第59話 SS02 スージーのおねだりです。

第23話、リシアにシャンプーした日の夜のお話です。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 アレクセイが家に戻って待っていると、仕事を終えたスージーが帰っていた。


「ただいまですっ!」

「おかえり」


 スージーはアレクセイに歩み寄り、指を突きつける。


「お姉ちゃんはっ、断固っ、要求しますっ!」

「ああ、もう知ってるんだ。さすが、耳が早いね」

「当然ですっ! お姉ちゃんですからっ!」

「もちろん、そのつもりだよ」


 アレクセイはトリートメントシャンプーの入った小瓶を振って見せる。

 ピンクのドロッとした液体が揺れる。


「さすがはアレク様ですっ!」

「もう準備もできてるよ。こっちにおいで」

「はいっ!」


 テーブルにはお湯が張られた桶が湯気を立てている。

 リシアにやったように、テーブルに背を向けた椅子に座らせる。

 スージーは期待に軽く肩を揺すった。


「じゃあ、顔にタオル乗せるね。目を閉じて」

「えっ!?」


 ふわりと顔に乗せられた柔らかいタオル。

 予想していなかったので、スージーは驚きの声を上げる。


「どうしたんですか?」

「水が跳ねても大丈夫なようにだよ」


 もっともらしい理由だったが、腑に落ちない。

 なぜなら――。


「いつもはこんなことしないじゃないですか」

「ああ、トリートメントシャンプーは目に染みるからね」

「いや、それ、絶対に嘘ですよね」

「あははっ」


 スージーにはバレバレだったが、アレクセイは元より騙せるとは思っていない。

 こんなやり取りも、二人にとっては心地良いじゃれ合いだ。


「いいから、目を閉じて。さあ、始めるよ」

「はいっ」


 スージーはアレクセイのシャンプーに慣れている。

 伯爵家にいた頃は頻繁ひんぱんにやってもらっていた。


 だが、たった一枚のタオルがあるだけで、なにかが起こりそうな予感が生まれる。

 期待と不安でスージーの胸が高鳴った。

 そんな彼女の髪にアレクセイの手が伸びる。


「うん。やっぱり、綺麗な銀髪だ。これがもっと綺麗になるんだよ。楽しみだ」


 壊れ物を扱うかのように、慎重な手付きで銀髪を梳きながら、お湯で濡らしていく。

 それから小瓶のフタを取ると――。


「いい香りですね」

「ああ、森の中にいるみたいでしょ」

「はい。気持ちいいです……」


 スージーは香りを大きく吸い込む。

 香りは鼻を通り抜け、肺の中を、身体中を、こずえが揺れるざわめきが駆け巡る。

 視界を遮られているせいで、本当に森林浴をしているように思える。


 スージーはアレクセイにゆだねる――。


「さあ、始めよう」


 まずは湯で温められた髪に、ひんやりとした感触。

 それがアレクセイの手で髪全体に広げられる。

 髪にトリートメントシャンプーを馴染ませると、その指先はスージーの頭皮に伸びる。


「あっ!」


 ぞくりと、スージーの背筋を小さな快感が走り抜ける。

 そして、心地よい波は二度、三度、立て続けに彼女を襲う。

 まるで意思を持った生き物が複数、這い回るように感じた。

 だが、それは不快ではなく、むしろ――。


「やっ、やっぱり、いつもと違いますよねっ?」

「そう?」


 スージーには見えないが、アレクセイの顔は真剣そのもの。

 全神経を指先に集中し、スージーの反応を確認しながら、どう動かすべきかを探っていく。



「僕は気づいたんだ」

「はふぅ」


 アレクセイの言葉にスージーの吐息が重なる。


「僕は君に甘えてたよ」

「そっ、そんなことはないですよっ!」


 快感に身を委ねながら、スージーは否定する。


「この村に来て、多くの人に出会い、僕は気づいたんだ」


 なんだろう?

 そう思いながらも、気持ち良すぎて口を開けない。


「僕は誰よりも君のことを知っている。でもね――」


 アレクセイの声が遠くなる。


「だからと言って、君のすべてを知ってるわけじゃないんだ」

「…………」

「他の人と出会い、今まで知らなかった新しい君を知ることができた」

「…………」

「だからね、これからも新しい君を発見したい。これはその手始めだよ」

「…………」

「どこをどうすれば気持ちいいか。君自身すら知らなかったツボを探していくよ」

「アレクさまぁ……」


 アレクセイの手の動きに合わせ、大きな波が全身を襲う。

 そうつぶやくのが精一杯だった。

 その直後、背中をゾクリと撫でられるような感覚。


「やっ……」

「嫌なの? なら、やめるけど?」


 アレクセイはピタリと動きを止める。

 スージーは息も絶え絶えだ。


「むぅ。アレク様はイジワルですぅ」

「じゃあ、どうして欲しいか言ってごらん?」

「いやじゃっ、ないでっ、すっ。つっ、つづけてっ、くださいっ」


 身の焦がれる思いの中、なんとか答える。


「わかった。続けるよ。ここからは本気だ」

「あんっ!」


 アレクセイも目を閉じる。

 視覚を遮断し、指先の感覚だけとなり、探っていく。

 危険な森を探索するときに負けず劣らずの集中力で、指は髪をかき分けて進んで行く。


 人差し指の腹で軽くる。

 スージーの首筋がピクリ。

 ここが良いらしい。

 その場所を行ったり来たり。

 強く、弱く、緩急をつけて刺激していく。


「ああっ。そっ、そこっ!だっ、だめですぅ」

「ダメなの? やめる?」

「…………(ふるふる)」


 スージーは首を振るので精一杯だ。

 その場所をひとしきり撫で回すと、次の場所を求めて十本がうごめく。


「はぅぅぅ」


 甘い吐息が漏れる。

 左手の中指にひっかかった。


「んんんんんっ」


 今までで一番大きな波が襲う。

 唇を噛んで必死に我慢する。


 ひっかかったのはアレクセイも、スージー本人も、知らなかった場所。

 スージーをよろこばせるポイント。

 新たな発見にアレクセイも嬉しくなる。


 トントントントントン――。


 リズミカルに。

 踊るように中指が飛び跳ねる。


 そのたびにスージーもピクリピクリと身体を揺する。

 もう限界だった。

 両手で太ももを握りしめ、快感に耐える。

 指先が白くなるほど食い込んでいた。


「あっ、ああっ、あああっ、あぁんん~」


 ついにこらえきれなくなった。

 短い声が静かな部屋に響く。


 アレクセイの手指はさらに動き回る。

 頭皮に隠されたありとあらゆるツボを撫でるように、擦るように、押すように――愛でていく。


 指の動きが速まるにつれ、スージーの嗚咽も小刻みに加速し――。


「あああああああああっ~~~~」


 スージーの身体がビクンと跳ねる。

 頭の中は真っ白。

 どこまでも、どこまでも、落ちていく――。





 ――スージーが目を開けると、満足げなアレクセイの笑顔。


「どう、喜んでもらえた?」


 目が合うとスージーはだってしまう。

 思わず手元にあったタオルで顔を隠す。


 自分でも知らなかった快楽。

 それを暴かれたという羞恥心。


 アレクセイが言う通り――自分もアレクセイもお互いを分かっている気でいた。

 でも、それは勘違いだ。

 まだまだ、お互い知らない部分がいっぱいある。


 今はまともに顔を合わせられない。

 タオルの影からちょこんと顔を出し――。


「今度はお姉ちゃんの番ですからねっ!」


 悔し紛れにそう言うしかなかった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 シャンプーしただけですよ。


 次回――『女子会です。』

 8月13日の更新予定です。

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