その95 飯田家にて

 ロボ子ちゃんと、あたし。

 それに加えて、アキちゃん、モモちゃ……鉄五郎さん、曽我さん、あずきちゃんという五人の顔が並ぶ、天井の高いリビングにて。


 あたしたちはいま、スピーカーに接続された無線機のぐるりを囲んでいる。


『……ってゆーのがいま、あちしたちが置かれている状況でし』


 無線越しの声は、奏ちゃんだ。

 奏ちゃんはいま、”隠れ家”から連絡してくれている。

 なんでそうしてるかっていうと、――もちろん例の、”人の形を遣うもの”による襲撃対策のためだった。


「…………………………ふむ」


 みんなそれぞれ、神妙な表情を作ってる。

 現時点では不確定要素が多すぎて、何を話せば良いかわからない、っていうのが正直なところだろう。


 下手な意見を言って、戦犯になりたくない。

 ”終末”の世の中にいて、この居心地の良い家を追い出されたくない。


 そういうことかもしれない。


「ひとつ、いい?」


 そんな中、勇気ある第一声を発したのが、私の幼なじみ……秋月亜紀ちゃんだ。


『なんでし?』

「その、”人の形をつかう……”」

『名前、いちいち長いね。”ゾンビ使い”でいいや』

「じゃあその、”ゾンビ使い”だけどさ。……もうちょっと、平和的に解決する方法があったんじゃないの」

『……。その理由は、説明したはずでし』


 ”冒険者ランキング”。

 ”ゾンビ使い”が一年後、強力なプレイヤーになっているというのなら、今のうちに対処した方が良いだろう。


 けれどアキちゃん、そこのところがイマイチ納得できないみたい。


「そこなんだよ。……そんなに強い”プレイヤー”が相手なら、勝ち目なんてないじゃん。素直に尻尾巻いて、逃げちゃえば?」

『……………………』

「べつに、恥ずかしいことじゃないでしょ。あんたたちだって元々は、ごく普通の女子高生なんだからさ。バトル漫画のキャラクターじゃないんだし、戦うばかりが人生じゃないよ」


 奏ちゃんの、「やれやれ」という表情が目に浮かぶようだ。

 この辺、”持つもの”と”持たざるもの”の差と言って良いのかも知れない。


 もう、何かから逃げ回るような人生は、ゴメンなの。

 自らの死に、残酷な結末に、――立ち向かう決意をしたからこそ、あたしたちはいま、ここにいる。


『……とりあえずまだ、この地域を出るつもりはないでし。向こうもそのつもりな以上、……両者がぶつかり合うのは当然のこと』

「そこが、わかんないんだよなあ。ゲームとかでも、強い敵が現れたらいったん逃げて、レベル上げするじゃん。三人はまだ、そんなに強くないんでしょ?」

『それは……敵のレベルが低いまま留まっている場合の話でし』


 そう。

 そこなんだよね。


 あたしたちがぼんやりしている間も、敵はどんどん強くなっていく。

 ”プレイヤー”たちにとってこの世界は、リソースの奪い合いなんだ。


 他と差をつけるなら、いま。

 今しかないんだよ。


『……とにかく! ”ゾンビ使い”との協調路線は今んとこ、なし!』

「つまりそれって、勝負に勝ったら結局、”ゾンビ使い”を殺すつもりってこと?」

『それは――まだ、わかんない。けど、裁判をするつもりなのは間違いないでし』


 もしそれで、”ゾンビ使い”が救いようのないやつなら、経験値になってもらう。

 事前に三人で決めたことだ。


「でもそれって……ちょっと、ずるくない?」


 アキちゃんのつるつるした額に、くっきり皺が寄る。

 言ってることは、もちろんわかる。

 向こうはこちらを、殺さないつもりでいるはず。

 それなのにこちらは”ゲーム”のあと、私刑を考慮しているんだから。


『そーいうおまえしゃんだって、”ゾンビ使い”が例えば……くそやべー屍体性愛者ネクロフェリアとかだったら、仲良くできないだろ』

「そりゃ、まあ……」

『あちしたちが”ゲーム”を提案したのは、”プレイヤー”なりのコミュニケーションの一種でし。命がけの勝負を通じて、やつの性質を図るわけ』

「……………………」


 アキちゃんはまだ、少しだけ納得できない感じだったけれど、……結局、頷いた。

 戦うのは、あたしたちだ。

 決定権は、あたしたちにしかない。


 しばし沈黙の中、あずきちゃんが淹れてくれた美味しい珈琲で、ほっと喉を潤す。


 その後に話し合ったあたしたちの方針は、


・”リーダー役”の奏ちゃんは、”隠れ家”で司令塔になる。

・あたしとロボ子ちゃんは情報を収集しつつ、街で人助けを行う。


 こんな感じ。

 奏ちゃんは情報収集役、あたしたちは実戦に挑む役で、レベル上げ。


 そーいうことみたい。


「ちなみにその”隠れ家”って、絶対安全なんだよね?」


 あたしが訊ねると、訳知り顔のロボ子ちゃんが、にっこりと微笑んだ。


「ご安心を。カナデが”隠れ家”にいる以上、100%、我々に負けはありません」

「そっか」


 ほっと胸をなで下ろす。

 奏ちゃん、なんでか”隠れ家”のことを教えてくれないから、ちょっと気になってたんだけど……ロボ子ちゃんがそういうなら、きっと安全ね。


『とはいえ、――まあ。これで、説明会は終了、でし。こちらが”ゾンビ使い”の身内を把握している以上、ヤツがここの人を傷つけることはないと思う。……だからみんなはここで、安全に終末を過ごして欲しい』


 と、あたしたちのリーダーが宣言したところで……”ゾンビ使い”と約束した時間になった。


 その時だ。


 ぴん、ぽーん、と、控え目なチャイムの音がして。


「……………………」


 タイミングがタイミングだったものだから、ちょっぴりみんなに目配せする。


「あたしが出る」


 代表者として、アキちゃんがモニターを覗く。するとそこには、かつてこの家の一員だった、神園優希さんがいた。


「……………どなた?」


 首を傾げるアキちゃん。それを遮るように、あたしが声をかける。


「優希ちゃん。――どうしたの?」

『すまん。すこし、綴里とはぐれちまって。戻ってきたんだ』

「あらら。それは大変ね。ちょっとまって。すぐにシャッターを開けるから!」

『恩に着るよ』


 なーんてやり取りをして。

 すぐに優希さんを家に迎え入れることになったんだ。


 結局、思ったよりかなり早い再会になったみたい。

 失踪した綴里くんのことは気になるけど……でもちょっぴりあたし、ウキウキしちゃった。


 優希さんったら……その。

 カッコいいから。



 その後はまあ、別段語るべきコトもなく。


 あたしとロボ子ちゃんは予定通り、街へと繰り出すことになる。


 ”プレイヤー”になってから、ずーーーーっとしたかったこと。

 人助けのために。

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