その8 初戦闘
まず、僕が考えたのは、コンビニ周辺の”ゾンビ”をみんな制御下に置いてしまう作戦だった。
しかしこれはすぐ、不可能だとわかる。
制御下の”ゾンビ”を死なせてしまうほど、僕の飢餓感はより強烈なものになっていくためだ。
コンビニ周りでうろついている”ゾンビ”は全部で6、7匹ほど。
試しに1匹、適当に選んで操作してみたが、残りの”ゾンビ”に囲まれてあっという間に食われてしまった。
すると、「ぐるるるるる……」と、犬が威嚇するような音が、腹から。
「これは……」
客観的に言ってそれは、気合いとか根性とか、そういう精神的な何かで我慢できるレベルの飢餓感ではなかった。
”ゾンビ”発生直後に買い込んでおいたペットボトル入りの水を呑むが、まるで腹の中にものを入れた感じがしない。
――このまま水ばかり飲んでいては、水中毒になってしまう可能性まであるな。
何にせよ、早めに気づけて良かった。
となると、次にやるべきことは二つ。
一つ。可能な限り強力で、五体満足の”ゾンビ”を厳選する。
二つ。その”ゾンビ”を操作し、コンビニを制圧する。
これだ。
そうと決まると、僕はまず適当に、この辺りで最も孤立している”ゾンビ”を選択した。
赤い点が拡大し、――視点は、その”ゾンビ”のものへ。
位置は、近所にある駐車場のド真ん中。特に何かするわけでもなく、ただ佇んでいるだけの個体である。
『う゛ぉおおおおおおおおお……』
声から察するに、どうやらまた女”ゾンビ”を引いたらしい。
視点の高さから察するに、背もさほど大きくない。
とはいえ視界は良好で、歩く速度も遅くはなかった。
斥候としてはおあつらえ向きの個体だ。
「よし……」
呟いて、Cキーを押下。彼女を屈ませる格好にして、通りを目指す。
父の書斎から引っ張り出してきた地図と照らし合わせながら、できる限り健康そうな”ゾンビ”を探すためだ。
”ゾンビ”たちはどうやら、生前の行動をなんとなく繰り返す習性があるらしい。
いまはちょうど通勤の時間帯であるためか、よたよた道路を歩いている個体は少なくなかった。
――死後ですら会社に向かう人々、か……。
なんだかその姿に、社会風刺的な何かを感じつつ、連中の視線を躱していく。
そして素早く、適当な家の敷地内に逃げ込むことに成功した。
ちょうどクチナシの木で生け垣を作っている庭があって、身を隠すのにちょうど良かったためである。
僕は、屈んだままの体勢で女”ゾンビ”を生け垣の奥へと身を潜ませた。
人間なら、枝に触って生傷だらけになっていたことだろうが、彼女は文句一つ言わずに操作に従う。
「ごめんな」
なんとなく謝りつつ、通りを歩く”ゾンビ”を眺めている……と。
なんたる僥倖だろうか。僕の想定にピッタリの人(?)材がいた。
他よりも一回りガタイの大きい身体に、ほとんど五体満足に近い男”ゾンビ”。
しかも彼、なんと警棒と拳銃で武装している。――元警官なのだ。
「よーし! いいぞ……。ガチャでいうなら、SRを引いたってとこだな」
これには僕も、ちょっぴりガッツポーズ。
素早くESCキーを入力して女”ゾンビ”を待機状態に、地図上で推測される警官”ゾンビ”の赤点をクリックし、その操作に移る。
『こぉぉぉぉぉぉぉ………』
WASDとマウス操作で”ゾンビ”の動きを確認。
そいつの操作感たるや、期待以上だった。
多分だけどこいつ、今ここにある僕の肉体よりも機敏に動くに違いない。
辺りを見回すと、こちらに気付いた”ゾンビ”が二匹ほど、こちらに向かって接近してきていた。襲撃するつもりらしい。
「万一、この戦いに負けたら?」という考えが頭によぎったが、……そうなったらそうなったで仕方ない。
僕は冷静に、先ほどの女”ゾンビ”がいた駐車場まで敵の誘導にかかる。
――二匹くらい倒せるようじゃないと、コンビニの制圧はできっこない……!
先ほどの練習で得た感覚を指先に思い出させながら、操作している”ゾンビ”に警棒を握らせる。警官”ゾンビ”は案外、賢いヤツらしく、特に僕が操作しなくとも、警棒をカシャリと伸ばして見せた。
「よし、こい!」
独り言にも熱が入る。
こんなにゲームで熱くなったのは久しぶり、かもしれない。
僕は二匹の敵”ゾンビ”十分な間合いをとって、その脳天目掛けて、警棒を振り下ろしていった。
がつん、がつんと打撃音がして、二匹の”ゾンビ”たちは、脳漿をまき散らしながらアスファルトに沈む。
それと同時である。
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
というアリスの声が、頭の中に鳴り響いたのは。
さっきまでが「レベル2」なら、今度は「レベル3」といったところか。
恐らくだがこれも普通のゲームと同じく、だんだんレベル上げに必要な経験値が増えていく、という仕様なのだろう。
――では、取得するスキルを選んで下さい。
――1、《死人操作Ⅱ》
――2、《拠点作成Ⅰ》
――3、《格闘技術(初級)》
――4、《飢餓耐性(弱)》
――5、《自然治癒(弱)》
ふむ。《拠点作成Ⅰ》。
ここに来て、新たな能力か……。
どうしたものかな。
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