第12話

「幸村先輩!これどうですか?」


「い、いいと思うよ」


「ちゃんと見てますか?ほら、もっと近づいてくださいよ」


「雨宮さん!!!」


 予想通り雨宮の水着に幸村がドギマギしているようだった。扉が上手く壁になっていて雨宮の姿が見えないが、例のゾーンにあった際どい奴でも着てるのだろう。


「二人も元へ行くか」


 この位置では幸村の表情がちゃんと見れないし、立ち位置的に不審者に見られかねんからな。


「幸村、何騒いでるんだ」


「だって、だって雨宮さんが……」


「別に健全な水着を着ているだけなんですけど。先生も見ます?」


「俺に見せても良いのか?」


 あんな際どい服をただ応援している漫画家だからという理由で見るのはどうなのだろうか。


「良いですよ。先生が疑っているような変な物じゃないですよ」


「それならありがたく」


 俺は雨宮の姿が見える位置に移動し、水着を見てみる。


「は?」


「ほら言いましたよね?健全な水着だって」


 雨宮が着ていたのは、美琴に選んだ水着よりも更に露出度が低く、海以外の場所で着用していても違和感を持たないレベルの水着だった。


「ああ、一瞬水着かどうかを疑ってしまう位には健全な水着だ」


「ですよね。水着をちゃんと幸村先輩に見て欲しいからって健全な水着から少しずつレベルを上げていこうと思ってこれを2着目に選んだんですけどね。まさかここまでとは思いませんでした」


「俺もここまでとは思わなかった」


 俺は何も悪くないが、雨宮に色々と悪いことをした気がする。


「流石にトレーニングをするべきだと思います」


「そうだな。今度もう一人のアシスタントがやってきた時に治療をしよう」


「え!?なんで!?」


 幸村が拒絶の反応を見せるが無視する。流石に現状のまま放置すると取材にならないしな。


「もう一人居るんですか?え、そんなわけが……」


 雨宮はもう一人のアシスタントの存在が信じられないようで、かなり驚いていた。


「ああ、間違いなく一人居るぞ。ここ最近は忙しくて来てくれなかったがな」


「でもあの絵はどう考えてもお二人で描いているとしか……」


「そう思うのも無理はないな。だが事実だ。来た時に話すから楽しみにしていてくれ」


「はい、分かりました」


「それと雨宮は何か良い水着はあったか?全部買ってやるぞ」


「そうですね、今は大丈夫です。幸村先輩にもう少し耐性が付いてからちゃんと選びたいので」


「分かった。ならもう美琴の所へ行くぞ」


「はい」





「美琴、次の店は無しで頼む」


 店の外で待っていた美琴と合流した俺は、美琴にそう伝えた。


「あら、良いのかい?こういう時じゃないと君は行くことが出来ないでしょ?」


「そうなんだが、幸村が思っていたよりも駄目でな……」


「ああ、なるほどね。私達が着替えている最中ずっと幸村君は騒いでいたもんね」


「そんなに長い間騒いでいたのか?」


 全く気付かなかったな。美琴が水着を買いに行ってからだと思っていた。


「うん。まあ店に居た人たちは幸村君を微笑ましく見ていたから迷惑にはなっていなかったみたいだけど」


「幸村……」


「僕は悪くないよ。雨宮さんがあんなものを着るから……」


「なあ美琴。やっぱり連れて行っても良いか?」


 一回強烈な刺激を与えるのは大事かもしれない。


「私はおススメしないかな。沙希ちゃんが持っていた水着でアレなら多分気絶すると思う」


「そうだよな……」


「先生、どこに行く予定だったんですか?」


「ああ、女性ものの下着を売っている店だな。流石に通販で買うのも気が引けるし、かといって店内で取材しようにも男だけじゃきつかったからな」


 流石にあの様子を見て強行するのは難しい。


 それに今回仮に取材が上手く成功したとしても、漫画にそういった類の物を登場させた際に幸村が機能停止に陥る様子が用意に想像できる。


「別に良いんじゃないんですか?私が幸村先輩とどっかに行っておきますよ?」


「いや、良い。幸村がアシスタントをしてくれている間は下着などを一切登場させないようにする」


「そうですか。少し見たかったんですけどね」


 雨宮は納得しつつも残念そうにしていた。


「いずれ幸村の耐性が付いたらな」


「分かりました!頑張って耐性を付けてもらいますね!」


「違う、そうじゃない」


 俺は幸村に対して何か変なアクションを起こそうとしていた雨宮を全力で引き留めた。


「ねえ剛君、ちょっと早いけどもうご飯食べに行くかい?」


 時計は5時20分を示していた。


「そうだな。この位だったら許してくれると思うしな」


 予約は6時だったが、ここからの距離を考えると5時40分くらいにはなるだろうし許容範囲だろう。


 駄目だった場合は謝って待てばいい。


「じゃあ行こうか。案内お願いね」


「ああ」



 それから歩くこと20分、目的地である飯屋に辿り着いた。


「ここだ。入るぞ」


「そうだね」


「はーい」


「え、ここって……」


 あっさりと受け入れた美琴と幸村に対し、店の名前を見て後ずさりする雨宮。


「知っていたのか。『多寿』っていう高級寿司屋だ」


「凄く高いですよね……?」


「ああ。だが俺の奢りだから気にするな」


「流石に気にしますよ!」


「大丈夫だ。金なら十分にある」


「でも……」


「高校生と漫画家を両立しているせいで金の使い時があんまりないんだ。こういう時くらい散財させてくれ。それに雨宮はそこまで金を持ってきていないだろう?」


「先生が昨日電話で言ったからじゃないですか!」


「言ったか?」


「言いました!」


「記録なんて残ってないだろ?」


「うっ……」


 こうやって雨宮が奢られることを拒否するのは予想していた。だから俺は記録が残らない形で金を最低限しか持ってこないように指示していた。


 俺の熱烈なファンだから通話を全て録音している可能性も一瞬考えたが、雨宮は幸村への対応と漫画への熱量を除けば常識人だからな。


「じゃあ入るぞ」


 雨宮に奢ることを強引に同意させた所で、店の中に入った。


「いらっしゃい」


 中に入ると真っ白な調理服に帽子を被った板前がカウンターの中から出迎えてくれた。


「予約していた橋田です」


「橋田さんですね。はい、分かりました。案内します」


 板前がカウンターから出てきて個室へと連れられた。


 そして俺と美琴、幸村と雨宮が隣合わせに座った。


「注文は予約通り特選コースで間違いないですか?」


「はい」


「分かりました。ゆっくりとお待ちください」


「聞いてはいたけど凄い所だねえ」


「世界が違うっていうか、高校生だけで来るような場所じゃないよ」


 店員が出て行ったのを確認してから美琴と幸村が店内を見て感心していた。


「一食3000円とかじゃ済まないですよね……」


「ああ、大体1人1万くらいだな」


「そんな軽く言わないで下さいよ……」


 雨宮は今から食べる料理の値段を知って軽く引いていた。


 見た目の雰囲気から勝手に良い所のお嬢様だと思っていたが、金銭感覚がちゃんとした普通の子なんだな。


「お待たせしました。まずは光り物の盛り合わせでございます。それではごゆっくり」

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