その91 その顛末
つぎにあたしを覚醒させたのは、――顔を血で濡らした、ゾンビの声だ。
『ぎぁ、ぐあぐあぐあ!』
目の前の生肉(あたし)に手を伸ばす、昏い目をした女性。
あたしは……まるで、映画のワンシーンを観ているみたいな、客観的な気持ちでいた。
不思議と、危険は感じない。
なんとなーくだけれど、今いるここが、安全地帯だという確信があったんだ。
「カナエ」
「カナ”デ”な?」
「では、カナデ。――はっきり言わせていただいても、よろしいですか」
「どーぞ。お好きに」
「あなたは不器用すぎるのです」
「………ふん」
「私は今日、あなたたち人類の愚かさを痛いほど思い知りました。……カナデは、人類において、愚かなのは雄だけだと思っているようですが、――私に言わせれば、あなた方はみな、平等に馬鹿で、救いようがない」
聞こえた声は、ロボ子ちゃんと、……奏ちゃん。
「私は、賢い。とても賢いロボットですので。カナデがやりたかったこと、なんとなく理解することができます。しかしそうだとしても、もう少しやり方があったはず。そうでしょう?」
彼女のお説教に、あの小柄な女の子は、唇を尖らせるばかりだ。
あたしは身をよじって、ゆっくりと半身を起こす。
「ややっ。――ミソラ。起きましたか」
するとロボ子ちゃん、両手を合わせて、あたしの隣に座り込んだ。
周囲を見渡すと、……どうやらここ、公園みたい。
公園の、なんかやたらと複雑な形状をしたアスレチック遊具の上。
ゾンビたちが十数匹くらい、あたしたちの肉を求めて集まってきているけど、彼らったら、ここまで登ってくる程度の知性もないみたい。滑り台になっているところを、永遠につるつる滑ってるようだった。
一拍遅れて、身体を見る。……変身は、解けていた。
どうやらあたし、意識を失うと元の姿に戻っちゃうみたいね。
「ほら。カナデ。早く謝ってください」
「謝る? あちしが?」
「決まってるでしょ。最初に喧嘩ふっかけたのは、あなたです」
「厭でし」
「なんでです」
「あちしは、――また、同じような状況になったら、きっと同じことをするでし。もしここで謝ったら、それができなくなるでし」
「…………まったく。人間とは、どこまで下等な生物なのでしょう」
「おまえだって、人間でし」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでも」
なんて、コントっぽい会話を続ける二人を見守って。
結局、埒があかないと判断したロボ子ちゃんが、あたしの顔を覗き込んだ。
「では、仕方ありませんね。私から、事情を説明させていただきましょう」
「……事情?」
奏ちゃんと同じく、不満げな表情を作る。
先ほどまでの、炎が燃え上がるような怒りは、もうない。
けれどそれは、一時的に鎮火しているだけなのだ。
――奏ちゃんは、悪い子。
そんな、強い想いがあった。
まぁ、あたしだって決して、善人って訳じゃないけれどさ。少なくとも、全人類の半分を抹殺してやろうって考えはないもの。
「まず、……彼女はその……ときどき、偽悪的なことを言う癖がある、ということで……」
「ぎあくてき?」
「よーするに彼女は、彼女が自称するほど、悪人ではないということです」
あたし、顔色を曇らせて、ロボ子ちゃんと目を合わせる。
「とはいえこれは、カナデのみに見られる心理的傾向ではありません。誰しも少なからず、そういう側面を持ちます」
「………………」
「私の口からフォローしたいのは、――カナデは最初から、ホズミさんを殺すつもりはなかった、と言うことです」
「なんで、ロボ子ちゃんにそんなことがわかるの?」
「……これは、たまたま知っていた事実なのですが、”射手”というジョブには、通常の弾丸を、非致死性のゴム弾に変換するスキルがあるのです」
「非、致死性の………?」
「ええ。その証拠にあなたの足、弾痕がないでしょう?」
言われるがまま、自分の膝小僧を見る。
たしかに、ちょっぴり赤くなってるところはあるけど……血は、出ていなかった。
「カナデがホズミを殺すとき、弾倉を入れ替えていたことを思いだして下さい。あの瞬間まで銃に装填されていたのは、ゴム弾だったのです」
………………それは。
たしかにあの時、ちょっとおかしいと思ったけど。
「それに、――落ち着いて、これまでのことを思いだして。カナデはずっと、あなたの意見を尊重するように行動していた。……違いますか?」
視線を、逸らす。
たしかに奏ちゃんは、……自分勝手な暴走は……していない。
ただ、「そうするつもりだった」と言っただけ。
「いいですか、ミソラ。……あなたたち人類はときどき、思ってもいないことを言う生き物です。……だからそういう時は、”彼女が何を言ったか”ではなく、”彼女が何をしたか”を思い出すことです」
そしてロボ子ちゃん、ダメ押しとばかりに、こう言ったんだ。
「もし奏が本気なら、
それは……そう、かも。
「で、あるからして。奏の言ったことは、嘘でした」
「でも、――」
あたしが問いかける前に、ロボ子ちゃんは話を続ける。
「ではなぜ、そんな嘘を吐いたのか? ……決まっています。――あなたたち人類はときに、優しい言葉を投げかけられるよりも、憎悪の力を借りた方が、行動力が漲ることがあるでしょう? そういうことです」
顔を、しかめる。
そしてこの、小学生みたいな見た目の女の子を見て。
――だとすると、……だとすると、だよ?
いくらなんでも、不器用すぎない?
ロボ子ちゃんの台詞と、全く同じ感想が頭に浮かぶ。
すると奏ちゃん、ずいぶんと決まり悪そうに、
「……………なんもかんも、言語化すんなよ……………」
と、眉をしかめるのだった。
「アホですか、あなた」
対するロボ子ちゃんは、
「感情の言語化こそが、真理へ辿り着く唯一の道だというのに、――あなたたち人類はなぜこういう時、『言わなくてもわかるだろう』というスタンスを取るのです」
と、手厳しい意見。
「……それに、ここで何も言わずに別れてしまうと、きっとミソラは、二度と私たちと一緒に居てくれない」
「そうなったら、それまでの関係だった、というだけでし」
「ばか。あなただって気づいているのでしょう。今後、私たちが戦っていく上で、ミソラは……絶対に必要な人材だと」
「……………………」
奏ちゃんは、渋い表情で、眼下のゾンビを見下ろした。
そして、「こいつら、さっさと始末した方がいいね」なんて独り言をいって、懐から拳銃を取り出す。
ぱん、ぱん、と、銃声。
『おぉぉ……』という、気の抜けたゾンビの断末魔。
その後しばらく、沈みゆく夕陽を眺めるだけの時間が過ぎていく。
あたしにはその沈黙が、ひどく気まずく感じられた。
――やっぱりこの娘たちとは、波長が合わない。
とか。
――あたしは、一人で戦うのがあってる。
とか。
――はやく、アキちゃんの待っている家に帰って、眠りたい。
とか。
色んな考えが、浮かんでは、消えた。
けれど結局、あたしはこう言ったんだ。
「あたしの力……そんなに、必要?」
「うん」
即答したのは意外にも、奏ちゃんだった。
「おまえしゃん、昨夜思ったより、よっぽど使える手駒でし」
手駒て。
――これも彼女の、”ぎあくてき”な言葉、ってことかな。
あたし、ちょっぴり苦笑して、
「どーいうとこが?」
「敵に対して、ぜんぜん容赦しないところ。……ふつう、人間を殺すとき、もうちょっと躊躇するもんでし」
「…………ははは…………たしかに」
そこで奏ちゃん、とてとてとあたしに歩み寄って……ヤンキーみたいな座り方で、あたしに目線を合わせた。
その時に気づいたんだけど、――彼女の足首、包帯でがちがちに固定されていたの。
ひょっとしなくても、これ……あたしの、《地系魔法Ⅱ》を受けたせいだよね。
――あたし、簡単に人を殺す力を持ってる。
じわりとまた、憂鬱の波が押し寄せる。
けれど彼女、そんなあたしを見透かしたみたいに、
「人生は、最後の武器でし。無駄弾を撃っちゃだめ。……たとえ、どんだけ罪を背負っても、……人生に絶望しても。それだけは、だめ」
なんて。
その言葉が、……あたしの悩みの、全てを癒やしてくれたわけじゃあない。
けど少なくとも、もう一度だけ立ちあがる勇気をもらうことが、できたんだ。
▼
「ひとつだけ、――みんなに発表しても、いい?」
「なに」
「あたしたちの、チーム名なんだけど」
「……ああ。おまえしゃんが決めるって言ってた、あれ?」
「うん」
「もう、決まったの?」
「うん。……”スリーシスターズ”ってのは、どうかな」
「すりー、しすたー。三姉妹ってこと?」
「そうそう! あたしたちこれから、義理の姉妹になるの。喧嘩したり、ぶつかったりすることはあるけど……唯一無二の存在ってことでさ。お互い仲良く、助け合おうよ」
「なんじゃそりゃ。きもい」
「えーっ。いいじゃんいいじゃん。こうなったらもう、一蓮托生なんだからさ」
「……あちししょーじき、あんまりベタベタする感じなのは……」
「いいじゃないですか、カナデ。私、賛成します」
「まじかよ。……ロボ子はこーいうの、いいんだ」
「しょーじき、わりと好きな部類のやつです」
「へえ。意外」
「われら三人、生まれし日は違えども、姉妹の契りを結びしからには、心同じくして助け合いましょう」
「何じゃそれ。そのフレーズ、どっかで聞いたことあるぞ」
「”桃園の誓い”です」
「三國志ネタか。……厭だなぁ。あいつらってたしか全員、志半ばで死ぬでしょ」
「そこはそれ。我々はそうならないよう、努力しましょう」
「…………スリーシスターズ」
「スリーシスターズ」
「うん。良い響きね♪」
「やれやれ」
「それじゃ、飯田さん家で落ち着いたら、みんなで結成記念パーティしようよ! おいしいもの、たくさん食べよ!」
「それは、……まあ。悪くない案でし」
「決まりー♪」
それが、――あたしたちの、最初のチーム活動。
その顛末だ。
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