その93 たったひとつの冴えたやり方
本日の朝食。
①ほかほかのご飯を炊く。
②ホットプレートで、薄い卵焼きを作る。
③その間、適当なカップ焼きそばを作成。
④卵焼きの上に、焼きそば+ご飯を載っける。
⑤出来上がったそれをひっくり返し、マヨネーズ、青のり、鰹節、紅しょうがなどを、お好みで。
最近、最小の手数で食事を作ることに凝っている。
こちらの”かんたんオムそばめし”も、その一つだ。
最速の調理。
そして、最速の栄養補給。
フライパンの上、ジュウジュウと音を立てる食材を雑にかき混ぜ、口の中へと放り込む。
――混沌の味。まるでいま、この状況そのもののようだ。
益体もないことを考えながら。
普段の僕なら、とても考えられないであろう量の食事を素早く済ませ、――食後のコーヒーを楽しむ。
「さて、と」
今日は、どうしようかな。
考え込んでいると……ふいに、チャイムの音が鳴った。
▼
ぴーんぽーん。
「…………………」
ぴーんぽーん。
「…………………」
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽーん。
「…………………」
ええい。
うるさいなあ。
こちとら、ようやく人心地ついたところだっていうのに。
そう思うと同時に、脳裏を掠める違和感があった。
家のチャイムが、鳴らされている。
考えてみればこの事態、わりと異常な状況なのではなかろうか。
しかもこの、特徴的なチャイムの押し方。
――どこかで……聞き覚えが……あった……ような……。
遠い、遠い昔の想い出。
平和だった頃の想い出。
そこまで記憶を遡り、はっとする。
「……天宮、綴里か……?」
口に出して初めて、それがどういう意味か理解することができた。
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ。
「はい、はいはいはい! わかった、わかった!」
大慌てでインターフォンへ向かう。
うちのインターフォンは、外の映像が表示される仕様になっていて、訪問者の姿を事前に確認することができる。
モニターを見るとすぐ、僕の予測が正しかったことがわかった。
一人は、非現実的なまでに容姿が整った、紫髪の美男子。
もう一人は、男子高校生じみた短髪に、手足の細長い女の子だ。
ここのところずっと探していた二人組、――天宮綴里と、神園優希である。
「あいつら、自力で辿り着いたのか」
独り言ちると、
『あれ? ……センパイひょっとして、不在か?』
『どうだろ。朝ごはんでも食べてるんじゃない。センパイってほら、マイペースだから』
『そりゃ、世界がゾンビだらけになる前の話だろ』
『でも、あの人……世界がどんだけおかしくなっても、何にも変わらない気がする』
『それはまあ、たしかに』
などという会話が聞こえてくる。
僕は大きく深呼吸して……彼らにとっての”センパイ”キャラを崩さないよう、息を整えてから、……こう言った。
「なんだ、きみら。今日は収録日じゃないぞ」
すると、二人の表情に『希望』の二文字が灯る。
優希と綴里は、仲良しっぽく目を見合わせたあと、
『やあやあ。お疲れさんッす』
背の高い方、――神園優希が、口を開いた。
『ちょうどいま、ドラクエ3のRTAに新チャート案がありまして』
「ほう。……ノーエンカバグを利用したものかね?」
『もちろん、それも使います。けど今回、新しいやり方が見つかったんですよ』
「新しい、やり方?」
『”電源ON/OFFバグ”を利用したものです』
「そのやり方は知っているが、――安定しないな。人前で同じ展開を繰り返せないようでは、RTAとは呼べん」
『それが、安定する方法があったんですよ』
「……………なに?」
『ファミコン本体を、ホットプレートで温めるんです。そうすることで、狙ったバグを意図的に引き起こすことができる』
「馬鹿な。そんな方法が……」
『それで、ですね。……安定した再走のため、どうしてもホットプレートを借りる必要がありまして。失礼ですが、お邪魔してもよろしいですか?』
「ふむ。――いまホットプレートには昼食の残りが載っているが……それでよければ」
『十分ですよ、それで』
人によっては、この状況下で、――狂ったやり取りをする、と思うだろう。
けれど僕たちは、それでよかった。
そういう、ギリギリのラインの諧謔こそが、僕たちの合い言葉なのだ。
「まあ、いいだろう。……いま、僕の友達に扉を開けさせる」
『助かります』
「ちなみにそいつ、わりとゾンビっぽいけど、ゾンビじゃないから攻撃したりしないように」
『は? なんすか、それ』
「きみがいない間、いろいろあったんだよ」
そうして僕は、駆け足でPC前に向かう。
操作するのは、家で待機させている唯一の個体、――ミントだ。
豪姫と同じく損傷箇所が少ない、割と綺麗な顔の女の子である。
手慣れた様子で、彼女を玄関に向かわせて、鉄扉を開く。
するとそこには、不思議そうにこちらを見る、優希と綴里の顔があった。
『あれ? ……ひょっとして……センパイの……彼女さん?』
ずけずけとものを訊ねる優希。
僕はというと、それを完全に無視して、
『こっちへ、こい』
と、キーボード入力。
身振り手振りで二人を家に誘導し、しっかり鉄扉を閉めて。
とたたたた……と、二人が走ってくる音が聞こえた。
僕は、一足先に玄関で待ち構えて、
「やあ。いらっしゃい」
精一杯の愛想で、声をかける。
すると、……突然だった。
現れた二人が、ゾンビよりも素早く、僕の身体にしがみついてきたのは。
「……………むぎゅ」
美男美女特有の良い匂いが、鼻腔をくすぐる。
僕は少し、照れくさくなって、
「なんだ、君ら。……そういうベタベタした感じのやつ、嫌いじゃなかったか」
だが、二人は答えなかった。
綴里と優希は、無言のまま僕を、強く強く抱きしめて。
押しつけられた顔のところが、涙で熱くなっているのがわかる。
そして、……たっぷり、数分間ののち……こう言ったんだ。
「………………………………………ようやく、会えたね」
と。
その言葉は……二人が、どれほど大変な想いを経てきたかを物語るようで。
僕は二人を、そっと抱きしめ返すことができたのだ。
ゲーム・ストリーミング集団、――”ネイムレス”の再結成だった。
▼
天宮綴里と、神園優希。
二人に共有すべき情報は、山ほど在る。
アリスのこと。
ゾンビのこと。
プレイヤーのこと。
いま、この世界全体を巻き込んで行われている……奇妙な”ゲーム”のこと。
だが不思議と、恐怖はなかった。
ゲームは、攻略されるためにある。僕たちのようなゲーマーに。
そして、ゲーマーは時に、――ゲーム開発者の意図すら越えて、新たな可能性を見いだすのだ。
ヒトの可能性は、無限大である。
少なくとも僕は、そうだと信じている。
そして、今。この瞬間。
最後の、ピースが揃った。
「綴里。――優希。二人に、質問がある」
「? なんです?」
「この世界の、救世主にならないか?」
二人はそれぞれ、顔を見合わせて。
そして、……僕が最初に、”ネイムレス”の結成を宣言したときと、同じ表情を作った。
「何かまた、面白いことを考えてるんですか?」
深く、頷く。
「とはいえまだ、山ほど課題が在る、が……」
言い終える前に、
「のります」「トーゼンでしょ」
この頼りになる後輩たちは、両手を挙げて賛成してくれた。
「だって、センパイのやることっていつも、間違いないですもん」
などと、少々過大評価をしてくれて。
僕はちょっぴり照れくさくなって、くいくいとメガネの位置を直す。
「では、――いまから、二人に教えよう」
ゲームのこと。
プレイヤーのこと。
ゾンビのこと。
アリスのこと。
それら、あらゆる問題を解決するための、……たったひとつの、冴えたやり方。
終わる世界の、救い方を。
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