その101 謎

 アリスが去り、独りぼっちの時間が戻ってきて。

 次に打つべき行動が、明らかになってきた。


――まず、現状を整理しておこうか……。


 PCのメモ帳機能を起動する。



●仲間の位置

 先光亮平……ホームセンター

 不忍かさね……同上

 宝浄寺早苗……同上

 空良美春……同上

 神園優希……飯田家(ミソラさんたちの拠点)

 天宮綴里……航空公園駅周辺のグループ


●制御下のゾンビ

 狩場豪姫……ホームセンター内従業員用控え室

 マッチョくん……西所沢駅周辺

 ツバキちゃん……同上

 ミントちゃん……先光家近辺の民家

 サクラちゃん……先光家の隣家


●食糧

 現状の消費量から計算して、一週間分。


●所持している武器

 ピースメイカー ×1

 てつのつるぎ ×1

 クロスボウ ×1

 蟲撃バグ・ショット ×1

 ボルトアクション式小銃 ×1


・取得予定の《実績報酬》

 どくけし

 レベルだま

 メイドロボ・よし子


・ステータス

 レベル:11

 《死人操作Ⅵ》《飢餓耐性(弱)》《拠点作成Ⅱ》《武器作成(上級)》



 これが現在、僕が使える手札の全てだ。


「ふむふむ……」


 だんだん、やるべきことがわかってきた。

 いま、僕が抱えている問題を突き詰めていくと、


――食糧。

――レベル。


 要するに、この二点。

 この二つの問題を、いかに対応するかがキモだ。


 食糧を確保すれば、使役する”ゾンビ”を増やすことができる。

 これにより、敵位置の把握に役立つだろう。


 レベルを上げれば、新たな可能性が拓くことができる。

 運頼みにはなるが、戦いを有利に進られるだろう。


 さて。どうするか。


「………………――」


 しばし、PCモニターとにらめっこ。

 地図上では、ゾンビを現す赤い光点が、うじゃうじゃと蠢いている。


 いま気を配るべきは、赤い光点そのものではない。

 他と比べてむしろ、光点が少ない地域だ。


――亮平の情報によると、彼女たちは今日、レベル上げをしていたらしい。


 であれば、見かけたゾンビは、片っ端から始末していたはず。

 彼女たちの足跡を辿るのは、難しくなかった。

 人差し指で地図をなぞりながら、今日一日の彼女たちの行動を読み解いていく。

 その結果、わかったのは、


――航空公園周辺、西所沢近辺。特に駅周辺を重点的に行き来しているな。


 ということ。

 恐らくその辺りを中心に、生存者の救助活動を行っていたのだろう。


――いま、亮平たちのいるホームセンターを出て、飯田家に向かっていることを考えると……。


 そこまで考えて、


「――おっ」


 思わず、声を上げる。

 ちょうどいま、赤い光点が三つ、一度に消滅したためだ。


 三匹ものゾンビを一度に始末できる人間、……十中八九、プレイヤーだ。


「ミソラとユキミ。二人の位置は、ここか」


 そこでいったん、マウスホイールをくるくる回して、地図をズームアウト。

 目を皿のようにして、その他の地域で怪しい動きがないかをチェックする。


「…………………………」


 無言のまま集中すること、十数分ほどだろうか。


――さすがにそろそろ、別の作業をすべきか?


 そう思い始めたころ、不意に、百メートル圏内にいる赤い光点が数個、短い時間に消失する瞬間を見た。

 位置は、飯田家から少し離れた、所沢駅周辺だ。


「……ほほう。ここか」


 この位置に恐らく、カナデがいる。


――そうだよな。友達がレベル上げしてたら、追いつきたくなるよな。


 いかにも迂闊な行為だが、気持ちはわからなくもない。

 僕は、改めてその近辺をチェックして、――消失する赤い光点に、パターンを見いだす。


――カナデはたしか、”射手”だったな。


 であれば、何らかの方法でスナイパー・ライフル的なものを手に入れていてもおかしくない。

 恐らく彼女、”隠れ家”的なところにいて、暇つぶしがてらゾンビを狙撃しているのだろう。


――これだけ目立つ真似をするのだ。予備の拠点が複数、あるのかも。


 そう思いつつ、その近辺をうろついているゾンビを一匹、支配下におく。


『う、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……』


 そいつはどうも、低いうなり声を上げずにはいられない個体らしい。

 カーブミラーで姿を確認すると、二十歳かそこらの若い青年だった。運良く耳が聞こえる個体を引いたため、僕は内心、ガッツポーズをしている。


「さて……」


 このまま、敵の潜伏地点を把握する。

 可能であればそのまま、さっさと勝負を決めてしまいたい。


 そう思って、とりあえず背の高い建物を探していると、


『うぐぐぐぐぐぐ、――ッ』


 ぶつん、と、画面がブラックアウトした。

 同時に、魔力の消耗を示す、急速な空腹。

 僕は慌てて、ポテトチップス(アリスの食べかけ)を口の中に放り込んで、


「いま……何が起こった?」


 と、顔をしかめる。

 いまのあの感覚には、覚えがあった。

 ココアが殺された時と、同じだ。


 嫌な予感がして、僕はもう一度、別のゾンビを支配下に置く。

 ただし今度は、遮蔽物に囲まれた地点に居る個体がいい。


 数分の吟味の後、たったいま倒されたゾンビの位置から、狙撃手がいるおおよその位置を割り出し、――その死角にいるはずの個体を選ぶ。

 コンビニ内に、たった一匹だけ取り残された、中年の女ゾンビだ。


――ここからなら、狙われることはないはず。


 そう思って、とりあえず裏口へ回ろうとすると、


 ぱりん、


 と、窓ガラスに円形の穴が空き、女ゾンビの膝が折れる。


「ぬ」


 一言唸って、すばやく視点操作。

 嫌な予感がしたとおり、すでに左足が撃ち抜かれていた。


『げはっ……! があ! があがあ!』


 歯がみしながらキーを操作すると、女ゾンビは、虫が這うような動作でカウンター内へ逃げ込む。

 しかし、無駄だった。


 たーん。

 たーん……。


 二発の試射ののち、恐らくは三発目の弾丸で、僕の使役する女ゾンビがブラックアウトしたのである。

 この事態には、さすがの僕も震え上がった。

 意味が、わからない。


――射線は……通っていなかったはず。


 なぜ、敵がこちらの位置を正確に把握できたのか。

 なぜ、敵の攻撃がこちらに当たったのか。


 その全てに、見当もつかなかった。


――間違いない。カナデさんの能力には、何か秘密がある。


 彼女を倒すにはその、秘密を解かなければなるまい。


 空っぽになった胃に、チョコレート菓子を放り込む。

 「厄介だな」と思う一方で、……少し、ゲーマーの血が騒ぎ始めていた。


 理不尽な課題は、嫌いじゃあない。


――面白くなってきた。


 と。

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