第2話 理想の妹と朝ごはん

「おにぃってご飯作れたんだね」


「どうした、唐突に」


「いやだってね、私の知っているおにぃは朝ごはん食べたことないもの。少なくとも創作に手を伸ばし始めた二十歳頃からは」


「ああ、そういえばそうかもな。高校のときは朝から出掛けるから必然的に食べていたが、創作に手を伸ばし始めた大学生になってからは朝行かないときもあったから、昼まで寝てたりしたっけな。それで、面倒になって食べなくてもいいやって、今日まで……って感じかな」


「ではなぜ急に朝食を。しかも手作り。美味しそうだし」


「ありがとうございます」



 自称妹とはいえ、このように成長期真っ盛りの幼い女の子である。朝からきちんと食べて規則正しい生活を心掛けてもらいたいという、自称兄からの心遣いである。



「まあ、そんなに買い物もしてなかったから簡単にしか出来なかったけど。口に合うといいが」


 

 一人暮らしをしてから、まずぶち当たる壁が食である。初めは自由に使えるお金で自由に好きなものを買っていた。やがて冷凍食品、デリバリー、外食へと遷移していったのだが、当然のことながら次第に使える金は底をつく。家賃、光熱費の電気代とガス代、水道代。支払いに支払いに支払い。実家の時の幸せが身に沁み、有難みを痛いほど理解する。


 

 そして最後にたどり着くのが卵である。




 焼くだけで、卵焼きと目玉焼きのニパターン可能となる。卵焼きは更にアレンジ可能で、スクランブルエッグやオムレツなど調理法を変えるだけで別物になるのだ。また、茹でるとその姿形は代わりゆで卵となる。



 そして最終局地が卵かけご飯である。



 割って掛ける。



 以上。



 卵一つだけでここまで可能性がある。他の材料を加えれば尚のことその可能性は無限である。そして何より安い。安売りのときは12個入って100円で買える。買えるところを知っている。買える時間を知っている。それだけで、食糧問題は解決である。卵は完全栄養食だとよくいわれるが、同時に完全一食でもあるのだ。



「はーとが可愛い。ケチャップ? が、いいと瑠璃は思うよ」


「そうか、ありがとう」



 瑠璃に出した今日の朝食はオムレツ。ライスまで作る元気はなかったので、炊いた白米の上にオムレツを乗せる感じ。私は無論卵かけご飯である。



「それはそうと、今日は平日だ。瑠璃は学校に行くのか?」


「行ってもいいし、行かなくてもいい。おにぃの都合に合わせるよ」


「え?」


「まあ、なんだかんだ非合理な存在だしね、瑠璃は」


「お、おう」


「それよりもおにぃが瑠璃のことをまだ半信なことのほうが不安なのよ。おにぃが瑠璃のことを妹だってちゃんと認識してもらわないと瑠璃消えちゃうんだからね?」


「え? カチャカチャ……そうなの? カチャカチャ……」


「……ハムハム……そうなのよ……ハムハム……」


 


 二人で朝のニュース番組をラジオの様に横見しながら、食べながらの会話。というより、消えちゃうって?



「……ゴクン。だからね、瑠璃を設定して、生み出したのは誰?」


「私です」


「そうでしょ? 他に誰か知っている人いる?」


「いや、いない……と思う。性癖を知られている友人なら幾らかいるけど、瑠璃は瑠璃だ。一次創作の小説にも登場させていない」


「でしょ? だから、おにぃが瑠璃のことを認識しなくなったとき、誰も、この世界で誰も瑠璃のことを知らないってことになるのよ。そもそも瑠璃自体が合理的な存在じゃないし、おにぃまでもが疑心だってなると、それは瑠璃も存在の証明をしようがないのよ」


「……? なるほど?」



「無視されたら、それはもう存在無いようなものじゃない」



 ああ、なるほど。



 この言葉でようやく理解出来たミスター残念な自称作家先生である私であるが、しかし、瑠璃のことを一番に知っているという点に置いては、親であり兄であるこの私が最適な該当者だというのは間違いない。



 確かに、ああ、確かにそうだ。瑠璃の言いたいことは分かった。そうだな、無視というのは、認識されないというのは辛い。無視されて空気扱いされるとそこにいるのに存在しない状態になってしまうのは辛いな。いじめの最たる最悪は無視だ。モノを隠す、破く捨てる居場所剥奪ならば、まだ相手を認識している。いじめは直接的な暴力含め、人として許されない行為だが、その中でも無視というのは本当に堪える。周囲の人間としては、自分が関わらなくてもなんとかなるくらいに思うのだろう。見て見ぬ振りをするのだろう。だけど、当の本人は本当に堪える。しかも、教師や大人もこの無視に加わったときは絶望だ。中学の時の担任なんて最悪だった。頭にワックスをベタベタして、セックスの話ばかりする悪ガキに目をつけられたときが最高で、最悪だった。

 


 中学の3年時を除いて、それまで周囲の友人には恵まれていた。いじめとは無縁に学生を生きていた。体格は昔から小さく、背の伸びには大いに悩んでいたが、他に悩みといえば貧血にて朝礼でよく倒れるぐらいなもの。周囲の同級生は“”小さいこと“”を口に出さない配慮をしていたようで、それを常々感じていた。小さくて可愛いなどと女子に何気なく言われた時には、嬉しいやら恥ずかしいやらで大変であったが、いじりといじめのどちらでもない程度に可愛いがられていたとは思う。



 中三のその時だって、一、二回程度である。



 その時は、帰りのホームルームの時で、悪い子に絡まれて頭にワックスを付けられていた。私は抵抗したが、体格差で敗北した。教師はちらりと見たような気もするし、視界に入らなかったのかもしれないが、どちらにしても私に危害を加える子を止めることはなく、何も起きていないかのように帰りのホームルームを進めた。私は自席にはいない。いたずら子の席の下だ。担任はそれを無視した。いないのは見ればわかるのに。見えていただろうに。クラスメイトもそうだ。腕力の強いその子に関わりたくないのか、面倒なのか。戯れているだけとしか捉えられていなかったのか。いずれにせよ、誰かが止めることはなかった。口に出すことはなかった。そこに、その存在は、私の存在は無かった。



「ま、そういうことだから。瑠璃は瑠璃であって、おにぃのためだけの、おにぃだけの瑠璃だから」


「そうかそうか。ナデナデ。……そうすると、例えばだけどさ、第三者には見えたりするのかな」


「どちらでもいいよ。おにぃが瑠璃に存在してほしいときは、そういう振る舞いすればいいし。いない方が都合のつくときは、存在しないセリフとか言えばいい。それでどうとでもなる」


「どうとでも、なる」


「そう。だからね、瑠璃はおにぃが大事なの。そんなことで消えてなくなるような存在だから、おにぃは瑠璃のことちゃんと見ててね」


「……ああ。もちろん。ずっと見てるよ」



 一次創作の小説のキャラではない。何か空想の漫画のキャラクターでもない。でも、実在するとは言い切れない。私の世界だけの、私のためだけの妹。小鳥遊瑠璃は、こうして存在を証明している。



 



 

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