第69話 もうひとつの商会がやって来ました。

 ――アレクセイがサランドラとの商談を終えてしばらく。


 村にもうひとつの商会の一隊がやってきた。

 サランドラのときと同じように、アレクセイは門前で出迎える。


 馬車から降りて来たのは中年の男だった。

 身なりのいい服装で、髭を生やしている。


「いやあ、これはこれは、子爵様自らお出迎えとは、ありがたいことですなあ。私はブルゴス商会ザイツェン支店で副店長を努めておりますオコナーと申します」

「いやいや、わざわざ辺鄙な場所まで来てくれて感謝するよ」

「ここは自然豊かで空気が美味しいですな。久々の馬車で老骨にはこたえましたしたが、来た甲斐がありましたわい」


 作り物の嘘くさい笑顔でオコナーが言う。

 アレクセイは「早くも減点だな」と内心思う。

 隣のスージーも機嫌を悪くする。


 世慣れぬ者であれば、オコナーの言葉をとくに気に留めないだろう。

 だが、その真意は――。


 辺境に追いやられて切羽詰まったボンボン。

 対して、自分は椅子に座って、人を顎で使う立場。

 こんな田舎までやって来てやったんだから、それを恩に着せて搾り取ってやろう。

 どうせ、他に頼る相手なんていないんだろ。

 おだてて、脅して、意のままに操ってやる。


 アレクセイを見下し、見くびり、舐めきっていた。

 言葉の端々に嫌味を込めても気がつかないだろうとバカにしているのだ。


 アレクセイはオコナーの言葉に隠された慇懃無礼を悟っていたが、それを表に出さない。

 あえて、なにも分かっていない甘ったれた貴族のボンボンとして振る舞うことに決めた。


「気に入ってもらえてなによりだ。さっそくだけど、商品を見たい。広場があるから、そこに荷を下ろしてくれ」

「おい、お前ら、すぐに準備しろ」


 命じられた部下が動き出すが、「ああ、ダメだな」とアレクセイはまたもや評価を下げる。

 オコナーは無礼ながらもそれを慇懃さで覆い隠していた。

 だが、部下たちはそれを隠しもしない。

 馬鹿にする態度が明け透けだ。


 オコナーはそんなことにすら気づいていないのか、部下には気も止めず、ニヤニヤ笑いでアレクセイに話しかける。


「それにしても、トリートメントシャンプーは素晴らしいですな。あのような一品、領都でも見たことはございません」


 オコナーは手放しで褒める。

 褒めるのには1ゴルもかからないからだ。


 他の商会がトリートメントシャンプーを買い叩く中、ブルゴス商会はサランドラ商会と同じく言い値で買い取った。

 アレクセイの真意を悟ったからではない。

 数万ゴルの違いなど、ブルゴス商会にとってはたいした違いがなかったからだ。


「領都なら50万ゴルで売れますぞ」

「へえ、そんなに!」


 アレクセイは無邪気に喜んだ――ようにオコナーの目には映っただろう。


「まあ、それは領内一番の我が商会ならばこそですな。他の商会に任せたら、30万がせいぜいでしょう」

「それは凄いね」

「それに、ウチは伯爵とのコネもあります。ウチに任せていただければ、伯爵との仲を取り持つことも不可能ではありません」


 不可能ではない――やれることはやれるが、やるとは言っていない。


 ――いやあ、こちらの見込み違いでした。やっぱり30万ゴルがせいぜいでした。


 そうする気なのが、手にとるように分かる。

 その後も、オコナーの自慢話は続く。

 自分たちの格を知らせ、交渉を有利に進めようという布石だ。

 だが、アレクセイには一切通じない。

 負けず嫌いで尊大な貴族の若僧を演じるだけだ。


 遅れてアレクセイたちも広場に到着する。

 すでに商品は広げられている。

 それを見て、スージーの眉がピクリと動いた。

 しかし、アレクセイは感心した素振そぶりで――。


「へえ、すごいなあ。こんなに用意してくれたのか。褒めてつかわすぞ」

「ウチの商品はどれも一級品です。今回は、子爵のためにお安くしてありますよ」


 揉み手で迫ってくるが、その笑顔は下品さを隠しきれていない。


「さあさ、見ていってください」

「いや、その必要はない」

「どういうことで?」

「買い物をするのは村人だ」

「なんですと!?」


 オコナーは訝しむ。

 商品を買い上げるのは、アレクセイだとばかり思っていた。

 いや、どんな商人でもそう思って当然だ。

 すぐに気持ちを切り替えられたサランドラが特別なのだ。


 オコナーの心にさざ波が生じる。

 今回は、完全に自分が主導権を握り、アレクセイを意のままに操る――そのつもりだった。

 そこに、交渉に入る前から予想外の出来事。


 もし相手がきちんとした商人相手だったら警戒したし、その意図を探っただろう。

 だが、しかし――。


 ――いや、ボンボンの気まぐれだろう。領民の人気取りだな。まったく、貴族の仕事すら分かっていない。本物のバカのようだ。


 「これなら思っていた以上に簡単にいきそうだ」とほくそ笑む。

 前を歩くアレクセイには見えていないが、スージーはその顔を厳しい目で見ていた。


「じゃあ、さっそくトリートメントシャンプーの契約をすませるぞ」

「そうですな」


 アレクセイはすぐに家に向かった。

 サランドラを案内したジバク草の畑などは素通りして。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『オコナーと交渉します。』

12月30日更新です。


   ◇◆◇◆◇◆◇


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