その104 襲撃

《治癒魔法Ⅰ》……手のひらから緑の光を発生させ、小さな怪我であれば即座に修復する魔法。人間にも有効かどうかは不明。


《治癒魔法Ⅱ》……《治癒魔法Ⅰ》の強化版かと思われたが、傷に関しては効果がないらしい。詳細は謎。


《治癒魔法Ⅳ》……《治癒魔法Ⅰ》の広範囲版。周囲の仲間の傷も癒やすことができる。


《火系魔法Ⅰ》……手のひらに、チャッカマンくらいの火を灯す。


《火系魔法Ⅱ》……手のひらに、テニスボール大の火球を産み出す。


《水系魔法Ⅱ》……手のひらに、野球ボール大の水球を産み出す。


《雷系魔法Ⅰ》……手のひらに、雷の力をまとわせる。


《時空魔法Ⅰ》……過去視を行う魔法、らしい。詳細に関しては未検証。


《風系魔法Ⅰ》……任意の空間に、突風を発生させる。ミソラが使ったのはもっと威力が高かったため、魔法の性能には個人差があるらしい。


《謎系魔法Ⅰ》……効果不明。呪文を唱えても、何も起こらなかった。なんとなく嫌な予感がしたので、この魔法の検証はまた今度にする。



 ……と。

 ここまで考察を終えたあたりで、眠気が限界に達した。


 その後しばらく、椅子に座ったままの格好で仮眠を取る。


 それから、三時間ほどは眠っただろうか。


『兄貴ィ!』


 音に驚いて、はっと目を覚ます。

 無線機は常に手元に置いていて、一秒で応答できるようにしていた。


「どうした」


 PCを起動しながら、通話に出る。


『でた、でた、でたでたでたきたきたきた!』

「飢人か?」

『ああ!』


 内心、舌打ちする。想定よりも遙かに早い襲撃だ。

 もう少し準備を整えたかったのだが。


 つけっぱなしにしていた《死人操作》アプリを使って、豪姫を目覚めさせる。

 そこにはすでに、亮平+女子大生三人の姿があった。


『――それで、どうしたんです?』

『どうもこうも。慌てて降りてきたよっ』

『どういう見た目のヤツなの?』

『女。女の人。歳は、二十歳くらいだと思う。ゾンビっぽいから、わかんないけど……』

『ふむ……』


 一瞬、ちらりと弟と目が合う。

 直感的に、豪姫の中にいる僕の存在に気づいたのだろう。


『ではもう一度、情報を整理しますね。

 一つ。南の方角から、例の”飢人”と思しき化け物が登場した。

 二つ。”飢人”は、数百匹ほどの”ゾンビ”軍団を率いている。

 三つ。能力は不明。目的も不明。

 四つ。我々のホームセンターへ向かってるっぽい。

 五つ。”飢人”の見た目は、二十歳くらいの女性』


 と、わかりやすく状況を説明した。


『じかんは?』


 訊ねると、女性三人がこちらを見て、「わ。しゃべった」と驚く。


『なんですって?』

『やつらが、くる、じかん』

『正確にはわからんが、たぶん十分もかからないと思う』


 なんてことだ。

 ホームセンターから視認できる範囲には限りがあるとは言え、あまりにも余裕がない。


――別の拠点に逃げる……ことはもう、不可能だな。


 僕は嘆息して、


『てはずどおりに』


 タイプして、豪姫を立ちあがらせた。


『てはず?』

『ほら、打ち合わせしたでしょ? 地下の倉庫で、しばらく避難するって』

『あ、そっか』

『でもでも! それだったら、動物たちが……』

『その話も、事前に話したはずだ。ゾンビどもは基本、動物を襲わない』

『そうとは限らないじゃない!』

『……。そうね。じゃあせめて、言うことを聞く子だけ連れて行きましょう』

『それじゃあ、半分も連れて行けないよっ』

『かさね。……人間の命が第一だ。まず、自分たちの命を護るコトを考えよう』

『そんな……! 私たちとあの子たち、命の価値に、差なんてないよっ』

『頼む、聞き分けてくれ。いまはのんびり、倫理を論じている暇はない……!』


 そんなやり取りを聞き流しつつ、従業員用控え室を飛び出す。

 まずホームセンター屋上へ向かって、ここの人たちが見たものを、自分の目でも確認する必要があった。


 叩き付けるように鉄扉を開き、屋外へ飛び出すと……すぐに、かさねさんが見たというゾンビ軍団を発見することができる。


「うおっ………これは……………」


 実際にそれを目の当たりにして、渋い表情を作る。


 話を聞いたとき、――数百匹の群れの中にいる”飢人”を、よくもまあすぐ発見できたなあと思っていた。

 だが、こうして一目見れば、その状況は明らかだ。


 いま、あそこにいるゾンビたちは、一つの意志の元に行動している。

 というのも、襲撃者の”飢人”はいま……パイプ椅子か何かを乱雑に組み合わせて作った、狂気じみたデザインの御輿の上で腰を下ろしているためだ。

 御輿を担ぐのはもちろん、ゾンビの群れ。


――これから僕は、アレと戦うのか。


 その姿に、胃の中身が逆流するようなストレスを感じている。

 それでも、戦闘態勢を取るほかにない。


 僕は素早く、一階のキッチンへ向かい、『非常用』と書いた袋を取り出した。

 高カロリー食と飲み物がたっぷり入った、魔力供給用の食料だ。


 カナデさんとの決戦用に使うつもりだったが、この際やむを得まい。


 口の中にチョコレート菓子を放り込みながらPC前に戻ると、すでにゾンビ軍団は、ホームセンター前の道路にまで達していた。


――くそ。


 とにもかくにも豪姫を操作。ホームセンターに築かれた壁を乗り越え、外に出る。

 この場所で戦いを始める訳にはいかなかった。

 かさねさんじゃないが、罪なき小動物が巻き込まれてしまうことはなるべく避けたい。


 結果、出来上がった構図は、――


 此方、ホームセンター近くの三車線道路の真ん中に、狩場豪姫。

 彼方、真っ直ぐにこちらを目指す、数百匹のゾンビ軍団+飢人。


 というもの。

 もはや連中が、我らが拠点に害を為そうとしていることは疑いようもなかった。

 《死人操作》アプリで確認したところ、ゾンビたちはいま、こちらを包囲するように展開している。殺意と悪意が、この辺り一帯に満ち満ちていた。


 背中に、びっしょりと汗をかいている。


 この戦い、……勝敗に関してはまだ、わからない。

 だが、豪姫の身が危ないという事実だけは、疑いようもなかった。


 むろん美春さんの言うとおり、大切なのは、人間の命だ。

 いよいよとなったら、彼女を犠牲にすることに躊躇はない。


 だが、――豪姫は。

 ぼくにとって、特別な人で。


「………………糞ッ」


 思わず、毒づく。

 ”飢人”が口を開いたのは、その時であった。

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