死ぬ前に読む小説(仮題)
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
理想の妹・嫁編
第1話 理想の妹
「そんなんだから、いつまで経ってもおにぃは死ぬことができないの。死ねないで、 ま! だ! 生き延びちゃってるの。わかる?」
「はい。すみません」
自殺に失敗した私、小鳥遊咲季真は突如現れた空想上の妹より説教を受けていた。……え? なんで?
「本当に? 反省しているのかな?」
有無も言えぬ。
「ほんとうに?」
「……はい、反省しております。このとおりです。ええと、この度は誠に申し訳ございませんでした」
ぺこり。どげざ。
「まったく。ーーじゃあ、もう死にたいって言わない?」
それは……
「はぁぁ。あのね、おにぃ。言っとくけど。言っとくけど、生きてるんだから辛いのは当たり前なの。そんなの27年も生きてたらわかるでしょ?」
はい。おっしゃる通りです。「」
もはや、カギカッコにすら入らないほど小さくなった声は、しかしどうしてか彼女の耳には届いた。
「わかってるならもう馬鹿なことしないの。いい?」
しっかしこの可愛い国民的妹のような美少女どこかでーー。
「いい!?」
「はい。承知致しました」
斯くして私は、自ら命を殺めようとしたことを、とにかく丁寧に謝罪した。国民的妹のような美少女が腕を組んでいる前で。地に頭をつけて深々と。ずっと。
なぜならば、頭は上げられないからだ。
そうすればきっとフリルの付いたミニスカートの中に秘められた純白を目にしてしまうからでーー。
「あと、パンツ見たでしょ」
冷や汗と生唾。これはもう、死ぬしかない。
「まあ、そんなくだらないことで死なれたら困るんだけど」
全てお見通しであった。神か? 神様なのか?
なるほど、神様であれば話は通ずる。
私が天井から吊るした麻縄の輪に首を入れる直前に現れた事。私の思考、言葉を先読みするかの様に理解していること。この威圧感。この可愛さ。この国民的妹のような美少女。もう、愛でたくて堪らないこのーー。
「おにぃ?」
三度《みたび》額は地に不時着した。冷たいフローリングとはもう友達である。やあ、友人。今日も冷えてるな。
「まったく、もう」
呆れても、怒っても可愛い。誰だ、こんな可愛さを設定したのは。いや、言うまでもない。
無論、私だ。
きっかけは、先程から話題になっている私の自殺未遂である。
鬱病による失業と、借金を苦に……というありがちだがあってはいけない理由だった。人生どん底。生きがいも、理由も希望もない。楽しい事なんてありはしない。後は死ぬだけなら、早いか遅いかの違いだ。そう考えるまでに至ってしまった。
死を前にしたとき、何か考えるかと思ったがそんなドラマや映画のようなことはなく、案外作業的であった。麻縄のロープを手に入れ、結んで輪にしてぶら下げる。以上。
死んだ後のことなど、私はそこにいないのだからどうなろうと関係ない。誰かが見つけ、調べて処理し、空き家になって、おしまい。死後の一時期、身内や他人近所世間が騒いでも、数ヶ月で元通りだ。数ヶ月なんてあっという間。自殺人数なんて二百万人は年間いるのだから、ある意味では日常茶飯事。ありふれた“出来事”の一つにすぎない。…………はずだった。
しかし、それは冒頭から述べているように未遂にて終わる。
首を輪に入れたその時に、麻縄のロープは突如として消えてしまったのだ。代わりに現れたのがこの幼い少女。「おにぃの妹だよ?」なんて言うので、妹ということにしているが、しかし私に妹など現実にはいない。居てほしかったが、残念ながらいない。
私の家族は父、母、弟が二人。男三人兄弟で両親円満。間違っても隠し子だ、離婚再婚だで出来た義妹でもない。
はて、どこの子だ?
あれ、ロープは?
「だから、私は瑠璃。おにぃの妹だよ? それよりーー」
そこからなぜ自殺なんでしょうとしたのか。ロープは瑠璃が消したの。それよりなんで自殺なんか。瑠璃? だから、瑠璃色の瑠璃。妹だよ、何回言わせるの。それより、何で自殺しようとしたの? 死ぬより悪いことだよ…………などと、現在に至るまでキツい尋問が行われたのである。これはあれだな、うん。死んだほうがマシかもしれない程キツい尋問だ。
「ほらまた。死んだほうがマシとか考える」
「いや、今のは言葉の綾というか、冗談というかーー」
「なに?」
「いえ、なんでもないです」
しかし、随分と気の強い妹だ。
確かに、妹がいたなら……と、妄想したことはある。美少女でロリっロリの設定にしたのは間違いない。アイドルのような、フリルの付いた可愛らしいものを好むようにしたのも多分間違いない。年齢は12歳。ませて大人びてはいるが、まだまだ子供。可愛いなあ、よしよしという設定である。あと、兄には甘えん坊にしたはずだ。妹に頼られるというのは、兄冥利に尽きる。とても嬉しいことだからな。
「さて、このおにぃはどうしたものか」
いや、瑠璃さん? それはこちらのセリフですよ。というより、君は本当に実在しているのかな。影もあるし、足もある。浮いてはいない。しかし、それだけでは証明とはならない。実はこれは本当に私の妄想で、死を前にしたことによって見た幻覚若しくは既に死んでいて夢の世界……ということはないだろうか。ああ、きっとそうだろう。そうだろう。間違いない。では、失礼してーー。
「ちょっと、おにぃ? ーーって何してるの、ばかっ!!!」
「あっ、いや。これが幻覚ならすり抜けるんじゃないかと思ってーーごふっ」
実在ではなく虚像であるなら、触れることはかなわないはずだ。この奇妙な事象は夢オチとか幻覚でしたなどと理由付け出来る。その証明のために触れるかどうかを試してみたわけだが。
「わけだが、じゃないっ!! ばかなの? 変態なの? だからって妹のスカートに手を伸ばす兄がどこにいるのよ。この変態! 鬼畜! おに! ばか。ばーか。ばかばかばーーか!!!」
「えぇ……ご、ごめんよ」
「許さない」
「まあ、これで虚像や妄想という事は否定されたわけだし……」
「何が否定されたよ。信じらんない。クラスの男子でもしないわよ、今どき」
「え? やらないの。スカートめくり」
「しないわよ! 令和よ令和。おにぃは何を当たり前のように言ってるの? ばかなの?」
今どきの子は礼儀正しいんだなぁ。小学生ならやりそうなことだけど、悪ガキの一人もいないのかなぁ。…………………って、あれ?
「あの、瑠璃さん」
「なにっ」
すっかり警戒モードである。まあ、怒っても天使のように可愛いのだが。
「さっきクラスの男子っておっしゃったけど、学校行ってるの?」
「当たり前じゃない。まだ小学生だし」
「いや、でも」
でも。
仮に、仮にだよ。私の自殺未遂がきっかけとなって、何らかの因果が応報し、本来いないはずの妹が現れたとしよう。しかし、それはついさっきだ。この十数分で学校に行って帰ってくるなど、しかもどこの学校にーー。
「そういう設定にしたのはおにぃでしょ!!! もう知らないっ!」
はて。完全に怒らせてしまったが、結果として私は一命を取り留めた事になる。いや、一命を留まらさせられた、が正しいか。
妹という瑠璃の事は不可思議であり、奇妙な出来事ではあるが、まあ、可愛いからいいか。
斯くして本日、私に妹が出来た。
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