三章 『魔女の落胤』

その94 彼らの作戦

「――…………………………」

「――…………………………」

「――…………………………」


 僕一人、饒舌に語る時間が続く。


――終わる世界の救い方。


 そう名付けた『作戦』を聞き終えて、優希と綴里は、神妙な表情を作った。


「ええと……それってかなり、……気が長いというか……リスクのある……」

「うむ」

「それに、センパイの言葉通りなら、――誰かが必要があるんじゃ……」

「そうだ」

「それは――」


 「どうなの?」と優希の言葉を遮るように、


「その価値はあるよ」


 天宮綴里が、口を開く。


「私たちみたいな人種にとって、いまのこの世界は、とても受け入れられない。私たちはたぶん、この世界じゃあ、永遠に幸せにはなれない」


 僕たちの前だけで見せる断定口調で、彼ははっきりとそう言う。


「我々はどうしても、アニメや、映画や、漫画、……ゲーム。そういうモノをこの世の中に復活させなければならないんだ」


 そのためにも、僕たちはこの世界を完全に立て直す必要がある。

 すると優希が、何かに魅入られたような目つきで、視線を床に落とした。


「今、――我々には、生きている意味がない。……ならば”ネイムレス”は、この世界の在り方そのものを否定する……?」

「うむ」


 ゆっくりと、首を縦に振る。

 その意味がわからないほど、僕の後輩たちは愚かではない。


――革命。


 この世界の因果そのものに対する、改革。

 もしそれを果たすなら、それは人類史上かつてない挑戦となるだろう。


「……とも、あれ。いま僕たちの前には、とある問題が立ち塞がっている」

「ええ、――例のあの、女子高生JK三人組、ですね」

「うむ」


 ミソラ。

 ユキミ。

 カナデ。

 現時点で判明している名前だ。


「ちなみにセンパイは、彼女たちをどうするつもりですか?」

「正直、わからん」


 腕を組み、天を仰ぐ。

 実を言うと、――彼女たちには、経験値になってもらおうかとも、思った。

 しかしもはや、そういう訳にもいかない。

 ミソラたちにはいま、借りがある。


 天宮綴里と、神園優希。


 この二人を救ってくれた、借りだ。

 戦国武将のような話だが、――仲間がいる以上、大義名分を重んじなければならない。

 そのためにはこの”ゲーム”、苦い結末を迎える訳にはいかなかった。


 彼女たちとは、どうにか協調路線を見いださなければ。


「ただ問題は、――すでに説明したとおり……」

「センパイは、この家を動くことが出来ない。。……そういうことですね」

「ああ。そしてその決定的な弱点を、彼女たちに知られる訳にはいかない」

「たしかに」


 つまり、こうだ。

 我々の目的は、彼女たちとの”ゲーム”に勝つこと。


「しかし、――参ったな。こんなことじゃなければ、あの娘たちともっと仲良くしておくんだった」


 優希が、渋い顔をする。


「全てのできごとに理想を求めるのは、不可能だよ。あの時の我々は、一刻も早くセンパイと合流することが目的だったから」


 綴里が、人数分の紅茶を淹れながら、そう言った。

 ふわりと温かな湯気を眺めつつ、僕は大きく嘆息する。


 とりあえずここに、後輩二人がもたらした情報をまとめておくと、




・ミソラ……変身すると人格が豹変するやべーやつ。

 魔法使い。不可視の攻撃を繰り出す《風系魔法》が強力。

 普段はまともな女の子のように見えるため、その時ならば交渉可能か。


・ユキミ……”守護騎士”の腕を一刀両断したやべーやつ。

 人形のような顔面に、貼り付けたような笑みがすこし不気味らしい。

 優希いわく「典型的な不思議ちゃんタイプ」とのこと。


・カナデ……ココアを射殺したやべーやつ。

 子供のような見た目の拳銃使い。恐ろしく正確な射撃の腕前を持つ。

 三人の”リーダー役”らしく、彼女を攻撃できれば僕の勝ちだ。




 まあ、そんなかんじだ。


「つまり、今後の方針は……あの、カナデって娘に先制攻撃を加えて……」

「降参させてしまうのが、もっとも単純な勝ち筋だな。……そう簡単に殴らせてくれるとも思えないが……」


 では具体的に、どうすべきか。


「都合の良いことに今、こちらはかなり大きなアドバンテージを得ている。なにせ連中の拠点がわかっているんだからな」

「ええ」


 飯田保純。――知らない名前だが、どうも彼女たち、プレイヤーだった彼を殺して、その家を奪い取ったらしい。


「優希はもう一度その、飯田さんとやらの家に向かって、情報収集してくれないか」

「……んで可能なら、そのままカナデを、攻撃する……?」

「いや。それは危険だ」


 慌てて言う。


「敵の能力がわからない以上、下手に手を出す訳にはいかない。もしやるなら、僕の能力を使う」

「……ふむ」


 優希は少し、納得いかない顔つきだったが、


「でも、勝利の条件は”先制攻撃した方”でしょ。俺がやった方が手っ取り早いんじゃないかな」

「それはどうかな。そもそも、敵が約束を守るとは限らないよ?」


 綴里の言うとおりだった。

 二人は、切り札だ。簡単に正体を現すわけにはいかない。


「だいたい、カナデちゃんが語ったルール、細かいところが曖昧すぎる。下手すると、『これはルールの適応外でし!』なんてゴネられて、何もかもなかったことにされてしまうかも。……というか彼女、意図的にそうなるよう、ルールを設定したんじゃないかな」

「そうだ。だから僕たちは、完璧に勝たなければならない」


 さすが、僕の可愛い後輩は、物事の本質を正確に理解する。

 神園優希も、一拍遅れて、納得した。


「……ん。わかった。『いのちだいじに』ッすね」

「そうだ。敵味方問わず、僕たちはそのようにする」


 幸いこちらには、”蟲撃ち”という、極めて都合の良い非殺傷用の銃がある。

 これを使って、カナデの背後から、一撃。

 それでこの”ゲーム”は終了。

 その後、こちらに有利な条件をつけて交渉を行う……と。


 そうして、おおよその方針が固まった。


 神園優希は、三人娘の拠点へ。

 天宮綴里は、いったん、航空公園のグループへ。


 前者は、少女たちの動向の監視役。

 後者は万が一のときの遊撃隊。


「では、――はじめようか」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る