じゃないっての。


「すいません。私、貴女に聞きたいことがあって……」

「いーからいーから♪ はやく、こっちへ来て」

「わあ。強引な方ですこと……」


 そうして私、流されるまま、廊下を歩きます。

 『魔性乃家』の廊下は、”終末”後しばらく経ったあとも清掃が行き届いていて、高級ホテルを思わせる内装でした。

 ふかふかの絨毯から、天井の照明、道中に配置されている百合の花に至るまで、しっかりと本格派。”楼主”さんの凝り性がうかがえます。


 やがてアズサさんは、プレイ・ルームの扉を開き――私をそこへ、招き入れました。

 扉を開くとまず、ぶっとい張り型がこんにちわ。


(もし、なんかの間違いで、あんなの入れられる羽目になったら……)


 想像するだけで、ゾッとします。


「アッ、すいません、私、客じゃないです! 客じゃないですので!」


 裏返った声で、必死にそう叫ぶ私(世界最強)。


「ん。わかってる」


 するとアズサさん、ちょっぴり悪戯っぽく笑いました。

 そしてポケットから、ビーズで作ったストラップを、そっと差し出します。


「はい、イカちゃん」

「………………?」

「部屋に招いたみんなに、プレゼントしてるの。手造り。可愛いでしょ?」

「あ、はい……」


 少し、目の前のそれを眺めて。

 たしかにそれが、イカっぽい形状をしていることに、気がつきます。


「これを渡すために、ここまで連れてきたんですか?」

「んーん。違うの」


 アズサさんはそこで、ダブルベットにぽすんと座り込みました。


「どうしても、二人っきりになりたくってさ」

「は……はあ」


 眉を八の字にして、困り果てる私。


「でも――わかってほしいの。わたしみたいなのが”プレイヤー”様とおしゃべりできるチャンスって、あんまりないから」

「はあ」


 ちなみに私、この辺りでは一応、”プレイヤー”ということになってます。

 ……まあそもそも、私側から宣伝しないかぎり、”魔王”かどうか見分ける方法なんて、ほとんどないんですけどね。


「とはいえ私、こう見えて忙しいので。あんまり、ご要望に応えることはできませんけれど」

「わかってる。――けど、情報が欲しいんでしょ? たしか……トゥインキーが欲しい、とか」

「はい」


 どうやら、ちゃんと話は通ってるみたいですね。


「トゥインキーなら、私にとっては馴染みのお菓子。――みんながチョコパイ食べてる間も、私はトゥインキーだったの」

「へえ。美味しいんですか?」

「ちょっぴり、人を選ぶかな。けど私は好きよ」


 そっかあ。

 なんか私も、食べたくなってきたかも。


「わたし、トゥインキーの場所、知ってる。取ってきてあげてもいい」

「おっ。それ、マジですの?」


 最初の手がかりが、そのまま目的のものに繋がってるなんて、ロールプレイングゲームみたいにスムーズですわねー。


「でも一つだけ、手伝って欲しいことがあるの」

「?」

「難しいことじゃない。リクくんを……――送り届けてほしいだけ」


 リクくん?


 首を傾げていると、そこでようやく、部屋の”お客さん”が、私一人じゃないことに気づきました。

 チャキ、という、鍔鳴りの音に振り向くと、脇差を手にした青年が、こちらをじっと見つめていたのです。


 顔いっぱいに無精髭を生やした、前髪で目元が隠れた男の人。

 歳は、二十代後半くらいでしょうか?

 胸ポッケに入れた携帯から、例のイカちゃんストラップが覗き見えています。


「えーっと。――彼が、リクくん?」

「そう」


 こんなキャラ、ゲームに登場してたっけ? ……してないか。

 量産型NPCってことね。


「リクくん、ちょっぴりドジっちゃって。怖い人に追われてるの」

「ふむ」

「それで――彼のこと、東京駅の仲間に引き渡して欲しいんだ」

「ふむふむ」

「もちろん、用心棒をして欲しいって訳じゃないの。もし面倒ごとに巻き込まれたら、すぐ逃げてくれていい」

「ふむふむふむ」

「ただ、二人で連れ立って歩けば、きっと目立たないと思うから……ダメかな?」


 顎に、手を添えます。

 そして、しばらく考え込みました。


 この、ガバガバにもほどがある依頼を、受けるかどうか。

 ……いやだって、そうでしょ。

 『目立ちたくない』なら、なんで”プレイヤー”に依頼する必要があるんですかって。


 たぶん二人は、荒事になるってわかってるいるのでしょう。

 んで、私みたいなのを巻き込めば、リクくんの生存確率が上がる……と。


 やれやれ……。


 軽く眉間を揉んで、考え込みます。

 どーしよっかな、って。


――お菓子一つに、命がけ。


 普通に考えたら、報酬に見合わない依頼、ですけれど。


 いま、私にとって大切なこと。

 それって……結果じゃなくて、過程、なんですのよね。


 『ゴーキちゃんのため、これだけがんばったよ!』アピールですの。

 だから……ここで依頼に乗っかるのも、かまわないか。


「……ただ、一つ。条件があります」

「え?」

「もし、仕事を果たしても、トゥインキーが手に入らなかったら……貴女を殺します。それでもいいですか?」


 真顔でそう言う私に、アズサさんはニッコリ笑って、こう言いました。


「だいじょうぶ。絶対に手に入れられるから」


 その表情に、畏れは見られません。

 ……どうやら、「トゥインキーを手に入れられる」ということに関しては、自信いっぱいですね、この人。嘘は吐いてなさそう。


「それで? いつ頃、移動しますか?」

「今夜、零時過ぎ。このビルの前で、待ち合わせで」


 うへぇ。めちゃくちゃ深夜やんけ。面倒臭いなぁ。


「……戻るまでには、必ず手に入れておいて下さいよ」

「うん♪」


 そのような契約を果たして、私は『魔性乃家』を離れます。

 小さな冒険の始まりでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る