第71話 交渉決裂です。
スージーが肩を揺すると、「んん~」と寝ぼけ眼を擦りながら、アレクセイは目を開けた。
「終わったの?」
「はい、無事に交渉がまとまりました。後は、子爵様のサインをいただくだけです」
「ふ~ん。で、どんな結果?」
「1本25万ゴルで毎月30本。半年間の契約です」
「へ~、そうなんだ。それ、ホント?」
アレクセイはぼけっとした目をオコナーに向ける。
「ええ、スージーさんの仰る通りです」
「本気だよね?」
「はい、もちろん――」
と反射的に返事をしたところで、オコナーは違和感を覚える。
全身が鳥肌立ち、背筋を冷たい汗が流れる。
過去にも経験がある。
商談を失敗したとき、とんでもないミスを犯したとき。それと同じ感覚だ。
――どこで間違えた? なにを間違えた? というか、この目の前の男は誰だ? 本当に子爵なのか?
世間知らずのボンボン――だったはずだ。
しかし、この威圧感はいったい……。
アレクセイはポーラの膝から起き上がる。
そして、震えるオコナーに向かって告げる。
「破談だね。帰っていいよ」
「えっ?」
「話を聞いてたけど、ずいぶん、こっちを舐めてるね。絶縁された能無し息子だと思った? トリートメントシャンプーは偶然の幸運だと?」
「いっ、いや」
「もう少し、頭が回ると思ったんだけどなあ」
豹変したアレクセイにオコナーはついていけない。
「それになにより、スージーを口説こうとしたのは致命的だね。彼女は僕のだよ」
顔を寄せるスージーにアレクセイは口づける。
「しっ、しかし。トリートメントシャンプーを
「忠告、ありがとう。でも、取引相手なら間に合ってるよ」
「なっ……」
「出ておいで」
呼ばれたサランドラは村長アントンと一緒に、奥の部屋から現れる。
「いやあ、ブルゴスさん。下手打っちゃいましたねえ。領内最大手だからって、あぐらをかきすぎじゃないですか?」
「なんだとっ、小娘がッ。誰だっ! 貴様はッ!」
「紹介するよ。彼女はサランドラ。サランドラ商会の会長だよ」
「紹介に預かりました。サランドラです。トリートメントシャンプーなら、ウチが引き受けることになったので、ご安心ください」
「聞いたこともない木っ端商会が調子に乗るなッ」
ムキになるオコナーの言葉をサランドラは軽く受け流す。
そこにアレクセイが口を挟む。
「見苦しいから、帰ってよ。スージー、放り出しちゃって」
「はいっ!」
スージーは笑顔でオコナーの首根っこを掴む。
今までのうっぷんを晴らすかのごとく、乱暴に持ち上げて、玄関まで運び、言葉通り、放り投げた。
手をパンパンと払い、「すっきりしました~」と笑顔を見せる。
怒り狂ったオコナーだったが、周囲を見回し、村の様子に違和感を覚える。
三々五々、手に入れた商品について笑顔で語り合う村人たち。
おもちゃを片手に走り回る子どもたち。
新しい服に着替えている者もいる。
それに対して、連れてきた商会の部下たちは、戸惑い、途方に暮れていた。
「おい、どうした?」
「それが……」
「どうしたって言うんだッ?」
「ひとつも売れませんでした」
「なんだとッ! 貴様らッ、なにをしていたッ!」
オコナーは部下を仕切る男を怒りに任せて殴りつける。
それを遠巻きに冷めきった視線を向ける村人たち。
彼らも最初のうちは、新しく届いた商品を期待に満ちた目で見ていたのだが……。
商品を手に取り、値段を聞いて、期待が
最初に来たサランドラ商会の品に比べて、品質も悪く値段も高かったからだ。
オコナーは村人をバカにしていた。
こんな辺境に引きこもっていたヤツらに物の価値も相場もわかるものかと。
持ってきたのは売れ残りの在庫品。
それを相場より高く売りつけるつもりだったのだ。
もし、彼らが一番乗りだったら、村人は騙されたかもしれない。
だが、サランドラ商会の品々を見た後では、誰も相手にするわけがなかった。
「チッ、胸糞悪い。こんな田舎とっとと引き上げるぞッ」
部下をぶん殴り、撤収を急がせる。
「このブルゴス商会を敵に回してどうなるか分かってるのか、後で泣きついても知らんからなっ」
「分かってないのはそっちだ。このアレクセイ・ノイベルトに喧嘩を売ったんだ。そのツケは絶対に払わせる。お前みたいにな下っ端には分からんだろう。ちゃんとトップに伝えろ。いいな」
負け惜しみの捨て台詞を吐いたが、逆にアレクセイに凄まれて黙る。
「チッ、出発だ」
怒りのままに、オコナーらは村を去って行った。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『サランドラとの交渉はこんな感じです。』
1月13日更新です。
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