第13話

「おおー……」


 まずやってきたのはサバやアジ等の光り物の寿司が8巻。


「いつも見る光り物よりも強く光っているように見えるな」


「脂がしっかりとのっているってことだよね」


「ああ」


 もしかすると個室に付いている光の反射のせいかもしれないが、そんな野暮なことは考えないようにしよう。


「とりあえず写真を撮るか」


 俺はポケットからスマホを取り出し、ありとあらゆる角度から寿司を撮影する。


 別にキャラに寿司を食べさせるタイミングなんて無いし、こんな高級料理店に行かせる予定も無いが、こんなもの撮影するに決まっている。


 カメラロールがどんどん高級な寿司で埋まっていく。素晴らしい……


「剛くん?食べないと次が来るよ?」


「ああ、そうだな。申し訳ない」


 ついつい時を忘れていた。カメラから視線を戻すと、皆食べずに待ってくれていた。


「じゃあ食べようか。いただきます」


「「「いただきます」」」


 俺は写真撮影用のスマホを机に置き、寿司に手を付ける。


「これは……!」


 口に入れた瞬間にシャリとネタが溶けるように広がった。


 しかし完全に食感を放棄したわけではなく、丁度良い噛み応えも維持している。


 表面だけが溶けて内側が残ったのだろうか。俺にはよく分からない。


 ただ最高に美味いことだけが分かる。


「こんなの初めて食べました……」


「一流の味は凄いね。お金持ちは日々こんなものを食べているんだ」


「うん、素晴らしいね」


 寿司に感動したのは俺だけではなく、全員がそれぞれ舌鼓を打っていた。


「取材なんてどうでも良いな。食べる邪魔にしかならん」


 一応余裕が出来たら恋人っぽいイベントでもやってみようかとか考えていたが、そんな変なことをして味に集中できなくなるのが勿体なさすぎる。


 俺はそう考えスマホをポケットの中に放り込んだ。


 それから俺たちは出てくる寿司一つ一つに衝撃を受けて自分の世界に入ってしまうせいで会話が碌に成立していなかったが、確実に素晴らしい時間だったと断言できる。



 会計を済ませ、店から出た俺たちは帰りの駅へ向かう道中、感想を言い合っていた。


「しばらく普通の寿司屋には行けませんね……」


「うん、下手したら刺身すら食べられないかも」


「機会があればまた100回位行きたいものだな」


「じゃあお互いもっと人気にならないとね」


「ああ、そう……」


 確かに今の稼ぎでは100回なんて行けるはずがな——


 いや、行けるな。


 確か前通帳の金を確認した時の残高は500万くらいあった気がする。


 4人でも余裕で100回、1人なら500回は軽く行けるじゃないか。


「剛くん、やめようか?」


「なんのことだ?」


「絶対通帳の金全部使えば行けるとか考えてたでしょ。駄目だからね?」


 幸村、どうして考えていることが分かった。


「別にそんな事考えてないぞ。大学進学とか漫画用の道具で定期的に費用がかかるからな」


「それなら良いけど」


「ああ……」


 幸村の監視が強くなったからバレないように一人で行くのも無理そうだな。やってしまったな……


「流石に頻繁に行くのは問題ですけど、半年に1回とか3か月に1回とかなら良いんじゃないですか?その位なら皆働いているので金銭的にも問題ないと思いますし」


「そうだな!そうしよう!」


 俺はそう言いながら幸村の方を見る。


「……まあ、それなら良いんじゃない」


 ナイス雨宮!流石だ!


 俺は心の中で雨宮に感謝の舞を踊った。


 本当に雨宮をアシスタントにして良かった。



 その後駅に着いた俺たちは同じ電車にのってそれぞれの自宅へ帰った。




 それから数日後、朝学校に登校すると、


「あれって椎名さんだよね?」


 と幸村に聞かれた。


「ああ、誰がどう見ても椎名美琴じゃないか」


 何を言っているんだこいつ。まさか視力が一気に落ちたか?それだと困るんだが。


「でもさ、なんか様子が変じゃない?いつもは優しいイケメンって感じなんだけど、今の椎名さんは佇まいとか着崩し方とかが不良っぽいし」


 今日の美琴はいつもと変わらずイケメンだが、制服を着崩していたり、椅子にがに股で座っていたりと様子が異なる。


「多分次演じるキャラが不良系イケメンなんだろ。そろそろ次の劇の練習が始まるタイミングだしな」


「もうそんな時期になったんだね。そしてイケメンってのは固定なんだ」


「当然だろ。何をやっても美琴はイケメンだ。ほら、窓から外を見ている今の横顔とか最高にカッコいいだろ」


「相変わらず美琴の事好きだね。まあそんな事はどうでも良くて、あのままじゃ皆が委縮しちゃうよ?」


 どうでも良くないだろ!と言い返したかったが、確かに今の美琴を放置するのは少々問題だ。


 突然見た目の雰囲気が変わるのは美琴あるあるだから受け入れてくれるが、あくまで王子や優等生という好ましいものだったからだ。


 流石に不良へと変貌を遂げたら近寄り難い。


 実際いつもなら美琴に話しかけている女子たちも少し離れた所で美琴をチラチラと見ながら話している。怖いのだろう。


「そうだな、少し話を聞いてみるか」


 次に出すキャラの取材にもなるしな。


「美琴、おはよう」


「うん、おはよう剛君。今日も良い天気だね」


 ん?


「そ、そうだな」


「どうかしたのかい?俺の顔を見て。俺に何か変な物でもついてるのかい?」


 ?????


「いや、そういうわけではない。いつも通りイケメンだなと思ってな」


「そうかいそうかい。嬉しいよ。そうだ、放課後に喫茶店とかどうだい?」


 ?????????


 俺は今、美琴にいつもと変わらない優しい言葉をかけられながら胸倉をつかまれ、窓に押し付けられた上で顎クイをされている。


 これは一体どういう状況なんだ。


「美琴、今日は練習だろ。それに俺も仕事があるから無理だぞ」


「あら残念」


 そう言って美琴は俺を掴む手を放し、開放した。


「で本題なんだが、今度劇団に向かうかもって師匠に伝えといてくれ」


「直接言ったらどうだい?」


「あの人にメールしても電話しても繋がるわけがないだろ」


「それもそうだね。伝えとくよ」


「ああ、頼む」


 俺はそう言い残して自分の席に戻った。


「どうだった?」


「何も分からん。何故振る舞いとか見た目は完全に不良系キャラなのに口調だけは従来のイケメンなんだ」


「そういうのが新しいキャラなんじゃないの?」


「んなわけがあるか。キャラが渋滞しすぎているだろ。根幹となるキャラ属性は1つに絞るのが普通だ。あんなのを師匠が作るわけが無いだろ」


 そもそも王子と不良はファン層が違いすぎるだろ。確実にどっちからも好まれないぞ。


 美形はどんなにキャラがブレても素晴らしいとは思うが、相反する属性を不用意に混ぜたら流石に駄目だ。


「でも滅茶苦茶女子たちが集まってるけど」


「美琴さん、イメチェンしたの?凄く似合ってるよ!」


「いつもは優しく包み込んでくれる感じだけど、今のワルっぽい感じも良いと思う!」


「は?」


 何故だ。あれは流石に無いだろ。


 確かに見た目はワルだが実は優しいというギャップ萌えを狙った作品が最近流行っているのは事実。しかし、アレはしっかりとした不良、ヤクザの口調を伴っているから成立するものだ。


 誰が王子口調の不良を見たいんだよ。どこが良いんだよ。


「僕もあのキャラは良いと思うよ。カッコいいじゃん」


 お前もそっち側の人間か。やはり頼りになるのはアイツしかいないか。


 俺は最後の砦に対してメールを送信した。

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