第3話 理想の嫁

 ピンポーン。



 朝飯を終え、撮り溜めていた日曜日の朝に放送されている魔法少女アニメを妹と二人で見ていたときであった。



 コーラとポテチを完備している完璧な状況で誰だ? 密林の注文でもしていたか? いや、さっきまで死を決意していたから通販は頼んでいないと思うんだが。



「悪い。ちょっと出てくるな。止めないでそのまま見てて良いから」


「あーい」



 ワンルーム。一人暮らしが二人になった部屋を数歩で玄関へ。



「はい、はいはい。ーーはーい、どちらさまで、しょう…………か?」



 そこには美少女がいた。とてもお世辞ではなく、美少女という言葉はこの目の前の少女のために生まれてきた言葉。そう言い切れるほどの美少女がそこにはあった。訂正。そこにいた。



 具体的には私のタイプだったという、ただそれだけなのだが、しかし美少女が訪ねてくるなどそれこそ私の予定には無い。人生にも、未来にも予定されていない。カナシイ……。


「え、ええと……」


「あっ、お姉ちゃん」


「…………え? お姉ちゃん?」


「こんにちは、瑠璃ちゃん」


「え? 知り合いなの?」


「知り合いって、おにぃ。当たり前じゃない。おにぃの彼女なんだもん」



 とんでもない爆弾発言であった。






 米 米 米 米 米 米






 金髪のきれいに色が抜けた黄金のような髪色。さらさらと柔らかで細く、美しい。長さはロングそのものでカーブやらウェーブやら掛かっていて更に美しい。清楚なギャルというのが的確な言葉だろうか、知性と元気の陽気を兼ね備えた美少女が的確な言葉だろうか。言い表す言葉を探しに探すが、しかし見つからない。小説家失格である。もはや思考言語すらまともでなくなったか。冷静に、慎重に。まずは、これが現実か私の妄想かを判別するのだ。ふむ、彼女は抜群なスタイルであるというよりは健康的な体で、身長は同じか私より少し高いぐらい。どうしても目が向いてしまう抜群の豊満な胸から必死に目を引き剥がし、髪先の掛かっている頬を健康的な赤にやや染めながら、美しい瞳でこちらを見ている少女が、ええと、私の彼女? え、何かのドッキリ番組ですか。カメラどこですか?



「何してるの、おにぃ」


「いや、紅茶があった気がしたんだけどね、ちょっとマッテネ」


「棚の上から二番目。右奥」


「……あっ、あった。さすが瑠璃」



 いやいや、そんな場合ではない。ついに耳と脳が狂ったか小鳥遊咲季真サイマ。人生独り身を貫いて死を迎える前になって寂しさが具現化したか小鳥遊咲季真。人間強度が下がるとか、恋愛は面倒だから懲り懲りだとか、理想の彼女は想像するからこそ存在するのだ現実にはいないとか、言っていたではないか。



 落ち着こう。冷静に状況を。



 ツーサイドアップに健康的な黒髪。ロリの象徴でありながら、黒と白のフリルを要所に施したオシャレな幼児向け服を着こなす我が妹によると、あの美少女は「下鴨川柚子葉」という名前らしい。今回も私の設定どおりだというが、しかし、はて名前に覚えがない。自作の一次創作小説には出てこないのはもちろん、未発表の設定だけ作った作品にもない。好きな漫画、アニメ小説を思い返してみても、いない。



 うーん。いつ設定した?




 理想の彼女を想像したことはある。いや、無いという男子を探す方が少なかろう。性指向も多様化を容認する世の中になりつつあるが、私に限って言えば至ってノーマル。エルやジィな友人はいるので私は非常にその手の理解が深い。主にエル、ガールズラブや百合に関して言えばーー。



 閑話休題。



 そうではない。また脱線する。良くない。ええと、今は目の前の、自称私の彼女だという謎の美少女だ。柚子葉……だっけか。名字は下鴨川。いや、そんな名前を設定したことはなかった気がするんだけど、なぁ……………。



「おまたせ致しました」


「ありがとうございます、先生!」



 なんと。何ということだ。なんだ、と。



「…………どうかしましたか、先生?」


「すまない、もう一度お願いできますか」


「ええと、『どうかしましたか、先生?』……?」


「その一つ前」


「一つ前は……『ありがとうございます、先生!』で、あってますか?」



 先生! 先生と呼ばせているのかこの『たわけ』! 不束者! 戯け虫! ワナビ! 未商業! …………自分で言って悲しくなってきた。



「……おにぃ?」



 ああ、妹よ。そのやや怒りのこもったハテナマークはなんだ、妹よ。



って、それはこっちのセリフなんですけど! 私の登場シーンと全然違うんですけど! ねえ、何にやけてんのおにぃ? ちょっとぉ!」


「すまん、すまない。てっきり本名呼びをデフォルトにしていたのだと思っていたのだが、いや、それはそれで恥ずかしいんだが、いやすまない。『先生』はアリだな。うん、アリだ」


「何が有りよ! もうっ! デレデレしちゃって。知らない。瑠璃はおにぃなんか知らない」



 まあ、そう拗ねるな妹よ。ほら、何故か我が家に眠っていた高級紅茶ですよ。フォートナムメイソン? のロイヤルなブレンドらしいぞー。きっと美味しいぞー。

 


「あ、ほんと。美味しいですね、先生」



 むすっとして何も言わ無くなった状態で紅茶を飲む我が妹と、ニコニコと笑みを向けてくれる私の彼女氏。


「え、ええと、柚子葉……さんでいいのかな」


「はい。柚子葉と呼び捨てられてます」


「えっと、私と、その恋人関係にあると」


「はい。恋人さんです」


「そ、そうですか」


「触って確かめないの?」


「なっ、ばっばか……瑠璃。冗談でもやっていい事と悪いことがーー」


「? 私に触りたいのですか、先生?」


 

 恋人関係なら別におかしなことではない、少し恥ずかしいですけども。彼女はそう言った。そして、どうぞ、と両手を差し出したのである。私は流れのままに、その思うがままに両手を取った。



「? 握手ですか、先生?」


「いや、その。確かめたかったんだ。ただ、それだけだから」

  


 彼女の手は温かであった。少し冷たさも感じたが、その奥に人間らしい温もりがあった。手が冷えているのなら温めてあげたいと思った。両手で、両手を握手して、ぎゅっと温もりを感じて、それを拒絶しないで、受け入れて、笑ってくれて。私は、私は、私は。



 私はボロボロと泣き出してしまった。

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