第64話 スタンピードの後始末です(中)。
【ポーション備蓄】
村に戻ったアレクセイとポーラは村長宅を訪れた。
調合室ではリシアとディーナがポーション作成に勤しんでいる。
いつもは二人きりだが、今日は複数の村人もサポートしている。
昨日の戦いではポーションを大量に消費した。
今後に備えて、ポーションは作り溜めしておきたい。
「どう、調子は?」
「魔石がいっぱいすぎて、てんてこ舞いですっ!」
部屋の片隅に山と積まれた魔石。
手伝いの村人は魔石を砕いて、すり潰し粉状にする。
魔石を魔素パウダーに変える作業だ。
この作業は錬金技術は必要ない。単純な力作業だ。
魔素パウダーづくりは村人に任せ、リシアとディーナは出来上がった魔素パウダーを用いて、次から次へとポーションを作っていく。
二人とも一生懸命なのはいいが、アレクセイには
「二人とも、ちょっと手を止めてもらえるかな? 訊きたいことがあるんだ」
ポーラはアレクセイの意図を悟り、大きく目を見開いた。
真面目な二人のことだ。
アレクセイが「休憩してもいいよ」といったところで、休んだりしないだろう。
だから、休まざるを得ない状況を作り出したのだ。
「他のみんなも休憩にしよう。リビングに移動だ」
アレクセイの言葉で、みんなが移動する。
慣れない作業で肩が凝ったのか、腕をもみほぐしていた。
「てきとうに座ってくれ」
アレクセイはそう言うとテキパキとお茶の準備を始めた。
領主が手ずから茶を淹れる姿を見て、村人は慌てるが――。
「いいから、いいから。みんな頑張ってくれたんだから」
村人は皆、知っている。
あのスタンピードで誰よりも働き、誰よりも危険を犯し、誰よりも戦ったのは――アレクセイだと。
「ナニーの特製ブレンドだから、美味しいと思うよ」
そう言って、アレクセイは順番にくばっていく。
そして、皆に行き渡ると――。
「リシアとディーナはちょってこっち来て」
村人から離れた場所に腰を下ろすと、二人にも座るようにうながす。
「うん、美味しいね。二人も飲んでみてよ」
「あっ、美味しい」
「美味しいですね」
「ポーラはどう?」
「はい、とっても美味しいです」
「疲れが取れるってナニーが言ってたけど、その通りだね」
二人とも少し疲れた顔をしていたが、お茶を飲むうちに、顔色がよくなる。
「すごい、楽になった」
「ホントね」
気が張っていたせいで、疲れていることに自分では気がついていなかったのだろう。
ひと息ついた二人にアレクセイが語りかける。
「それで、アレの調子はどう?」
「うんっ! 順調だよ。毎日作れてる」
アレとはトリートメントシャンプーのことだ。
この村の発展のカギとなる特産品。
リシアにしか作れない一品。
一日ひとつしか作れないが、その希少性がより価値を高める。
「気持ちは変わっていないんだね?」
「うんっ!」
「はい」
トリートメントシャンプーは大金で売れる。
これを売るだけで、リシア一家は贅沢な暮らしができる。
だが、リシアもディーナもそれを望まなかった。
儲けは村全体のもの。
村を良くするためにアレクセイに使ってもらうことが、二人の望みだった。
アレクセイは「気が変わったら、いつでも教えて」と言ってある。
今回、あらためて訊いても、心変わりはしていなかった。
「あのー、お兄ちゃん……」
「ん? なんだい?」
リシアはアレクセイのことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。彼女が望み、アレクセイが認めたからだ。
それが広まって、村の子どもにも同じように呼ばれたりもする。
「お金はいらないけど、ご褒美が欲しいな……」
「そうだね。なにがいい?」
「また、一緒に添い寝してくれる?」
「ああ、もちろん。構わないよ」
「わ~い、やった~」
無邪気に喜ぶリシア。
そのとき、アレクセイとディーナの目が合う。
視線が絡まり、すっと解ける。
浮かれるリシアは気がつかなかったが――。
家を出ると、ポーラがアレクセイに尋ねた。
「御領主様。さっきのは、どういう意味なんですか?」
「さっきの?」
「御領主様とディーナさんが目配せしたことです。二人の間でなにか合意があったようですが、私にはその意図が掴めませんでした。ご教示いただけませんか?」
この質問にはアレクセイも面食らった。
ポーラの鋭い観察眼に驚愕するとともに、どうするべきか悩む。
彼女の問いにはすべて答えるつもりだったが、これはどうしたものか……。
ポーラはまだ七歳。
さすがに男女の機微について教えるには早すぎる。
アレクセイにしては珍しく、言い淀んでしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
【食料】
「領主さま~」
二人が村中央の調理場を訪れると、ナニーがお玉を振って出迎える。
彼女を中心に婦人方が料理に
「やあ、ナニー。調子はどう?」
「はいっ! 昼食は完成したので、早速、実験に入ってます~」
いつもは広場に集まって皆で昼食をとる。
だが、今日は大忙しなので弁当だ。
今はちょうど、出来上がった弁当を婦人方が箱に詰めているところだった。
「それで、どう? 実験の方は?」
「ええ、さすがは領主さまのアイディアですね。上手くいきそうです~」
「助かるよ」
アレクセイはナニーのギフト【管理栄養士】の力で、ある種の食べ物を生み出せないかと考えた。
これがあるかないかで、領地の発展が大きく変わる。
順調そうな様子にアレクセイは満足げに頷く。
「どうせなら、完璧な物を仕上げたいです~」
「ああ、食材は好きなだけ使っていいよ」
成果を考えれば、食材費なんて安いものだ。
「それと、あの~」
「ん?」
ナニーが上目遣いで切り出す。
実にあざとい仕草だったが、アレクセイは動じない。
「完成したら、ご褒美が欲しいです~」
――さっきと同じだ。みんな、御領主様からご褒美欲しいんだ。
ポーラはそう思う。
「ご褒美? ああ、珍しい食材でも仕入れようか?」
「む~」
ナニーはほっぺを膨らます。
「そうじゃないです~」
「あはは。分かってるよ」
アレクセイはナニーの望みを知った上で
「これは前払いね」
「はふぅ~」
アレクセイは出し抜けにナニーを抱き寄せた。
カランと音を立てて、お玉が地面に落ちる。
「じゃあ、頑張ってね」
アレクセイが身を離すと、夢見心地だったナニーは我に返る。
両手をグッと握りしめ、笑顔を咲かす。
「はいっ! やる気百倍です~。頑張ります~」
落ちているお玉を振るうと、最初の倍くらいの勢いでブンブンと振り回した。
――自分も頑張ったら、ご褒美もらえるかな……。
そのときはなにをお願いしようか――ポーラは真剣に考えていた。
◇◆◇◆◇◆◇
次回――『スタンピードの後始末です(下)。』
11月25日更新です。
ボイコネでも活動始めました。
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