その105 上々の

 ”飢人”。

 そう呼ばれた怪物は一見、ごく普通の”ゾンビ”に見える。

 右頬から肩にかけて、グロテスクな噛み傷のあるその女は、身長175センチほどで、暗い色合いのドレスを身に纏っていた。

 髪型はどんぐりを思わせる短髪で、色気は感じられない。だが生前はモデルでもしていたのではないかと思えるような肉付きをしていた。


 女はどこか、理性の感じられる目つきで豪姫を睨み、


『お前が……”ヒムロ”を殺したプレイヤーかい?』


 ガラガラ声、そう表現していいであろう低い声で、言った。


――? ヒムロ?


 眉をしかめる。

 話の流れから推察するに……以前このホームセンターを襲撃した”飢人”だろうか。


 いずれにせよこの情報、僕には関係がない。

 素早くキーをタイプして、


『ちがう。それ、べつじん』

『…………へえ。その割には何か、心当たりがあるようだけど』


 指が、止まる。

 そして、数秒ほど考え込んだ後、


『かたきを、うつなら、てつだってもいい』


 少しばかり卑怯な提案を行う。

 むろん、本気でそうするつもりはない。あくまで方便である。


『そのつもりはないよ。……ただの好奇心で聞いただけだ』

『そうかね』

『妙なヤツだね、お前。そのヘンテコな話し方、なんとかならんのかい』

『ならない』


 答えつつ、”飢人”たちが意外とおしゃべりなことに驚いている。


――プレイヤーがゾンビ化しても、自由意志は残るのか……?


 いや。

 解釈を急ぐのは、まだ早い。


『わかったらはやく、ここをたちされ』

『イヤだね』

『なぜだ』

『実際のとこ、仲間の”飢人”が死んだことなんて、どうでもいいんだ。……ただあたしは、力の強いプレイヤーを殺したいだけ。一人でも多くを噛んで、一人でも多く仲間を増やす。……それが、あたしの使命だから』

『……………………』

『もちろん、お前のことも噛む。あんたの仲間もみんな、噛む』

『……………………!』


 豪姫の息が荒くなる。

 彼女なりに、敵意を感じ取っているのかもしれない。


 マウスを握る手に、じっとり汗が滲んだ。

 いまの発言……うまく言えないが……見ず知らずの相手への言葉としては、

 そう思えた。


 人は元来、あらゆる可能性を検討するものだ。

 敵と思っていた者が味方となり、味方と思っていた者が敵となる。

 いまの言葉は、自身の敵を明確にしている者でなければ、発さない。


 同時に、確信する。

 やはり飢人は、人間ではない。奴らに自由意志はない。


――やはり、こうなるか。


 中指を”S”キーに置き、いつでも後退できるようにする。


『ひとつ、きいてもいいか』

『なんだい』

『おまえは、なにものだ。なぜ、このようなことを、する』

『くくくくく』


 女が、不敵に笑って、


『ぜんぶは、教えてやんない。でも一つだけ、教えてやる。あたしの名前は、”スズラン”だ』


 そうか。


 嘆息して……素早くマウスを操作。

 背後まで忍び寄っていたゾンビの脳天を、一瞬にして粉砕する。


 ゾンビの現在位置を把握できる僕に、不意打ちは通用しない。


「では、スズラン。お手並み拝見と行こうか……!」


 PC前にて、独り言。

 倒れたゾンビを押しのけながら、ホームセンターから持ち込んでいた包丁を、飢人の元へぶん投げる。


『…………………ッ』


 スズランは、包丁を手のひらで受け止める。その刃先は貫通したようだが、彼女はなんの痛痒も感じていないようだ。


『鬱陶しい……っ』


 とはいえ、ある種の危機感を覚えさせることには成功したらしい。

 スズランはゾンビたちに指示を出し、自身が乗る御輿を下げさせた。


「逃がさん」


 そこで僕は、近場の安全地帯(足場の多い古民家の屋根)まで豪姫を走らせ、マップ機能を起動。敵位置を予測し、――御輿を担いでいるゾンビを一匹、制御下に置く。


 僕はまず、スクラップ製のそれを、ぽいっと放り捨てた。

 がしゃん、と騒々しい音がして、御輿が傾ぐ。


『何……ッ!?』


 そして、驚いているスズランの顔面を、思い切りぶん殴った。

 気の強そうな女の顔面が、ぐしゃりとひしゃげる。


『ぐ……げぇ!』


 すぐさま連続攻撃……のつもりが、取り巻きのゾンビたちに防がれる。

 数匹のゾンビたちに取り押さえられた左腕は、あっという間に引きちぎられてしまった。


『お、お、お、お、お、お、お、…………ッ!』


 可哀想に、使役下にいる個体が悲鳴を上げる。

 だが、いったん敵に変異したものに、ゾンビたちは容赦なかった。

 左腕を奪ったら、次は右腕。

 そういうつもりで、五、六匹の個体が群がってくる。


――できればもう一発、ぶん殴りたかったが。


 無理か。

 そう思いつつ、使役下においたゾンビが死亡した際に発生する急激な魔力消耗に備え、泥のように甘いチョコレート・ドリンクを飲む。


 と、その時だった。


『どけぇっ、貴様ら!』


 そう叫んだスズランが、こちらに向けて手をかざす。

 すると、――彼女の手のひらから、ドス黒い火焔が噴出した。


「うお……ッ」


 当然僕は、回避行動をとる。

 だが、完全に回避しきれなかった。その半身が一瞬にして焼けただれる。


「ファンタジー系の映画に出てくる、ドラゴン・ブレスって感じだな……」


 この術の感じ、見覚えがある。

 かつて戦ったプレイヤー……岩田さんが使っていた《火系魔法Ⅳ》だ。

 恐らくこの術は、それが変化したものだろう。


――連中の能力は必ず、”プレイヤー”が持つスキルの一つが変異した設定になっとるからな。これまでの経験をしっかり記憶しておけば、自ずと敵の弱点を把握できるようになってるわけ。


 サンキュー、アリス。


『死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!』


 スズランは、ほとんど無力化された僕のゾンビに、もう一撃、食らわせようとする。


「手下に任せておけば、もうとっくに勝負は決まっていたのに」


 どうもこいつ、感情任せで動くタイプらしい。

 もう一撃、例の《火系魔法》を喰らわすつもりのようだ。


 ならば、と。


 僕はキーを素早く操作し、現在使役下にいるゾンビの扱える魔法をチェック。


 調べたところ、コイツが使えるのは、《火系魔法Ⅱ》らしい。


「最後っ屁としゃれ込むか」


 そこで僕は、術を発動。残った半身、その右腕を、スズラン目掛けて力なく振るう。

 テニスボール大の火球がふわりととんで、……スズランの右肩に着弾した。


『――ッ!?』


 まさか、飛び道具があるとは思わなかったのだろう。

 ドレスが燃え上がり、スズランの腕が烈しく炭化する。


『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 その、次の瞬間には……配下のゾンビ軍団による妨害が入った。


『ぐ……ッ、ギ……ッ』


 頭部を破壊されたのだろう。

 ぷつん、と画面がブラックアウトして、――すぐさま、猛烈な空腹に襲われる。


 部屋の中、じゅるるるるるる……とドリンクを飲み終えて。


「まあ、上々の戦果だな」

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