皇椿樹と言う女性

「彰人先生、今お時間ありますか?」


 俺が廊下を歩いていると、皇がそう声を掛けてきた。


「あぁ。今なら空いてるから大丈夫だが、どうした?」


 今どころか、彼女や他の二人の用事なら、常時都合が空いているようなもんだが、一応教師である手前、そう答える。


「勉強を見てほしいのですが……」

「じゃあ図書室が空いているから行こうか」


 俺の言葉に、皇は顔を少し赤くして頷き、少し間隔を開けて俺の後ろに寄り添う。


 こうして二人で図書室へ行くのも、もう何回目だろうか。

 皇は図書室、平内はウサギ小屋っていうのが大体居場所の定番になっている。

 高嶺は……あの人はケースバイケースなので、実は一番対応に難儀していたりするのだが。今回も半ば強引にデートの約束をさせられたしなぁ。


 そんな事を考えている間に、俺達は図書室の前まで来ていた。

 戸を引くとがらがらと音を立てながら開く。


「いつものテーブルで良いか?」

「はい」


 皇に確認してから、俺は見慣れたテーブルに備え付けられた椅子に腰掛ける。

 俺が座るのを見届けてから、続けて皇も横に座る。


「今日もよろしくお願いしますね」

「あぁ。今日も苦手な現国で良いのか?」

「はい」


 答えて皇がテーブルに教科書を広げる。

 その一冊の教科書を二人で覗き込みながら、皇に勉強を教えるというのが、図書室でのお決まりのスタイルになっていた。

 そして、毎度勉強を教える度に、俺の腕に当たる柔らかい感触。


「……」

「っ!」


 ちらりと皇の方へ視線を向けると、彼女は教科書では無く俺の方を見ており、目と目が合わさる。すると皇は顔を真っ赤にして、俯いたり教科書の方へ向き直ったりする。いつもの光景だ。

 先程感じた柔らかい感触というのは……彼女の身体、主に胸部が当たる感触だったり。皇は奥手な性格なくせに、こういうところは大胆というか、思い切りが良い。

 それに、他の二人があまり理解していない、色恋に関するような事が話題に出た際、皇だけが理解しているであろう様子などを見ると、言い方はあれだが、皇は少しばかりむっつりさんというやつなのだろうな。


 ……にしても、これが教師と生徒って事でなければ、男としては嬉しい事なんだけどな。


「あ、あれ……?」


 そんな事を思っていると、急に妙な声を上げる皇。

 ……これは……あれか?

 だとしたら、今回は少し早いな。


「……どうじた皇?」

「なんで私、こんなところに? 確か病室で寝ていたような気が……」


 やっぱりな。


「ごめんな」


 俺は謝罪の言葉と共に、指を鳴らす。

 すると皇は一瞬で意識を失い、がくりとうなだれる。


「段々間隔が短くなってるな……西城先生」


 俺と気を失った皇以外には誰も居ないはずの図書室に、初老の男性の声が響く。


「ですね。それでも今のところさしたる問題は無いですが」

「そうだな。引き続きよろしく頼む」


 緊張しているのが自分でも解るような声色で返答をする俺とは対照的に、抑揚の無い、良く言えば落ち着いた、悪く言えば他人に興味が無さそうに感じさせるその声がした後、図書室内は再び静寂に包まれた。

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