その7 操作法

 混乱する弟に対する説明は、ざっくりと簡単に済ませておいた。


・お前はアホすぎてゾンビに噛まれたと思っていたようだが、実はショックで気絶しただけだった。

・少し怪我をしたようだが、運良く病原菌が身体に入らなかったらしい。

・苦しい思いをした記憶はたぶん全部妄想。

・とりあえずこの、大量に余ってるドロップ(ハッカ味)でも食って飢えを凌いでいなさい。

・あとPC借りるんでよろしく。

・一生返さないつもりなので、それもよろしく。


 それだけの情報をなんとか呑み込ませた僕は、さっさと自室へ引きこもる。

 完全防音に作られた部屋に戻ると、自然、心が落ち着いてきた。


 まず、いろいろとやるべきことを整理しなくてはなるまい。

 とりあえず検証すべきは、アリスに与えられた、この能力である。


 本人があれほど太鼓判を押していた訳だから、たぶん僕専用にチューニングされた能力のはずだが……。


 まず、根本的な問題が、一つ。

 電力だ。


 弟のノートPCは長持ちする方だが、それでも十時間ほど使えばそれきりだろう。

 制限時間が来るまでに、何とかしなくては。


 第一目的は、ノートPCに使える追加のバッテリー。

 できることなら、パソコン本体もあれば良い。今後のことを考えれば、在庫も部品も、いくらあっても足りないくらいだ。


――よし。


 だいたいの方針を心を決めて、僕は再びPCを起動する。

 スリープ中だった間も《死人操作》は起動中だったらしく、画面はそのままだった。


「ええと……」


 まず、基本操作を再確認。

 やはりこのシステム、一般的なFPSの操作法を下敷きに作られているようだ。


 WASDで前後左右に移動。

 マウスで視線の操作。

 マウス左クリックで左手を使う。

 右クリックで右手を使う。


 その後、


 Cキーでしゃがみ。

 Zキーで伏せる(死体の振りをする?)。

 スペースキーでジャンプ。

 左シフトを押しながら移動で走る。

 

 ……と、ここまで理解する。


「走ると言っても、この”ゾンビ”の場合はよろよろ歩きになるだけだな……」


 ”ゾンビ”には個体差がある、か。

 情報通りだ。

 

 僕はまず、公園内にある公衆便所に移動し、


――もし自分なら、汚くて絶対近寄りたくない。


 などと思いながら、その身体を鏡に映す。


 そこに映っていたのは、四十代前後の女の姿だった。

 蒼白い顔つきのその女の両耳はグロテスクに負傷していて、今もどろどろの血が流れ出ている。

 それ以外の負傷箇所としては、左足が変な方向にひん曲がっていることだろうか。


「死因は、交通事故か何かか」


 自己満足以上の意味はないとわかっていたが、両手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱える。別に信心深い訳じゃないが、神の如き力を持つ童女が実在するのであれば、仏がいたっておかしくない。……どういうヤツかは、会ってみないとわからんが。


 さて。

 こうなってくると、なるべく五体満足の”ゾンビ”を探すことも重要かもしれない。

 強い個体を操作することができれば、この周辺の探索もしやすくなるはずだ。

 そう思いながら女”ゾンビ”を操作し、便所の外へ向かわせる、と……。


 突然だった。


 背後から現れた別の”ゾンビ”による襲撃が起こったのは。

 そいつは全身が黒焦げになっている男”ゾンビ”で、目玉が飛び出た昏い眼窩が特徴的な、丸太ん棒のような腕を持つヤツだった。


「……わ!」


 ホラーゲームの唐突なビックリシーンのようなもので、さすがの僕もちょっとだけ腰を浮かす。

 次の瞬間、僕が操る女”ゾンビ”は、為す術なく頭蓋をかみ砕かれ、即死した。


「――は……はあ、はあッ!」


 心臓をばくばく言わせながら、再びGoogleマップと蠢く赤い光点だらけになった画面を凝視する。

 ゲームオーバー。そういう文字が頭に浮かんだ。

 とはいえ、ゲームが終わった様子はない。どうやら何度でもリトライ可能らしい。


 とりあえず、今のプレイでわかったことは、一つ。


「僕の操作する”ゾンビ”は、他の”ゾンビ”たちの敵になるのか」


 どうやら、”ゾンビ”同士は仲間だから襲われない、みたいな甘い話ではないらしい。

 これは……どうも、厄介そうだな。

 僕がこれから、やらねばならないことをまとめる。



①近所にあるコンビニに向かう。

②モバイルバッテリーと、数食分でいいから食糧を確保する。

③我が家にまでそれを持ってこさせる。



 障害は多数あり。時間制限あり。

 それを考えると、――ちょっとしたマゾゲーだった。


 しかし同時に、ゲーマーとしての血が騒ぎ始めていることに気付く。


「……なかなか……面白いじゃないか」


 アリスのにやつく顔が浮かんでくるようだ。

 だが、構わない。

 彼女が僕のためにここまでしてくれたこと、それそのものに対する感謝は必要だ。


 僕はさっそく、この”終末”に産み出された唯一の新作ゲームの攻略に取りかかる。



 その後の検証作業でわかったこと。



・《死人操作Ⅰ》で操れる”ゾンビ”は、家を中心にした5キロ圏内に限られる。

・”ゾンビ”は、ある程度自分で考えて行動してくれるらしく、Eキーで道具を手に持たせればちゃんと使ってくれるし、それを仕舞うポケットなどがあればちゃんとそこに入れて保持してくれる。

・複雑な操作が必要なものの使用はFキー。

・Gキーで手に持ったものを投擲可能。

・ESCキーで操作中の”ゾンビ”を一時的に放置して、別の個体に操作を切り替えることができる……というのはアリスから説明を受けた通りだが、一度でも制御下に置いた”ゾンビ”は他の”ゾンビ”にとって敵と見なされるらしく、放っておくと殺されてしまう。



 と、ここまでこの”ゲーム”の理解を進めた辺りで、ちょっとだけ自分の身体に異変が起こりつつあることに気付く。

 腹が、……減ってきているのだ。それも、めちゃくちゃに。

 僕は生まれつき小食なタチで、一日二日くらいはジュースとコーヒーで乗り切れるはずなのだが、――この飢餓感は尋常ではない。


 どうやらアリスに与えられたこの能力、使えば使うほどとてつもなくエネルギーを消費するらしい。

 基本操作を手に馴染ませるのに掛かったのは、一時間ほど。


「これは……バッテリーもそうだが、食糧の回収も急がないとな」


 となると、……そろそろ……。

 他の”ゾンビ”との戦闘も、考えなければならない。

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