その167 魔王様、風俗街へ
ふらりと、風俗街を歩きつつ。
(えーっと。ゲームだと、この辺でエンカウントするんだっけ?)
そう思っていましたけれど……待てど暮らせど、何も起こらず。
その辺りで立ち止まり、しばし考察したりして。
『JKP』は、週単位で管理する、モンスター育成ゲームです。
ゲームの進行は、複数のパート(モンスター育成パート、アドベンチャーパート、それに伴うバトル、買い物パートなど)で構成されており、アドベンチャーパートでは、特定の時間、特定の場所に移動することによりイベントが発生する……という、まぁ恋愛シミュレーションゲームにありがちなシステムを採用していました。
今回のお目当ては、アドベンチャーパートで発生する、”出会いのイベント”。
けれどその”イベント”、冷静に考えるとちょっとおかしいんですわよね。
ゲームでは、私が暴漢に襲われているところを、カッコ良く”楼主”が駆けつけてくれるストーリー。
けれどそれって、結構めちゃくちゃ、レアな可能性です。
暴漢がいて、私がいて、”楼主”がいる。
この条件が揃ってよーやく、私たちの出会いは演出されるわけで。
それに、ほら。
男性だって……年がら年中、気候問わず、四六時中ずーっとレイプしたくてたまらん! っていう訳じゃないんでしょう?
(この調子で待ち続けるのも、バカバカしいか)
って訳で私、”楼主”さんには直接会いに行くことにいたしました。
”出会いのイベント”としてはちょっとだけ、ロマンに欠けますけれど……ま、これも一つの、時短ということで。
▼
「あのー、すいませぇーん」
目的の雑居ビルに入ると、ガジガジと爪を囓っている低知能系ウーマンと出くわします。
彼女恐らく、オクスリ的なやつをキメている予感。
――麻薬って、そんなに気持ちいいのかな? それって、目の前の
素朴な疑問を覚えつつ、彼女とファーストコンタクト。
「あのぉ。”楼主”さん、いますか」
「きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいええええええええええ!」
はあはあ。
なるほど。
知ったこっちゃねーよ、と。
残念。
「それじゃあ私、行きますね」
「いいぃぃぃぃぃぃぃ……」
気の毒な人。
けれど私、ちょっぴり嬉しくなっています。
良かった。”楼主”さんは私が、想ったとおりの人。
彼、弱った女性を、放っておかない人だ。
低知能ウーマンの周囲には、差し入れと思われる食料が散乱していました。
きっと、”楼主”さんがくれてやったものでしょう。
▼
そうして私が到着したのは、少し寂れた雑居ビル、三階の一角です。
「おお…………」
エレベーターが開くと同時に、……私、思わず歓声を上げていました。
そこだけまるで、高級ホテルが出現したみたいになっていましたから。
ふかふかの床に、大理石の壁。分厚いガラスの扉越しに、煌びやかな電灯が輝いています。
中へと進むと……このフロアにおいては、唯一無二の出入り口に行き当たりました。
窓一つない、アングラな雰囲気のその空間には、安っぽい呼び込みの文言はなく、ただ『魔性乃家』という看板が掲げられているだけ。「うちにきたけりゃ、事前に情報仕入れてこい」と言わんばかりの傲慢さを感じます。
「すごい。……ゲームの背景通りの絵面だ……」
思わず私、テンションがあがったりして。
ただ一点、この場所の景観を大きく損ねているのは、店から漏れ出る暖かな空気を目当てに、不景気な顔をした女性が数人、棲み着いてしまっている点。
普通の女子高生だったらこんなとこ、一秒でも長居したくない。――そう思ってしまいそうですけれど。
まあ私、普通の女子高生じゃありませんので。”魔王”なので。
ガラス戸をひょいっと押しあけ、
「こんにちわぁ」
と、声をかけます。
すると受付には、顎髭を伸ばした、バーテンダー風の男性が。
「ん」
彼は、職業的な習性でしょうか――私の見た目(ちょーぜつ美少女)をなめ回すようにチェックして、
「どなた?」
少し皮肉っぽい笑みを浮かべました。
「あのぉ。……私、”楼主”さんとお会いしたいんですけれど」
「誰かの紹介?」
「はい」
にっこり笑顔で、嘘を吐きます。
「”魔女”の紹介だと、お伝えください」
”プレイヤー”にとってこの台詞は、とっても便利な共通言語。
彼の目つきが、さっと変わりました。
「…………」
同時に、その瞳が蒼く輝きます。《スキル鑑定》の輝きです。
”プレイヤー”同士がする、挨拶代わりのやつ。
「………………ん?」
けれど彼、目を青く発光させたまま、眉を段違いにしました。
「これは……。なんだ?」
「私のスキルなら、見えませんよ。そういう風に”隠匿”しているので」
はい。
ここで、”魔王”の特性を一つ、ご紹介いたしましょう。
”魔王”はですね……実を言うと、”プレイヤー”として、偽装されている設定なのです。
なので私は、自分の存在を、自分が望んだ通りに「見せかける」ことができるわけ。
「スキルを……隠匿……? ああ、たしか”盗賊”系のスキルで、そんなんあったな」
けれど彼、何か別の”スキル”を使ったものだと思い込んでいるみたい。
……ぐむむ。
”魔王”様を相手にして、一介の盗賊呼ばわりとは。
「どう受け取って頂いても結構。……それより、”楼主”さんは?」
「あの人は今、忙しいんだが」
「忙しい? ……なんで?」
「この辺で、女性が立て続けに暴漢の被害に遭ってるんだ。それの対処にね」
ありゃ。行き違いか。
「では、仕方ないので、待って差し上げましょう」
「……………………。すまない」
「ええ」
そうして私は、店の待合室的な個室(たぶん、サービスを受ける男性のための場所。座り心地の良いソファがありました)に座り込み、無料で供されている珈琲を一口、啜ります。
「けほっ。なにこれ、まずっ」
まさかこれ、インスタントでは?
「ねえ、そこのあなた。――申し訳ありませんけど、ちゃんとしたコーヒーを淹れて下さいませんこと?」
「今どき、コーヒーが飲めるだけでも贅沢だと思った方がいいぜ」
「……他にはない、と?」
「ああ」
「そんな馬鹿な。『魔性乃家』は、一流のサービスが受けられる店、という話でしたのに……」
「あいにく、うちは喫茶店じゃなくてね」
「…………むー」
私が唇を尖らせていると、
「ところで、きみ」
「はい」
「なんか、偉そうな子供だって、よく言われない?」
失礼な。
こちとら精神年齢は、あなたと同じくらいですのよ。
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