その4 蘇生

 僕の望み……それは、


「弟を、――亮平を、蘇生してやれないだろうか」

『弟?』


 アリスのやつ、数多くある選択肢の中でもそれだけは全く思いつかなかった、とばかりに目を丸くして、


『……ああ。いま、おぬしが殺した、?』


 内心僕は「殺したのはお前だろ」と思っている。


「ああ、……そうだ。このままにしておくのは、あまりにも可哀想じゃないか」

『意外じゃの。おぬし、弟とは不仲なんじゃないのか?』

「まあ、仲良しこよしというわけではない」

『じゃ、なんで?』

「そんなの、お兄ちゃんだから、でいいだろ」


 僕は呆れた。

 理由がなければ、実弟の蘇生を願ってはいけないのだろうか。

 やはりこの娘、我々の倫理観とは少し違った生き物らしい。


 アリスはちょっとだけ考え込んで、


『……ふむ。ちなみにそいつ、何歳?』

「18、だったかな」

『じゃ、セーフか。……《魂修復機ソウル・レプリケーター》を使えば……』

「なに? そうる……?」

『あっ、ダメ! 今のネタバレ! 忘れろビーム!』


 僕は一瞬、「忘れろビーム」なる妖術に備えて身構える。

 しかし今のは、彼女なりのジョークらしい。


「蘇生には、年齢制限があるのか?」

『そんな感じ。……ま、ええじゃろ。出血大サービスで蘇生しちゃる』

「助かるよ」


 ホッと胸をなで下ろし、


「ちなみにその場合、この”ゾンビ”の死体はどうする?」


 良くわからんが、彼女が「アブラカタブラ」的な呪文を唱えれば、時間がまき戻って何もかも元通りになると思っていた。


『もう要らん。生き返った本人がそれ見た時に変な感じになるから、そのへんに捨てとけ』

「了解」


 地味に憂鬱な作業だな、それ。


「それで具体的に、亮平はいつ生き返る?」

『明日。おぬしに力を授けるついでに届けちゃる』

「ん」

『なんだ?』

「――いいのかい? 僕はさっき、『力は要らない』と言ったつもりだが」

『ああ、それはええよ。出血大サービスって言ったろ。今回のみ特別に、代価なしで蘇らせることとする。どーせ、しょーもない普通人の命一つ、些細なモンよ』

「…………」


 さすがに、はっきりと不快な表情を作りかける。

 確かに弟は阿呆だが、第三者に「しょーもない」と断じられるほど、その命は軽くない。


「まあ、いいだろう。それで君、明日のいつ来る?」

『同じ時間に』

「わかった」


 僕は嘆息して、


「それでは、また……」


 そう、別れの言葉を言いかけた時にはアリスの奴、跡形もなく消失していた。

 そりゃもう、ぱっと。

 どうやら、これ以上話すことはない、と。そういうことらしい。


「………………はあぁあああああああああ…………」


 足元からへなへなと力が抜けて、その場に座り込む。


――あなたは”ある理由”により、生き残らなければなりません。


 か。

 笑えない。

 ”生きる理由”など、誰かに授けてもらうものではなかろうに。


「それにしても、――やれやれ、だ」


 ベッドの上で寝転がっている屍肉を見る。

 さて。どうしたものか、この始末。



 結局弟の死体は、夜中にこっそりと庭に出て、さっさと埋めてしまうことにした。

 実際、我が家の構造を考えると、それが最もリスクの少ない解決法だったのだ。


 僕はいわゆる「小金持ちの子」である。そのため、一般的な中流家庭よりも少し大きめの一軒家に住んでいた。庭は少し高めの塀で囲われていて、そこには立派な花壇が設けられている。人一人埋めるには十分な花壇だ。

 母が育てたラベンダーを散らしてしまうのは残念だが、この場合は仕方ない。

 このまま放っておいて、何か新たな病気の温床になられても困るし。


 ”ゾンビ”たちのうなり声を聞きながら、息を潜めてスコップを振るう。

 作業は一時間ほどで終わった。

 少々浅い場所に埋める羽目になった気がするが、この際仕方あるまい。

 死体を片付けると少しだけ気持ちに余裕が出てきて、今日起こった事態を客観的に捉えることができるようになっている。


――ひょっとすると僕は、世界の真理にもっとも近い場所にいたのかもしれない。


 ”魔女”アリス。

 人の生死を弄ぶ者。


 そういう存在のことを人類は、古来よりこう呼んできたはずだ。


――神。


 この世界はどうも、奴(あるいは、奴ら)の遊び場らしい。

 なかなか興味深い。


 ひとっ風呂浴びたい気分だった。



 次の日の朝。

 空が曇っている関係で太陽光発電が役立たないことに気付いた僕は、白湯すら作れずに食卓に座っている……と、


 どさっ、


 という音を聴く。

 どうやら玄関の方だ。


「――?」


 首を傾げてそちらに向かうと、――そこには、Amazonのロゴが入った大きい箱が。

 封を解くと中には、梱包材にまみれた素っ裸の弟が入っていた。


 顔をしかめたのは、その臭いである。

 磯臭い、……と、いうべきか。

 まあぶっちゃけると、精液みたいな臭いがする。

 そういえば、人造人間ホムンクルスはヒトの精液を材料に使うのだったか、などと思いながら口元に耳を当てると……どうやらちゃんと息をしているらしい。


「良かった」


 その時僕は、意外なほど自分の心が軽くなっていることに気付いた。

 こいつとはあまりウマが合わなかったが、――やはり、無事でいてくれる方が安心できるらしい。


『じゃろ?』


 すると、ほとんどわざと驚かせようとして、アリスが背後から声をかけてきた。

 僕は断じて動じた素振りを見せず、振り返る。


「それで? そっちの用意は整ったのかい」

『そらもう、カンペキよ。ぴきーんと閃いた。お風呂でちゃぷちゃぷしてたら』

「……そうかね」


 アリスのやつ、ふんふん! と鼻息が荒い。

 どうやら彼女なりに、今日が来るを楽しみにしていたようだ。


 僕は応えた。


「それでまず、……どうすればいい?」

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