その170 アクマ

 産み出されたすっぽんぽんの生き物は……雄とも雌ともつかない、中性的な見た目をしていました。


(ゲームで見たより、生々しいデザインだな……)


 などと、思いつつ。


「おはよう、アクマちゃん」


 にっこり笑って、ごあいさつ。


「貴方のお名前、なんてーの?」


 ”テラリウム”で作れる生き物には、”かしこさ”というパラメーターが存在します。

 この値が一定以上だと、最初から名前がついていることがあるのです。

 ちなみに、私が産みだした”アクマ”は、その”かしこさ”が最大値であることに定評があるモンスター。

 これはつまり、平均的な人間よりも知能指数が高いことを意味していました。


『名前……? 名前かぁ』


 その子は、アクアリウム内の小さな空間をとことこ歩き回って、


『ゴーキ』


 とだけ呟きます。


「ゴーキちゃんね? なるほど」


 にっこり笑って、納得して。


『オメーは?』

「え?」

『オメーの名前は……なんていうんだ?』

「私は……夢星最歩と申します」

『そっちじゃない』

「え?」

『オメーの、元々の名前だ。あるんだろ? ”転生者”』


 なんと、まあ。

 この子ったら、私が思ってるよりも、かなりいろいろ知ってるみたい。


「それは……ひみつです」

『なんだ。信頼してねーのかよ』

「ちょっぴり、前世でいろいろありまして。『はじめまして』の相手を、信用しないことにしてますの」

『……そっか』


 ゴーキちゃんは、小さくため息を吐いて。


『こちとら、生まれ立てだってのに……信用、ね。いい性格してるなぁ』

「えへへ」

『……褒めてないんだけど』

「それくらい用心深くないと、世界征服なんてできないってことです」

『…………そりゃまあ、そうかもな』


 納得する”アクマ”ちゃん。


『そんじゃ、しゃーない。少しずつ信頼関係を築いていくとするか』

「よろしくお願いします」


 私は、テラリウムの中に人差し指を入れます。

 するとゴーキちゃん、私の指先に手を当てて、


『うん。よろしく、マスター』


 握手的なことをして。


『そんじゃあ――どっから取りかかる?』



 さて。

 500日もニート生活をエンジョイしていると、世の中の情勢も結構変わっていて。


 ぶっちゃけ、人類は今、”ゾンビ”をほとんど克服しつつある状態でした。


 ”無限湧き”のゾンビが問題になっていたのも、今は昔。

 ”終末”後に登場した超人たち――”プレイヤー”の力により、ゾンビどもの処理はほとんど完璧に行われているようです。


『すげーな、人類。ムチャクチャ優勢じゃねーか』

「ええ。良くない傾向ですわねー」

『……どーしてこうなるまで、放っておいたんだ?』

「そりゃーもう。あなたを呼ぶために決まってるじゃないですか」


 ”アクマ”……という種族は、『JKP』における”カムバックキャンペーン”と呼ばれるイベントで実装されたキャラクター。

 これを、もっとも簡単に呼び出すやり方は、500日間、初期スライムが行うあらゆる進化を実行しないことでした。


 もちろん、そうするデメリットはたくさんありましたけれど……私、メリットの方が大きいな、と判断いたしまして。


 ”アクマ”の能力で、最も有力なパッシブ効果がございます。

 それが……《アクマの囁き》と呼ばれるもの。


 『JKP』には、仲間にしたキャラクターとの”信頼度”と呼ばれるパラメータが存在しているのですが……これが底辺にまで落ち込むと、”離反”……すなわち、裏切ってしまうという設定になっています。


 《アクマの囁き》は、この”離反”行為を事前に察知できるという、唯一無二のもの。


 古来より、英雄の死には数多くの裏切り行為がつきまとっていました。

 どれほど権勢をほしいままにしていても……結局、仲間の一人が裏切れば、それで何もかもご破算になることはわかりきっています。

 ”アクマ”が居れば、これを事前に知ることができる、というわけ。


 もちろん、アクマ自身の戦闘力も高かったり。


 なにせ”アクマ”は……500日間、大きな進展が得られなかったプレイヤーの救済措置。

 こいつ一匹で、必死こいてレベルアップに励んできた連中に追いつけるくらいの有能ぶりです。


「さて。それじゃあさっそく、作業を始めて行くとしましょうか」

『オーケイ、マスター。……んで、どっから取りかかる?』

「まず、あなたのレベルアップ、ですわね」


 進化したてのモンスターは、とってもハラヘリな状態。

 とりあえず、ご飯をあげないといけません。


「アクマちゃんはまず、何が食べたい?」

『何が……か。ふむ。そうだな』


 ゴーキちゃんは、しばらく考え込んで、


『トゥインキー』

「え?」

『トゥインキーがいいな』


 なにそれ……知らない……怖。

 子供向け番組に出てくるマスコットキャラクターの名前か何かかしら?


『知らない? 金色のスポンジケーキで……。中にクリームが入ってるお菓子なんだ』

「お菓子、ですか……」


 その言葉に、私ちょっぴり、しょんぼりしています。

 ”終末”になってからしばらくたって、その手の甘味は、すっかり希少なものになってしまったもので。

 もちろん、”楼主”さんが与えてくれる食料の中には、甘いものもたくさんありますけれど……あいにくその、トゥインキーなるものを見かけたことはありませんでした。


『なんだ。きびしいか?』

「そう……です、わね……」

『そっか。ざんねん』


 ゴーキちゃん、ちょっぴり哀しげに視線を伏せて。


『じゃ、しょうがないな。なんでもいいから、適当なお菓子を……』


 その、妥協案とも取れる一言に、私は思わずこう言っていました。


「――いいえ。いけません」

『え?』

「私たちの関係が――その、第一歩目から躓くのは、なんだか験が悪い、ですわ」

『いや別に、そこまでマジにならなくてもいいけど』

「いーえ。いまこそ、マジにならせていただきます」


 可愛いゴーキちゃんの頼みですもの。

 私、一肌脱ぎますわ。


『いいの?』

「お任せください」


 私、どんと胸を叩きます。


 『JKP』は、仲間との信頼関係がとっても大事なゲーム。

 これからきっと、たーくさんお世話になる”アクマ”ちゃんの頼みですもの。

 ちょいとばかり、働きに出るとしましょう。

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