その102 レベル上げ

――これは……しばらく、下手な動きは出来ないな。


 それから三十分は、その辺りのゾンビを使役するのは辞めにして、むしろ可能な限り遠くの”ゾンビ”を支配下に置きつつ、レベル上げをしていくことにした。

 とはいえ、ゾンビ選びガチャにはことごとく失敗しており、


――目のほとんど見えていない男。

――足を悪くした老人。

――両腕を失った少女。

――子供。


 などなど、使いにくい個体を連続で引いてしまって、すっかり気を滅入らせている。

 当たり前と言えば当たり前かもしれないが、適当に選択した場合、五体満足の個体が出る可能性は低い。


 とはいえ、諦めるという選択肢はなかった。

 僕はいったん、ゾンビたちを適当な安全地帯(たまたま見つけた、工事現場のプレハブ小屋)へと避難させ、――そこでようやく、使い物になりそうな若い個体を発見、支配下に置く。


「クールにはいかないな。……結局、泥臭くやるしかない」


 そう、深く嘆息しつつ。

 新たに手に入れた個体は恐らく、――元現場作業員だった男だろう。

 マッチョくんほどではないが筋肉質なそいつに、その辺に転がっていた両口ハンマーを装備させておく。


――あとは適当に服を着込んで、傷痕を隠して……と。


 ばっちり準備を整えた僕は、さっそく作業を開始した。

 日が沈むにつれ、ゾンビたちの視界は悪くなる。

 しかし、僕のゾンビたちは視力が強化されている。

 闇夜では、圧倒的にこちらが有利なのだ。


――今夜中に一つ。あるいは二つ、レベルアップしよう。


 そう決心して、マウスを握りしめた。



 それから、数時間後。


「……ふう」


 嘆息、一つ。

 いくつか、都合の良い案件と出くわしたのは、幸いだった。


 ゾンビ時代では、少し意外なほど、夜間移動者が多い。

 長らく生態系の頂点に安住してきた人類も、生存本能は衰えていないらしい。ゾンビたちの夜目が利かないことに、早くも気がついた人がいるようだ。


 とはいえゾンビ側も、鈍くはない。


 話し声。

 物音、足音。

 息切れの音。

 思わず漏れ出た、小さな悲鳴。


 連中は、様々な異変を察知し、生きた人間を追う。

 結果として、危機迫る人々は少なくなかった。


 悲鳴を殺し、音もなく逃げる人々。

 その後を追う、数匹のゾンビ。


 その間に割って入って、片っ端からやっつける。

 なかなか痛快な経験だった。


『あ、ありがとうございます!』


 感謝する救助者に、


『きにするな。おれは、しゅみで、ひとだすけを、している、だけだ』


 という台詞を、コピー&ペースト。

 そして念願の、


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


 これが、二度。

 選んだスキルは両方とも《飢餓耐性》だった。

 その効能は、

 

――《飢餓耐性(中)》を取得すると、飲まず食わずでも一月以上活動できるようになります。また、エネルギーの吸収効率を上げ、魔法やスキルの使用による消耗も抑制します。


――《飢餓耐性(強)》を取得すると、魔法やスキルによる消耗を除き、今後、あなたが食事を摂る必要はなくなります。


 というものである。

 攻撃力が上がるわけではないが、今の僕は、魔力の消耗が何より怖い。

 決して、悪手ではないはずだった。


「……よし。次行くか、次」


 暗闇の中、ポテトチップスとコーラをむしゃむしゃしつつ。


 夢中になってあちこち徘徊するうち、時刻が零時を回っていることに気づいた。

 その頃になると、レベル上げ作業にも慣れてきていて、移動中の暇な時間とかは軽く、サブモニターで古い特撮番組のDVDを流していたくらい。


「街を徘徊して、邪悪な者を片っ端から殺して回る。……やってることは、『レッドマン』とあんまり変わらないな」


 などと、自分にしかわからないであろう独り言。

 そのまま作業を続けていると、


『――センパイ? ……センパイ。いますか?』


 という、優希の声が聞こえてきた。

 彼女に渡していた無線機からの入電だ。


 僕は慌てて、使役しているゾンビを待機させ、応答する。


「どうした?」

『いま飯田家なので、手短に。

 まず一つ。カナデは、この家にはしばらく、来ません』

 

 やはり、そうか。


『カナデはどうやら、”隠れ家”の秘匿性に、絶対的な自信を持っているようです。

 「カナデがあそこに居る限り、絶対負けない」的なこと言ってました』


 「絶対に負けない」とはこれまた、すごい自信だ。

 敵だって、こちらの能力を完全に把握できている訳ではあるまいに。

 あるいは、虚勢を張って仲間を安心させているだけかもしれないが……。


「他の情報は?」

『ミソラ、ユキミと話しました。二人とも、根は良い子です』

「…………。了解」


 余計なことを言うやつだ。

 だいたい僕は、「根は良い奴」という言葉が好きではない。

 根っこのところから善性が消失しているような人間など、ほとんどいない。

 ヒトラーだって、彼の友人には優しかったという。

 その者の善悪を現す基準など、立場の問題に過ぎないのだ。


『そちらの進捗は?』

「よくは、ない。どうもカナデの”隠れ家”を攻めるのは、事実上不可能だと思った方がいいな」

『マジすか』


 とはいえ、向こうがこちらを見つけるのも、簡単なことではないはず。

 僕は……一瞬だけ躊躇したのち、


『優希。もし可能なら、カナデをおびき出すことはできるか』


 かなり難しい任務を、口にした。


『おびき出す、というと……?』

「例の”隠れ家”の外に出てもらう、ということだ。どうも今のままでは、千日手になりかねん」

『なるほど。了解。……やってみます』

「ただし、無理は……」

『わかってます。”いのちだいじに”でしょ』


 ここで、通話終了。

 大きく嘆息して、レベル上げ作業に戻るのだった。

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