その171 トゥインキーを探して
そんなこんなで、部屋を出て。
毛の長い絨毯が敷き詰められた廊下を、ふかふかふかふかと歩き続けて、フロントへ。
そこでいったん、我が家の用心棒に、ご挨拶。
「おはようございます」
「おはようございます。お嬢様」
用心棒役の男性は、40歳前後の頑丈そうなオジサマで、何故か私を「お嬢様」と呼んで下さいます。
私、別に「お嬢様」ってキャラでもないのですけれど……まあなんとなく気分が良いので、敢えて訂正とかはしなかったり。
「今日は珍しいですね。お出かけですか?」
「ええ。――ちなみにこれから、少し外出が増えます。留守は頼みましたわ」
「承知しました」
「ちなみに……あなた。トゥインキーをご存じ?」
「トゥインキー、ですか?」
「はい」
「なんですか? アニメのキャラクターか何かですか?」
すると、どこからともなく、
『ちがう! 最高のお菓子だ!』
という声。
声の主はもちろん、――私の相棒、ゴーキちゃん。
「え? 今のは……?」
聞き慣れない声に、用心棒さんったら目を丸くしています。
私、表情一つ変えずに、
「腹話術です。最近、凝ってまして」
「ああ……そうなんですか……ずいぶん、ご上手ですねえ」
「練習する時間は、たくさんありましたから」
「すごいなぁ。こんど、みんなの前で披露して下さいよ」
「もちろんですわ。そのために練習したんですもの」
ゴーキちゃんったら。
あとでお説教しないといけませんわね……。
「なんにせよ、トゥインキーっちゅう菓子は知らないですねえ。海外のやつですか?」
「おそらくは」
「それなら、”楼主”様んとこで働いてる、アズサって娘が詳しいかと」
「ふむ。アズサちゃん」
「ええ。元々、全国チェーンの輸入スーパーの一人娘だかなんだかで……むしろ、日本産のお菓子に馴染みがないってぼやいてましたから」
お金持ちのお嬢様がいま、風俗嬢やってるってことね。
時代の変化って、哀しいですわねえ。
「おーけー。教えてくれてありがとうございます」
そうして私、地上階へと繋がるエレベーターへ。
私と、用心棒である数人を除けば、居住者がまったく存在しないホテルのエレベーターは、いつだって目的の階層に直通。とっても快適。
ボタンを押すと、すぐさま扉が開き――シースルーエレベーターから覗き見る”終末”後の風景を眺めながら、私は今後の予定を組み立てていきます。
「外では勝手にお喋りしないこと」って、ゴーキちゃんを叱りつけながら。
▼
そしてまた、風俗街を歩きつつ。
これを読んでいる皆様には、想像もできないかも。
……その辺りはいま、すっかり活気を取り戻しつつありました。
私、これと似た光景を、歴史系ドキュメンタリー番組で観たことがあります。
闇市ってやつ。
いまの状況はどこか、戦後すぐの日本に似ていました。
繁華街には、電気もしっかり通っていて……あっちこっちでネオン看板が輝いています。
『ドスケベなあなたに』『性の無料案内』『お気に入りに登録可能』『うどん食べ放題付き』……文字群はどれも、なんだかいかがわしい雰囲気のギラギラで、私のような箱入り娘はちょっぴり目眩がしてしまいそうな感じ。
治安もそれ相応で、狂気じみた目つきの男女が、通りのあちこちに座り込み、道行く人を値踏みしているのがわかります。たぶん、カツアゲ目的でしょう。
とは、いえ。
こつこつこつこつと、お高いブーツを高らかに鳴らす私のこと、みんなそろって見ない振り。
それも当然。私、この街の主である”楼主”さんのお墨付きをもらっていますから。
弱者の生存戦略は、「誰に手を出していけないか」を見抜く能力が必須です。
それに今どき――見た目と戦闘能力が比例しないのは、とても”ありがち”なこと。
ぱっと見、ただのオタクにしか見えないおっさんが、とてつもないスーパーパワーでゾンビ数百匹を瞬殺できる実力を持ってるとか、ザラですから。
そして私は、いまや街の中心となっている雑居ビルへ向かいます。
そこには例の、爪ガジガジ系ウーマンが座り込んでおり、私に気づくと、なんだか厭らしい表情でこちらを睨め付けました。
「あの、すいません。”楼主”さん、いますか」
「きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
はあはあ。
なるほど。
ダメですか。
「それじゃあ私、行きますね」
「いいぃぃぃぃぃぃぃ……」
……この人、500日経っても変わらないなぁ。
▼
雑居ビルの三階に到着すると、『魔性乃家』は、その時刻もオープンしているようでした。
中に入ると、顎髭伸ばしたバーテンダーくんが、白い歯を見せて挨拶します。
「ややっ! ……夢星さん! お疲れ様っす!」
初日の時とは比べものにならない愛想の良さ。
それも当然でしょう。
なにせ……私が量産した”どくけし”のお陰で、”楼主”さんはいま、この近辺に存在するどの”プレイヤー”に対しても強力なコネクションを築けている訳で。
「珍しいっすね、こんな時間に……”楼主”ならいま、仕事中ですけど」
「いえ。別に彼に会いに来たのではありません。”アズサ”という女の子に会いに来たのです」
「えっ。アズサちゃんに?」
そこで彼は、目を丸くして、
「……ええと。ご指名ってことですか? それは……」
「違います。セックスの相手を求めて来た訳じゃありません」
私、慌てて言います。
「ただ……”トゥインキー”というお菓子のことで質問がありまして」
「トゥインキー……ですか」
「ええ」
「…………んー。俺も、駄菓子には詳しい方ですけど、聞いたことないですねぇ」
「それを、アズサちゃんに聞きたいのです」
「別に……構わないっすけど。……うーん。大丈夫かな?」
「どうしたんです?」
「いや。――なんかいま、一人になりたがってるようなんです」
「あらま」
「女の子にはありがちなことですよ。メンタルがヘラっちまってるみたいでね」
「……ふむ」
私、この500日で学んだことがあります。
あんまりにもイージーな生活が続くと……こういう時くらい、手間暇をかけたくなっちゃうって。
「それでは、彼女が元気になるまで待ちましょう」
「えっ、いいんですか?」
「はい」
頷くと、受付の彼は、ちょっぴり慌ただしくスタッフルームに引っ込んでいきます。
「それじゃ……一応、これ……」
例のあの、クソマズコーヒーが運ばれてきたのは、その数分後。
この店、結構、儲かってるはずなのに……。
ずっとコーヒー、マズいままなんですよねー。
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