その107 人たらし
『わんわんわんわんわんわん!』
『きゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!』
『にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃー』
出迎える小動物を蹴飛ばさないよう、十分に注意しつつ……弟たちが避難している地下室の扉をノック。
『兄貴か?』
『そうだ』
『合い言葉は?』
『……そんなものはない』
『『カウボーイビバップ』に登場する天才ハッカー少女のフルネームを答えよ』
『エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキーよんせい』
長文を打たせるな。長文を。
がちゃりと扉が開き、武器代わりのモップを手にした亮平が顔を出した。
『よかったぁ……、か、勝ったんだな』
『うむ』
頷くと、かさねさんが飛びつくように豪姫を抱きしめて、
『ありがとぉっ』
モニター全体に、むぎゅうと胸が押しつけられる。すごい絵面だ。
『敵は、全部やっつけたのか?』
『もぎゅり。もぎゅもぎゅもぎゅり』
『……かさね、離してやれ』
ぱっと、視界が明るくなって、
『いいえ。おいはらった、だけ』
『……そうか』
美春さんが、深刻な表情でうつむいている。
『我々は、ここを引き払うべきだろうか?』
言いたいことは、わかる。
ここを去り、ミソラの保護下に入るべきか、と言いたいのだろう。
『そんなの、みすみす人質になりにいくようなものですよ』
『そうかな。少なくとも身の安全は保障されるようだが』
『それは……』
返答に詰まって、亮平は視線を落とす。
僕としては、彼女たちがどこに行ったとしてもそれほど支障がないが、弟にとってはそうではないらしい。
道理を優先すると感情が置き去りになることもある。
これだから人間関係は難しい。
『で、でも……この場所を離れるのは……いくらなんでも、もったいないでしょう』
『命あっての物種だよ』
『ど、動物たちは? 動物たちはどうするんです? いくらなんでも、ここに放置しておくわけにはいかない』
『それはまあ、そうかもしれんが……』
揉める仲間たちを放置し、僕はいったん、その場を去る。
『現状維持』は亮平の仕事だ。
僕は僕で、僕にしかできないことをしなければならない。
《死人操作》アプリを参照した結果、スズランが向かった方角の把握はできている。奴らは今、それほど遠く離れてはいないところにあるドン・キホーテを根城にしているらしい。
先ほどからずっと動いていないところをみると、まだ攻撃を諦めていない気配がする。
――攻めやすくはあるな。
率直に、そう思う。
敵は、僕のスキルの詳細を知らない。
この所沢市一帯が僕の影響範囲内であるという事実を知らない。
ただし、たった今の攻防で、敵も気づいただろう。
僕に与えられた、このスキル、《死人操作》は、……ゾンビを使役する”飢人”たちにとっての、天敵になりうる、と。
――一匹制御下において、強そうな個体をさらに制御下に置き、そこを起点にして敵をせん滅する。
これが、スズランを始末するための理想的な流れだ。
しかしそのためには、問題がひとつある。
「……………………………………………………」
無言のまま、台所の食料をチェック。
すでにその中身は、半分近くなくなっていた。
前に調べた時は、一週間はたっぷりあるだろう食糧はすでに、あと五日分ほどにまで減ってしまっている。
「まずいな」
食い物が足りない。
もう一度スズランと戦えば、彼女を倒すことは難しくないかもしれない。
だがそうなると、……あの、JK三人組との戦いに大きな不利がつく。
なんとかして、食い物を確保しなければ。
しかしそうなると、こちらの位置がバレる可能性もあって……。
「これは……ふーむ」
『八方塞がり』という言葉が頭に浮かぶ。
せめて、カナデさんの能力の限界がわかれば……。
▼
……と。
そう思っていたタイミングで、後輩の神園優希が連絡してくれた。
『センパイ。……いますか?』
「いる」
『例の件です』
短く、簡潔な口調だ。
恐らくまた、危ない橋を渡っているのだろう。
「話せ」
『カナデさんから、無線連絡がありました。……どーやらセンパイ、かるく交戦したらしいじゃないですか』
交戦、か。
一方的にやられただけだったが。
『カナデさん、結構ビビってたみたいです。「なんなんだあいつ、わけわかんないでし!」みたいに言ってました』
「ふむ」
お互い様の台詞だ。
どうやら向こうにとっても、こちらの能力は想定外だったらしい。これは重要な情報だな。
『そこで彼女たち、秘密の作戦会議をやるって』
「場所は」
『明日の朝。6時と言ってましたが、さらに早まるかも』
「わかった。早めに待機する」
『頼みます。場所は、航空公園周辺にある小さな公園です』
航空公園……というと、綴里が待機している場所か。
「了解。ありがとう。よくやった」
短くそう言って、通話を切ろうとする。
だがその直前で、優希がこう付け加えた。
『あ、ちょっと』
「……まだ何か?」
『明日の会議ですけど……なんか、俺も同行することになりました』
「は? きみが? なんで?」
『すんません。話の流れで』
「どういう流れだよ」
呆れつつ、詳しくは聞かない。
調子の良いあいつのことだ。
何か、その場のノリで適当なことを言ってしまったのだろう。
「……まさかとは思うが……おまえ……」
『ええ。ちょっとしたデート感覚です』
「正気か」
『はい』
眉間を揉む。
「……まあ、いい。怪我だけはするなよ」
『わかってます』
言って、今度こそ通話を切る。
部屋の中で、一人。
はぁあああああああああああ、と、大きなため息を吐く。
――恐らく、優希なりに気を利かせたつもりだろうが。
終末に至ってなお、……彼女の人たらしは健在らしい。
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