その99 救われるべき人

「えー、ロボ子ちゃん、彼氏いないのぉ? いままで、いちども?」

「はあ」

「うっそー。ロボ子ちゃん、すっごく美人なのにー」

「まあ」

「え、え、え、え。ちなみにロボ子ちゃん、芸能人とかだと、どーいう男の人が好み?」

「iRobotの全自動掃除機です」

「あっ。わかるぅ。言わなくても部屋の汚いとこ、掃除してくれるような人ね?」

「ひと……というか……ロボそのもの……というか……」

「困ったことがあったら、すぐスマホに連絡してくれるし。ゴミが溜まったときとか」

「たしかに、それはそう」


 そこで紅茶を、ずずずずずーっ、と啜って。


 あたしたちの会話は、ほとんど内容のないものが中心となっていた。

 きっとその辺、彼女たちも心得ているんだろう。


 けど、なんだろう。

 かさねさんと、早苗さん……二人のコミュ力の前に、気づけば態度が軟化している自分に気づいていた。


 ふと、思う。

 この地球上に存在する全ての陰キャ勢は結局、こういう人たちの言いなりになる運命なのかもしれない。

 だってそうでしょ? 彼女たちとのおしゃべりは……この、滅茶苦茶になった世の中に居て、一服の清涼剤だったんだもの。


――こういう人たちが幸せに暮らせない世の中は、きっと間違ってる。


 気がつけばあたしたち、彼女たちを害する気持ちが、ほんの一欠片もなくなっていたんだ。


「ミソラちゃんは最近、嵌まってる番組ある?」

「えーっと。『水曜日のダウンタウン』とか」

「あーっ、あれ、いいよねー! あたし、『部屋の中に人がいる』系の企画、好き」

「いいですよね。芸能人のプライベートスペースに、知らないおじさんが紛れ込んでるドッキリ企画……」

「芸人さんって、大変だよねー。ああいう企画に巻き込まれるんなら、個人的な時間とか、ぜんぜんないんじゃん」

「ですねー」


 なんて。

 すっごく久しぶりに、お笑いの話で盛り上がったりしてね。


「テレビに出てた芸人さんたち……みんな、生き残ってるといいなぁ」

「大阪の方は安全みたいだから、吉本の芸人さんは結構、生き残ってるんじゃない?」

「だと、いいね」


 そんな、他愛のない会話。

 気づけばあたしは変身を解いて、おしゃべりに没頭していた。


 話が、――あたしたちとの”勝負”に関わるようになったのは、一時間はたっぷり、お茶会を愉しんだ後のことである。



「それで、その。そろそろ、本題いいっすか?」


 このコミュニティで唯一の男性、”めしあ”くんが口を開く。


「結局のとこ……なんだったんすか、さっきのやつ」

「さっきのやつ、っていうと?」

「あの、ゲロゲロしてきたやつっすよ! 危うく、ここの壁が壊されるとこだったんす。……あんなゾンビ、今までみたことがない」

「あー……あれね」


 瞬殺だったから、なんだか忘れちゃってた。

 ロボ子ちゃんによると、”きじん”がどーとか言ってたけども。


「超常の存在より特別な力を与えられたものたち、――”プレイヤー”。その、”プレイヤー”がゾンビに噛まれた末に成り果てるもの。それが”飢人”です」

「ふーん」


 あたしが目を丸くしていると、”めしあ”くんが苦笑した。


「なんすか? ミソラさんはご存じなかったんですか?」

「んー。まー。そー」


 っていうかロボ子ちゃんこそ、物知りだな、って感じ。


「飢人は、歪んだ形で顕現したプレイヤー・スキルとゾンビの攻撃性を合わせもった、人類の敵です。放っておくと、甚大な被害をもたらしかねない」

「……それ、かなりやばいね」


 場合によっては、たった一人の飢人に、グループが壊滅させられちゃう可能性もあるじゃん。

 その話には、その場にいた全員が、顔色を青くした。


「じゃあ今後……いつ、ああいう化け物に襲われるかわからないってことっすか?」

「そうなりますね。早急に対策した方がいいかもしれません」

「…………………」


 ”めしあ”くんは渋い表情で、なんだか従業員用控え室の方向を見ている。


――この情報、”ゾンビ使い”に連絡したくってしょうがない、って感じね。


 わかりやすい人だなあ。


「もしあなたが望むなら、みんなを安全な場所まで案内しますが」

「えっ」

「ここでの暮らしは、かなり目立ちます。飢人の標的にされてもおかしくない。その点、我々の拠点は民家を利用したものですから、今回のように襲われる危険性は低いと思われます」

「そりゃあ……ちょっと。いくらなんでも、そこまでお世話になるわけには」

「しかし我々は、”勝負”に勝った後、あなたたちを保護するように約束しましたので。できれば同じ場所に居てくれた方が、こちらとしても護りやすいのですが」

「まるで、おれの兄貴が負けること、最初から決まっているような言い分ですね」

「はあ。まあ」


 ロボ子ちゃん、あたしからみてもちょっぴり傲慢に感じる態度で、そう断言した。


「私たちの”姉”は、とても有能です。勝つと決まっている勝負しか、挑まない」

「なるほど」


 ”めしあ”くんは、ただでさえ悪い顔色を、さらに土気色に染めて、こう言う。


「でも、おれの兄貴、どんなクソゲーでもクリアしてきた男なんです」

「ふーん……」


 その表情からあたし、「あ、これ、奏ちゃんの真似かな?」と、思う。

 わざとストレスを感じさせるようなことを言って、相手の様子を伺うやつ。

 ロボ子ちゃん、人の真似するのが上手なのね。


「――とにかく! 今回のことは、感謝します。けどおれたち、助けは必要ありませんので」


 あら。ほんとにぃ?

 少なくとも、あなたたちの仲間の一人(かさねさん)は、すっごく羨ましそーな表情でこっち見てるけど。

 あたし、ロボ子ちゃんを手伝うつもりで、一言付け加えておく。


「まあ、うちの拠点は、部屋数も十分、電気は通じてるし、お風呂もある。ご飯の貯蔵もたっぷりあるから、いつでも来てね」


 お風呂。

 この言葉に、心動かない年頃の女性はいないはず。

 じっさい今の一言で、思いっきり女性陣の心を動かすことに成功したみたいだった。


「風呂がなんすか。おれなんて、百年風呂に入らなくたって平気だぜ」


 あーあ。

 そーいうとこが、男の子と女の子の考え方の違いなんだよねぇ。


 そこであたしたちは、


「今日は楽しかったよ。またくるね」


 と、捨て台詞を残し、席を立った。


――いい感じに、裏切りの種を植えられたな。


 そんな風に思いながら。



「すこし、気がかりがあります」


 帰り道。

 ロボ子ちゃんが一つ、物憂げに言っていた言葉がある。


「なあに?」

「”ゾンビ使い”の正体ですが……ひょっとすると、普通に良識のある奴なのかもしれません」

「ふむ。……良識があると、どうなるの?」

「わかりませんか?」


 ロボ子ちゃんの、透き通った瞳が、あたしをじっと見つめる。


「弟、――”めしあ”君の、あの表情。……あれは、覚悟を固めた人の顔です。兄弟で、想い合っている人の顔です。……でなければ、あの場所に固執する理由がない」


 ……ふむ。

 それは、そうかも。


「この勝負、あるいは”ゾンビ使い”にとって、縄張り争い以上の何かがあるかもしれません」

「っていうと?」


 そしてロボ子ちゃん、夕焼けに向けて、長いため息を吐いた。


「敵は、死に物狂いなのかも」

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