第66話 村に商人がやって来ます。

 ――スタンピードから数日後。


 朝食が終わり、広場に村人全員が勢ぞろいしていた。

 冬が近づき朝の空気は冷たい。

 だが、天気は快晴。村人の心も興奮の熱でいっぱいだ。


「ようやく、この日が来たね」


 アレクセイが皆に告げる。


「今日は村のみんなが、初めて外の世界と出会う日。記念すべき日だ」


 村人の目はキラキラと輝いている。

 未知との出会いに不安もあるが、それよりも期待の方が大きかった。


「みんな、勉強よく頑張ったね。文字を覚えたり、計算できるようになったり。大変だったと思うけど、これからのみんなには絶対に必要になる」


 一番頑張ったのはキリエだ。

 彼女が先生になり、村人に読みと計算を教えた。

 彼女のスキル【教導】の効果は抜群で、村人たちは短期間のうちに、アレクセイが想像していた以上の結果を出した。

 まだ、全員が完全にマスターしているわけではないが、及第点は超えている。


「そして、今日は僕にとっても記念すべき日だ。僕の目指している『ベーシックインカム』。そのための第一歩を今日、踏み出す」


 村人は『ベーシックインカム』を理解しているわけではない。

 だが、アレクセイの本気はわかっている。

 少しでも恩返しになれば、という思いは村人の間で共有されていた。


「とはいえ、あまり、気負わなくていいよ。君たちは好きに買い物をするだけだ。村にはない、初めてのものばかり。精一杯楽しんでくれ」


 村人たちから歓声が上がる。

 子どもはもちろん、大人も子どもみたいにはしゃいでる。


 アレクセイが解散を告げると、村人はいくつかのグループに分かれ、話し合ったり、笑い合ったり。

 その姿はアレクセイがこの村に来たときには考えられない。


 ――これを実現したのは自分だ。


 その事実を自負してはいるが、まだ、アレクセイにとっては途中、いや、さっき言った通り一歩目に過ぎない。


 ――もっと、もっと、民を幸せにする。


 アレクセイが決意を新たにしていると、スージーが話しかけてきた。


「問題が起きなければいいですね」

「ああ、スージーも目を配ってね」


 この後、村にはたくさんの商品を乗せた商隊がやって来る。

 その商隊とは――。


 スタンピードの二週間ほど前、アレクセイは隣領最寄りの街であるザイツェンにスージーを使いに出した。

 必要物資の買い付けと、トリートメントシャンプーの売り込みのためだ。


 ザイツェン街には商会の支店がいくつかある。

 伯爵領の領都に比べれば数も少なく、規模も小さい。

 それでも十数の商会が支店を出している。


 それら商会に、領主であるアレクセイ本人ではなく、スージーを向かわせ、相場より安い値段で一本ずつおろしたのだ。

 どことつき合うべきかを見定めるために。


 ほとんどの商会はアレクセイを世間知らずの若造とみなし、舐めきった対応だった。

 アレクセイが仕掛けたテストをクリアしたのは二つの商会だけだった。


 その二つの商会とは何度か手紙のやり取りをした。

 その中で、特に問題はないと判断し、「お金はあるから、商品を持ってきて欲しい」と伝えたのだ。


「ようやくですね」

「ああ、スタンピードがあったからね」


 本来ならもっと早く実現していたのだが、今日まで延び延びになっていたのだ。


 二つの商会にとっては今日がその最終試験だ。


 どちらもダメで、範囲を広げてあらためて探すか。

 どちらか一方とつき合うか。

 両方の商会とつき合うか。


 ベストなのは最後のケースだが、果たして上手くいくのか。

 こればかりはアレクセイでもわからない。


 今日の結果は村人以上にアレクセイの今後を左右するもの。


 ベーシックインカムの初めての試みとして、村人にはお金を渡している。

 老若男女、働きぶりを問わず、一律にひとり10万ゴル。

 街で暮せばなんとかひと月は過ごせる金額。

 大金と呼ぶほどではないが、貨幣に初めて触れる村人にとっては多すぎる金額だ。


 それでも、アレクセイは10万ゴルにした。

 アレクセイの最終目的は領民全員に毎月10万ゴルを与えることだからだ。


 目標ははっきりしている。

 後は実現させるだけ。

 道のりは遠く、簡単にはいかない。

 それでも、目指さないことには、たどり着けない。


「坊っちゃん、あと一時間ほどです」

「そうか。報告ありがとう」


 【第六感】で得た情報をマーロウが告げる。


「さあ、みんな、いよいよだよ」


 村人の緊張と興奮は最高調に達していた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『初めてのお買い物です。』

12月9日更新です。

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