その92 人の骸を遣うもの
家に帰って。正座して。
かくかく、しかじか。
かくかくかく、しかじかじか。
かくかくかくかく、しかじかしかじか。
いつものよーに、アキちゃんに事情説明。
「はあはあ。わかった。なるほどねー」
相変わらず、ご理解が早くて助かるよ。
「つまり、みーちゃんはこう言いたい訳ね。……あたしにその、ホズミさん家に引っ越して欲しい、って」
「うん。……ダメ?」
「ダメな訳ないじゃん。言っとくけど私、あと一日でもお風呂に入れなかったら、手首を切って死のうと思ってたところなんだ」
ってことで、話が決まるのは早かった。
「この辺りもだんだん、物騒になってきているもの。昨夜、変態コスプレ女が走り回った、なんて噂が聞こえてきてるし」
「ヘー、ソーナンダー」
思いっきり視線を逸らしつつ。
「そんじゃー今のうちに、ここの食糧、リュックに詰められる分以外は、食べちゃおっか」
その提案には、両手を挙げて賛成する。
何でか知らないけど、すっごくお腹空いてたんだよねー。
たすかる。
▼
といっても、終末にする料理のレパートリーは少ない。
精々が、コンビニ飯をちょっぴりアレンジしたものがほとんど。
だって、しょーがないよね。
いま、あたしたちが使える調理器具って、キャンプ用のカセットコンロが精々、なんだもの。
それでも、――あたしたちにとって運が良かったのは、あずきちゃんが居てくれたこと。
彼女、家で結構、お料理をしていたみたいで……どんな余り物食材を使っても、結構そこそこ、美味しいものを作ってくれたんだよね。
特に美味しかったのは、たけのこのチャーハン。具材は、タケノコの水煮の缶詰と、よく刻んだタマネギ。味付けは塩胡椒+醤油だけ。
たったそれだけで、お店で出しても恥ずかしくないような、立派なチャーハンが出来上がったんだ。
「火加減、味付けのバランスだけでこんな……チャーハン道は奥が深い……」
空きっ腹に、しゃくしゃくとした歯ごたえが楽しいチャーハンを、インスタントの卵スープで流し込むだけで、ちょっぴり泣きそうなくらい幸せな気持ちになったよ。
「
なんて、大袈裟なことまで言われちゃってさ。
その時、あたしは思ったんだ。
きっと自分は、これからたくさんの罪を重ねるだろう。
けれど、その罪を帳消しに出来るくらい、たくさんの人を救えば良い。
ってね。
▼
とはいえその後、あたしがお腹いっぱいになるまでには、結構な数のカップ麺を食べる必要があった。
「……結局あんた、うちにあるインスタント、ほとんど食べちゃったわね……」
呆れてる……というよりは、ちょっと不気味そうな表情の、アキちゃん。
無理もないよ。
あたしが食べたカップ麺は、――明らかに、あたしの胃の容量を上回っていたんだもの。
「たぶんこれ、魔法を使えるようになったのと関係があるね」
「……”プレイヤー”は、人より強い代わりに、人よりたくさん食べる必要がある、ってこと?」
「うん」
「戦った後、お腹いっぱい食べなきゃいけないって……なんか、『ワンピース』のルフィみたい」
「ははははは……世界政府が悪役のやつね……」
「ん? なあに、みーちゃん。漫画、詳しいの?」
「いや、別に」
と、目を泳がせる。
ふと、
「あ、そうそう! この話をしなくちゃいけないんだった!」
アキちゃんが、こんなことを言い出した。
「実はね、私、ゲットした情報があるのよ」
「じょーほー?」
「うん。……じつは私……
六車
ここのコミュニティで暮らしている避難民の一人で、――いつも元気いっぱい、関西弁を話す女性だ。
「その、六車先輩がどうしたの?」
「それが、――会ったんだって。ここの、すぐ近所でさ」
「だれと?」
「高校時代の、友達。
「へえ。良かったじゃない」
この情勢下だ。
昔の友達と出会えただけで、奇跡と言って良いことだと思う。
けど、それのどこが”事件”なんだろう。
「それがね。――奇妙なんだよ」
「なにが?」
「だってその、豪姫って子ね……いま、ゾンビになってるはず、だから」
「え?」
ちょっぴり、身を乗り出す。
するとアキちゃん、怪談でも話すような口調で、続けた。
「なんでもカリバちゃん、……この騒動が起こった直後、――ゾンビの血を呷ったって噂があってさ」
ゾンビの血を、……呷った?
なんで?
「それはまー、あくまで噂だから、……理由はちょっとわかんないけど……とにかく六車先輩、少し奇妙に思ったみたい」
なるほど。
先輩、気になる謎は、とことん追いかける癖があるからなぁ。
「で、先輩……いろいろと、まあ……あたしを含めた、仲間のツテを辿って……情報収集したんだよ。……それでわかったの」
「?」
「”人の形を遣うもの”が、この辺りに潜んでるって」
「……なんですって?」
あたしは驚いて、目を丸くした。
そのワードには、はっきりと聞き覚えがある。
あたし、こーいうことの記憶力は、良い方だから。
――四位 ”人の形を遣うもの” 名称未設定 レベル111
以前、アキちゃんに共有した情報の一つ、”冒険者ランキング”に名前が載っていたプレイヤーの名前だ。
「どうして、そう思うの?」
「理由は、いくつかある。けどまー、一番有力なのは、――豪姫の仲間が、そう言っていたんだってさ」
うげげ。
それってもう、確定じゃない。
「ちょっとまって? ってことは六車先輩、その……”人の形を遣うもの”の居場所まで、把握してるってこと?」
「うん。……やつらはいま、すぐそこを行ったとこの、ホームセンターに出入りしてるってさ」
「…………わあ。マジかぁ…………」
頭を、抱える。
これってさ。
ひょっとしなくても、……休んでる場合じゃない、よね?
そんであたし、すっくと立ちあがった。
「ごめん、アキちゃん」
「――?」
「引っ越し作業は、後回し。あたし、仲間に相談しないと」
「えっ。でもみーちゃん、……今日、大変な想いをしたばかりじゃない」
首を、横に振る。
ホズミさんとの戦いで、はっきりとわかったことがある。
あたしたちはまだ、新参者に過ぎない。
「相手は一年後、レベル111になってるようなやつだ。いまのうちに手を打たないと」
▼
思えば、――この時点であたし、気づいてた。
”スリーシスターズ”と、”人の形を遣うもの”は、敵対することになるって。
その後は、トントン拍子に話が進んだ。
偵察。
状況判断。
奇襲攻撃。
そして、――奏ちゃんが考えた、”ルール”が発表された。
『ルールその1!
人殺しはNG!
ルールその2!
最初にチーム・リーダーを攻撃した方が勝ちっ!
ルールそのしゃん!
降参した相手に攻撃しちゃダメ!
ルールその4!
普通の人を困らせるような作戦も、NG!』
なんて。
”人の形を遣うもの”と、直接対峙するのは、《正体隠匿》スキルを持つあたしの役目になった。
あたしはその時……六車先輩の友達、――ゴウキさんの顔を見ている。
彼女のその、空虚な目を見つめながら、あたしはこう思っていた。
――人の骸を、……こんな風に弄ぶ”プレイヤー”がいるなんて。
それが、どういう人かはわからない。
けれどそいつは、……きっと……、
――生かしておいては、いけないやつだ。
と。
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