その165 征服の第一歩

 ……ってわけで、はい。

 悪役ムーブを保障する描写は終了、と。


 とにもかくにも、私の輝かしい”魔王”ライフが始まった訳ですの。


 とはいえ私……具体的に、どのようにして”スライム”をレベルアップさせていったか、詳しく語るつもりはございません。

 だって……その。

 その他の有象無象の皆さんと違って、私がする作業って正直、かーなーりー地味なんですもの。


 毎日毎日、テラリウムを起動して餌を与えて。

 ちゃりーん! とお金を稼いでうんちを片付け、テラリウムの環境を整備していく……と。


 んでまー、成長した可愛いスラちゃんを眺めて、「うふふふふ」って微笑む。


 それが私の、基本ルーティンなんです。


 もちろん、こまかーい事件はいろいろありました。


 例えば……夢星パパとママを心配して、仕事先の人とか、親類縁者が押しかけてきたり、とか。


 もうね。とにかくね。

 すっっっっごく面倒くさかった。


 どーせこの社会は、あと数週間で滅びる運命。

 いちいちこの、”正常な世界観”には付き合っていられませんでしたから。


 でもね。

 いまの私の身体って……ごく一般的な女子高生なのでね。


 家の金かっぱらって、ホテル生活……って訳にも行きませんでした。

 そんなことしたら、すぐさま警察沙汰。

 ”終末”のその後まで、ごちゃごちゃ言われる可能性もありますから。


(あ、そっかあ。人って殺すと、大騒ぎになっちゃうんだ)


 って言うのが、その時の私の、正直な感想。

 だって、ほら。

 ゲームに登場するキャラクターって、うっかり殺しがちじゃないですか。

 これをお読みの、皆々様だってそうでしょう?


 その後の立ち回りは……結構、大変でした。


 ある日突然、両親を失った女子高生のフリをする必要がありましたから。




「ああ……っ。私の愛しい、パパとママ! 一体どこへ行ってしまったの? 私は私は……こんなにも、あの二人を愛していたというのに……!」




 っつって。

 私の下手くそな演技は、そこそこ巧くいったみたい。


 たぶん、私……っていうか、夢星最歩ちゃんが、とんでもない美人だったことも無関係じゃないかも。


「最歩ちゃんみたいな娘が、事件と関係あるはずがない」


 なんてね。「みたいな」と「娘」の間に、「可愛い」って言葉が埋もれていること、私はわかってました。

 笑っちゃいますでしょ。人間の見た目と、その精神性に相関関係があると思い込むなんて、この世界の人類はなんとまあ、愚かなことでしょう。


 はい、滅亡。それに決まり!


 そんなこんなで私は、叔父叔母(ネタバレ:こいつらも死ぬ)の庇護下にいながら、”終末”までの時間つぶしをすることができましたの。


 毎日毎日、テラリウムのお手入れしてね。



 んでまー、運命の日。

 渋谷の交差点でゾンビが出てきてガブリとしてアウトブレイクのやつ。


 『J,K,Project』における、チュートリアル終了後ムービーまんまの映像がテレビで流れて、ちょっぴりテンション上がったりして。


 そーして、ゲームでいうところの物語本編に、移行しましたの。


 世界には、ゾンビを始めとするいろんな化物が溢れ。

 その代わりとばかりに、人類には不思議な力が身につきます。


 ”スキル”の力。

 ”プレイヤー”の力。

 レベルアップの力。


 実際のとこ、その”不思議な力”現象は、”終末”が訪れるずっとずっと前から始まっていたんですけれど……閑話休題。


 私は、ついに世界征服の第一歩を踏み出したのです。


 『JKP』を遊んだことがある方であればおわかりでしょうけど、これはまだまだ、物語の第一幕に過ぎないんですが。


 いずれにせよ、この時点で私がすべきことは、ほとんど変わらず。


 まだまだ可愛い緑色スライムを、指先でちょんちょん、可愛がってあげたりして。

 ご飯とか、日常的な生活はほとんど変わりませんでした。

 なにせゾンビは、”魔王”に襲いかかってきません。

 なんならその時、わりと楽しかったかも。


 コンビニのスイーツ、食べ放題でしたし!



 終末が訪れて。一週間ほど経過して。

 そうして私、決めましたの。


 東京駅の方に、転居するって。


 その頃には、私が住んでいた辺りはゾンビだらけになっていて、”魔王”である私としては、ぜんぜん暮らしに不自由しない感じだったんですけど……。

 私そろそろ、味方キャラを増やしておこうと思いましたの。


 私、東京駅の方面に、有力な味方がいること、知ってましたし。


 って訳で、お気に入りのお洋服をリュックに詰めて、移動開始。


 ゾンビだらけの、この世界。

 けれど、私にとっての連中は、ハロウィンで見かける面白陽キャ集団と変わりなく。


「た……助けてくれー!」


 なんて。

 襲われている人を見かけても私、穏やかに手を振るだけ。


「え…………っ」


 なんだ、こいつ。

 そんな表情のまま餌食になる、気の毒な方々。


 可哀想に。

 正直なとこ、そんな風に思うこと、多々あります。


 けれどね。

 私と彼らは、世界観が違いますの。

 死に対する解釈が、少々違いますの。


 ごめんね。


 でも、安心して。

 私もきっと、その時は。

 立派に立派に、死を選ぶつもりですので。


 だから……勘弁してくださいまし、ね?

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