第65話 スタンピードの後始末です(下)。

【ダンジョン調査報告】


 夕方になり、ダンジョンの調査に向かったグループが戻って来た。リーダーのイッチが報告する。


「大将、戻りましたぜ」

「おかえり、イッチ。どうだった?」

「大将の予想通りでした。ゴブリンが少しいただけです」


 イッチはアレクセイの命を受け、マーロウとニクスを率いてダンジョン調査を行ったのだ。


「マーロウはどう感じた?」

「とくに危機は感じませんでしたな」

「そっか。落ち着いたら、僕も一度、見に行くけど、まあ、様子見だね」


 マーロウのギフト【第六感】は危険や異変を察知するスキルだ。それが反応しないのなら大丈夫だろう、とアレクセイは判断した。


 そもそも、それほど危険視はしていない。

 過去の記録でも、スタンピード後のダンジョンは 活動がほぼ停止状態になる。例外はここ百年以上、生じていない。


「大将、俺らはどうすればいいんですか?」

「しばらく時間があるから、戦闘組は交代で潜って訓練だね」


 今まで戦闘可能なのはアレクセイ、スージー、マーロウ、そして、イッチ、ニクス、サンカの兵士、加えて、【怪力】ジロくらだいった。

 だが、先日の戦いを終えて、兵士を志願する者が数名いた。


 農業生産力は上がってきたことだし、アレクセイとしても戦力の増強は望むところだ。

 彼らを兵士として配置転換し、鍛える方針だ。


「早ければ3ヶ月。それまでにモノにしたいね」

「大丈夫でさあ。スージーの姉御に鍛えてもらいやすから」

「はははっ。頑張ってね」


 スタンピードを終えたダンジョンの動きが活発化するのは3~6ヶ月後。

 まだ、焦る段階じゃない。


 アレクセイは頭の中でいろいろとアイディアを転がす。

 その横顔にポーラの視線が吸い込まれる。

 しばらく考え込んでいたアレクセイだが、じっと見つめるポーラに気がつく。


「ん? 僕の顔になにかついてる?」

「いえ」


「御領主様が真剣に考えていたので……」

「まあ、考えることはいっぱいあるからね。これからもっと忙しくなるよ」


 ――御領主様はいつも村のことを考えてくださります。私も早くお役に立てるようになりたいです。


「じゃあ、そろそろ移動しようか。次が最後の場所だよ」


   ◇◆◇◆◇◆◇


【村の倉庫】


 村の倉庫には次から次へと物資が運ばれてくる。


 子どもたちが拾い集めた魔石。

 リシアとディーアが作成したポーション。

 ナニー主導で作られた備蓄食料。


 数人の村人がせわしなく動き回り、陣頭指揮を取っているのはスージーだ。


「それはこっちに。魔石は分類係に渡して下さい」


 スージーの指示出しが途切れたタイミングを見計らって、アレクセイは声をかける。


「やあ、お疲れさん。調子はどう?」

「あっ、アレク様。そろそろ終わりが見えてきましたよ」

「あとひと息、頑張ってね」

「はいっ! アレク様のお言葉で元気モリモリですっ!」


 全身で元気アピールをするスージーの姿を見て、アレクセイは微笑む。


「それにしても、アレク様は凄いですね。ほとんど予想通りです」

「なに言ってるの。スージーと一緒に導き出したんじゃないか」


 スタンピード発生前から、二人は計算していた。

 その規模。得られる魔石の量。

 そして、その結果はほぼ予想通りだった。

 お互い謙遜しているが、二人の力を合わせた結果だ。


 二人だけに通じる空気を感じ、ポーラは羨ましく思う。

 その視線に気づいたスージーはポーラに向かって話す。


「今日一日、アレク様に同行して、どうでした?」

「御領主様は凄いお方です。一日だけでもたくさんのことを学ばせていただきました。でも、私はまだまだ……」

「ううん。それがわかってるなら十分よ」


 スージーは微笑みを向ける。

 私もスージーさんみたいになりたい、とポーラは思う。


「ポーラ、ちょっとあっちに行こう」

「はい」


 倉庫の片隅、そこでは魔石の整理・分別が行われていた。

 仕切っているのはアントン。

 他には、計算ができる数名と、力仕事が得意な数名。


 戦利品の魔石は膨大な量だった。


 ゴブリン。

 オーガ。

 そして、キングオーガ。


 種類ごとに木箱に詰められていく。


「これ全部でいくらくらいになるんですか?」


 詰め込み作業を見ていたポーラがアレクセイに尋ねる。


「そうだね――」


 アレクセイには予想がついている。

 だが、ここは答えを教えるのではなく――。


「これはゴブリンの魔石だ。これ1個で100ゴル」


 小さな魔石を手のひらに乗せて見せる。

 それに続いて――。


「こっちはオーガだね――」


 それぞれの魔石の相場価格を教える。

 続いて――。


「それぞれ数は――」


 魔石の数も教えて、ポーラに問いかける。


「全部でいくらになると思う?」


 問われたポーラ、すぐさま口を開く。


「3878万ゴルです」


 これにはアレクセイも驚いた。


 ――僕より計算速いじゃないか。


「うん、正解だよ。これからは、計算はポーラに任せようかな」


 アレクセイが告げると、ポーラはぱぁっと笑顔を浮かべる。


「あの、御領主様……」


 もじもじと、切り出しずらそうにポーラは言う。


「なんだい?」

「私も……これから……頑張ったら……ご褒美……もらえますか?」

「えっ、なに言ってるの?」


 拒まれたと思ったポーラがしょんぼりした瞬間――。


「ポーラは今日、いっぱい頑張ったじゃないか」


 くしゃくしゃと髪を撫でられ、ポーラは眉を上げて、頬を緩ませる。


「いいよ、ご褒美。なんでも言ってごらん?」

「抱っこして……欲しい……です」


 ポーラは幼い頃に父を亡くした。

 リシアにとってお兄ちゃんなら、ポーラにとっては父親だ。


「ああ、もちろんだよ」


 アレクセイは幼く軽い身体をすっと持ち上げる。

 ポーラは顔をアレクセイの胸にうずめる。


「寂しいときはいつでも言うんだよ」


 亡き父を思い出したのか、ポーラの目からひと筋の涙がこぼれた。

 優しく撫でられながら、彼女はこくこくと小さく頷く。

 アレクセイの腕の中で、ポーラは暖かさに包まれる。


 しばらくの間、二人はそうしていた――。


「もう、大丈夫……です」


 降ろされたポーラの顔は赤い。

 アレクセイの熱が移ったのか、彼女の気持ちの表れか。

 ポーラがドギマギしていると、そこにスージーがやって来た。


「ポーラもご褒美もらったんですね」

「はい」

「アレク様は、みんなにご褒美を配っていたみたいですね」

「さすが、耳が早いね」

「アレク様、仕分けは全部終わりました」

「ご苦労さま」

「お姉ちゃんにも、ご褒美ありますよね」

「ああ、もちろん。夜になったら、たっぷりね」


 二人のやり取りはまだ幼いポーラには理解できなかった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『村に商人がやって来ます。』

12月2日更新です。



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