第70話 オコナーと交渉します。

 家に入るなり、オコナーは驚いてみせる。


「これはこれは、赴任から間もないのに、ご立派な邸宅ですね。さすがは子爵です」

「そうかそうか。やはり、分かる者には分かるんだな」


 褒められたアレクセイは手放しで喜んでみせる。

 内心では「商人なら、もうちょっとマシなおべんちゃらを使えないものか」と呆れていたが……。


「まあ、座ってくれ」

「はい、そうさせてもらいます」


 オコナーに席を勧めたアレクセイは――。


「ポーラ、こっちおいで」

「はい、御領主様」


 呼ばれたポーラは無表情で、アレクセイの隣に腰を下ろす。

 その小さな身体をアレクセイは抱き寄せ、頭を撫で回す。ポーラは無表情でそれを受け入れる。


「そのお嬢さんは?」


 不審に思うオコナーの問いに対し、アレクセイは――。


「ペットだ。可愛いだろ?」

「なかなかいいご趣味ですな」

「そうだろ」


 オコナーは変態趣味の貴族には慣れている。

 驚きはしなかったが、「こんなバカで大丈夫か?」と逆に心配になるくらいだった。


 アレクセイはオコナーの心境など気にした様子もなく、唐突に告げる。


「それで、買い取ってくれるんだろ?」


 オコナーとしては「コイツは商談の作法もしらない」という思いを、嘘くさい笑顔に隠す。

 だが、面倒くさいやり取りをせずにすんだことには、喜んでいた。


 ――こんなガキ相手に、気を使うなんてやってられるか。とっとと商談をまとめて帰るぞ。


「ええ、もちろんです。量はいかほどですか?」

「月に30本。これからも定期的に買い取ってくれ。ブルゴス商会なら、それくらいさばけるだろ?」

「ええ、もちろんでございます」

「じゃあ、値段だ。一本45万ゴルだ」

「…………」


 ――コイツは本物のバカか?


 値段交渉において、相手にふっかけるのは当然の行為だ

 お互いにふっかけて、落とし所を探っていく――それが交渉というものだ。


 分かっててやってるなら理解できるが、オコナーからはアレクセイがこの値段で本当に売れると思いこんでいるようにしか見えない。


「いえ、さすがにその値段は……」

「なんでだ? さっき50万ゴルで売れると言っただろ。お前たちの取り分は1割。それで決まりだ」


 アレクセイはポーラの髪をくしゃりと握り、怒りをあらわにする。

 癇癪を起こした子どものようだ。


 ――おいおい、勘弁してくれ。バカの相手は面倒くさいんだよ。ものの道理が通じんからな。


 オコナーは作戦の切り替え、アレクセイの後ろをチラと見る。


 ――こちらは理知的な女だ。メイド服ではあるが、この場にいるということはただのメイドではあるまい。


「お嬢さん――」

「スージーです」

「スージーさんからも、子爵に教えてもらえませんか?」


 尋ねられたスージーは従者らしく、許可を求める視線をアレクセイに送る。


「構わん。発言を許す」

。その値段は無謀です」

「なんだと? 強欲な商人には1割もやれば十分だろ」

「いえ、彼らも商売です。従業員に賃金を払わなければなりませんし、輸送や保管に費用もかかります。また、売る相手と交渉しなければなりませんし、売れ残るリスクもあります」

「そんなものなのか……」


 アレクセイは納得していない。


 ――お、いい流れだぞ。女の方はそれなりに道理をわきまえているし、このボンボンも女の言うことなら聞きそうだ。


 オコナーは小さく笑みを浮かべる。


「スージーさんの言う通りですよ」

「……分からん」


 アレクセイは投げ出した。


「難しいことは分からん。スージー、後はお前が決めろ」


 アレクセイは興味を失い、ポーラの膝に頭を預ける。


「では、不肖この私が、子爵様の代理を努めさせていただきます」

「よろしくお願いしますよ」

「価格の話に戻りますが、1本30万ゴルではいかかでしょうか?」


 ――ほう。小娘かと思っていたが、案外な使えそうだ。だが、こういう手合なら、やり安い。


 スージーが上げたのは最初に提示する価格としては極めて妥当なラインだった。


 ――分かっててやっているのか。それとも偶然か。


 それを見定めようと、オコナーは揺さぶりをかける。


「素晴らしい値付けだ。思わず頷いてしまいそうです――」


 スージーは嬉しそうにする。

 年相応の少女の笑い方だ。


「ただ、それは今回一度きりの取引だった場合です」


 スージーの顔が曇る。


「これから毎月の取引となりますと、話は変わります」

「それは需要の問題ですね」


 ――おいおい、需要なんて言葉まで知ってるのか?


「ええ、おっしゃる通りです。なにせ、初めて取り扱う商品です。最初のうちは50万ゴルでも買いたいという方は間違いなくいます。ですが、それが毎月となると……」


 話が難しくなったからか、完全に興味を失ったアレクセイはポーラの膝枕で目を閉じていた。放っておいたら、すぐにでも寝てしまいそうだ。


「ですので、1本20万ゴル。その代わり、一年間は買い続ける約束をしましょう。いかがですか?」


 オコナーも完全に相手をスージーと定め、アレクセイには視線も向けない。

 スージーは考え込む――フリをする。

 やがて、口を開き――。


「1本25万ゴル。まずは半年です。それ以降の価格は売れ行きを見て、また相談しましょう」


 ――ここら辺が落しどころか。本当はもっと値切りたかったが、これ以上は難しいか。だったら、せいぜい恩を売っておこう。


「分かりました。今回は子爵の顔を立てましょう。その代わり、これからも良いおつき合いをさせていただきたいですね」

「ええ、私もそう望みます。ただ、子爵様が――」


 スージーは呆れた視線をアレクセイに向ける。

 いつも理不尽に振り回されて困っているというように。

 当の本人は、のん気に舟を漕いで寝息をたてていた。

 オコナーはそれ見て、完全に見下した。

 アレクセイが寝ているのを確認し、小声でスージーに提案する。


「見事な交渉術ですね。スージーさんよかったら、ウチの商会に来ませんか? 厚遇いたしますよ。子爵からいくらもらってますか? その倍は出しますよ」


 ――混ざり者とはいえ、この美貌で頭も悪くない。愛人にしてやってもいいな。


「いえ、私の人生は子爵様に捧げていますので」


 しかし、にべもなく断られた。


 ――ほう。忠義心も厚いと。ますます欲しくなった。


 どうにかアレクセイを陥れて、スージーを奪う。

 これからのつき合いで、チャンスはいくらでもある。

 焦らずに成功させると心に誓った。


「では、子爵様を起こしましょう」

「もう少し寝かせてあげたいのですが、そうもいきませんからね」


 スージーは困った顔で、アレクセイの肩を揺する。


「子爵様、終わりました。起きて下さい」





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『交渉決裂です。』

1月6日更新です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る