その92 人の骸を遣うもの

 家に帰って。正座して。


 かくかく、しかじか。

 かくかくかく、しかじかじか。

 かくかくかくかく、しかじかしかじか。


 いつものよーに、アキちゃんに事情説明。


「はあはあ。わかった。なるほどねー」


 相変わらず、ご理解が早くて助かるよ。


「つまり、みーちゃんはこう言いたい訳ね。……あたしにその、ホズミさん家に引っ越して欲しい、って」

「うん。……ダメ?」

「ダメな訳ないじゃん。言っとくけど私、あと一日でもお風呂に入れなかったら、手首を切って死のうと思ってたところなんだ」


 ってことで、話が決まるのは早かった。


「この辺りもだんだん、物騒になってきているもの。昨夜、変態コスプレ女が走り回った、なんて噂が聞こえてきてるし」

「ヘー、ソーナンダー」


 思いっきり視線を逸らしつつ。


「そんじゃー今のうちに、ここの食糧、リュックに詰められる分以外は、食べちゃおっか」


 その提案には、両手を挙げて賛成する。


 何でか知らないけど、すっごくお腹空いてたんだよねー。

 たすかる。



 といっても、終末にする料理のレパートリーは少ない。

 精々が、コンビニ飯をちょっぴりアレンジしたものがほとんど。

 だって、しょーがないよね。

 いま、あたしたちが使える調理器具って、キャンプ用のカセットコンロが精々、なんだもの。


 それでも、――あたしたちにとって運が良かったのは、あずきちゃんが居てくれたこと。

 彼女、家で結構、お料理をしていたみたいで……どんな余り物食材を使っても、結構そこそこ、美味しいものを作ってくれたんだよね。


 特に美味しかったのは、たけのこのチャーハン。具材は、タケノコの水煮の缶詰と、よく刻んだタマネギ。味付けは塩胡椒+醤油だけ。

 たったそれだけで、お店で出しても恥ずかしくないような、立派なチャーハンが出来上がったんだ。


「火加減、味付けのバランスだけでこんな……チャーハン道は奥が深い……」


 空きっ腹に、しゃくしゃくとした歯ごたえが楽しいチャーハンを、インスタントの卵スープで流し込むだけで、ちょっぴり泣きそうなくらい幸せな気持ちになったよ。


救世主メシアさまに喜んでもらえて、私もうれしいよ」


 なんて、大袈裟なことまで言われちゃってさ。


 その時、あたしは思ったんだ。

 きっと自分は、これからたくさんの罪を重ねるだろう。

 けれど、その罪を帳消しに出来るくらい、たくさんの人を救えば良い。

 ってね。



 とはいえその後、あたしがお腹いっぱいになるまでには、結構な数のカップ麺を食べる必要があった。


「……結局あんた、うちにあるインスタント、ほとんど食べちゃったわね……」


 呆れてる……というよりは、ちょっと不気味そうな表情の、アキちゃん。

 無理もないよ。

 あたしが食べたカップ麺は、――明らかに、あたしの胃の容量を上回っていたんだもの。


「たぶんこれ、魔法を使えるようになったのと関係があるね」

「……”プレイヤー”は、人より強い代わりに、人よりたくさん食べる必要がある、ってこと?」

「うん」

「戦った後、お腹いっぱい食べなきゃいけないって……なんか、『ワンピース』のルフィみたい」

「ははははは……世界政府が悪役のやつね……」

「ん? なあに、みーちゃん。漫画、詳しいの?」

「いや、別に」


 と、目を泳がせる。

 ふと、


「あ、そうそう! この話をしなくちゃいけないんだった!」


 アキちゃんが、こんなことを言い出した。


「実はね、私、ゲットした情報があるのよ」

「じょーほー?」

「うん。……じつは私……六車むぐるま先輩に会ってね」


 六車涼音すずね。その名前は知ってる。

 ここのコミュニティで暮らしている避難民の一人で、――いつも元気いっぱい、関西弁を話す女性だ。


「その、六車先輩がどうしたの?」

「それが、――会ったんだって。ここの、すぐ近所でさ」

「だれと?」

「高校時代の、友達。狩場かりば豪姫ごうきって名前の子」

「へえ。良かったじゃない」


 この情勢下だ。

 昔の友達と出会えただけで、奇跡と言って良いことだと思う。

 けど、それのどこが”事件”なんだろう。


「それがね。――奇妙なんだよ」

「なにが?」

「だってその、豪姫って子ね……いま、ゾンビになってるはず、だから」

「え?」


 ちょっぴり、身を乗り出す。

 するとアキちゃん、怪談でも話すような口調で、続けた。


「なんでもカリバちゃん、……この騒動が起こった直後、――ゾンビの血を呷ったって噂があってさ」


 ゾンビの血を、……呷った?

 なんで?


「それはまー、あくまで噂だから、……理由はちょっとわかんないけど……とにかく六車先輩、少し奇妙に思ったみたい」


 なるほど。

 先輩、気になる謎は、とことん追いかける癖があるからなぁ。


「で、先輩……いろいろと、まあ……あたしを含めた、仲間のツテを辿って……情報収集したんだよ。……それでわかったの」

「?」

「”人の形を遣うもの”が、この辺りに潜んでるって」

「……なんですって?」


 あたしは驚いて、目を丸くした。

 そのワードには、はっきりと聞き覚えがある。

 あたし、こーいうことの記憶力は、良い方だから。




――四位 ”人の形を遣うもの” 名称未設定 レベル111




 以前、アキちゃんに共有した情報の一つ、”冒険者ランキング”に名前が載っていたプレイヤーの名前だ。


「どうして、そう思うの?」

「理由は、いくつかある。けどまー、一番有力なのは、――豪姫の仲間が、そう言っていたんだってさ」


 うげげ。

 それってもう、確定じゃない。


「ちょっとまって? ってことは六車先輩、その……”人の形を遣うもの”の居場所まで、把握してるってこと?」

「うん。……やつらはいま、すぐそこを行ったとこの、ホームセンターに出入りしてるってさ」

「…………わあ。マジかぁ…………」


 頭を、抱える。


 これってさ。

 ひょっとしなくても、……休んでる場合じゃない、よね?


 そんであたし、すっくと立ちあがった。


「ごめん、アキちゃん」

「――?」

「引っ越し作業は、後回し。あたし、仲間に相談しないと」

「えっ。でもみーちゃん、……今日、大変な想いをしたばかりじゃない」


 首を、横に振る。


 ホズミさんとの戦いで、はっきりとわかったことがある。

 あたしたちはまだ、新参者に過ぎない。


「相手は一年後、レベル111になってるようなやつだ。いまのうちに手を打たないと」



 思えば、――この時点であたし、気づいてた。

 ”スリーシスターズ”と、”人の形を遣うもの”は、敵対することになるって。


 その後は、トントン拍子に話が進んだ。

 偵察。

 状況判断。

 奇襲攻撃。

 そして、――奏ちゃんが考えた、”ルール”が発表された。




『ルールその1!

 人殺しはNG!


 ルールその2!

 最初にチーム・リーダーを攻撃した方が勝ちっ!


 ルールそのしゃん!

 降参した相手に攻撃しちゃダメ!


 ルールその4!

 普通の人を困らせるような作戦も、NG!』




 なんて。


 ”人の形を遣うもの”と、直接対峙するのは、《正体隠匿》スキルを持つあたしの役目になった。

 あたしはその時……六車先輩の友達、――ゴウキさんの顔を見ている。

 彼女のその、空虚な目を見つめながら、あたしはこう思っていた。


――人の骸を、……こんな風に弄ぶ”プレイヤー”がいるなんて。


 それが、どういう人かはわからない。

 けれどそいつは、……きっと……、


――生かしておいては、いけないやつだ。


 と。

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