第48話 ポーラが心を開いてくれました。

 アレクセイたちは沈んだ空気で村に戻った。

 いつもはたくさんの収穫物を背負い、笑顔で帰ってくる調査隊。

 普段とは違う空気を察したようで、村人たちも静まり返る。


「ご領主様、いったい……」とアントンが様子を伺う。

「まずはアントンだけに伝えたい。村人にどう話すかはアントンに任せるよ」

「はいっ。では、我が家に――」


 人払いをしてもらい、村長宅にはアレクセイ、スージー、アントンの三人が向かい合って座る。


「アントン、これに見覚えは?」


 ダンジョン入口にあった封印のアミュレットを見せる。


「こっ、これは……」


 アントンはアミュレットに目を奪われ、しばし黙り込む。

 やがて、大きく息を吐いてから、語り始めた。


「これはご先祖様の開拓団が持ち込んだものです」

「詳しく教えてもらえるかい?」

「三年前、五人の調査隊が森に入り、消息を断ったのです。村の主力でした」


 アントンは顔を歪め、拳を強く握りしめる。


「戦力を失った我らは森深くに立ち入れることができなくなりました。無念でしたが、彼らがどうなったか、それを調べることすらできなかったのです」


 アントンの頬を涙が伝う。


「彼らが村を守ったんだ。彼らは英雄だよ」


 アレクセイの言葉にアントンはうなずく。


「封印のアミュレットは注いだ魔力に応じて有効期限が長くなる。三年間も保ったのは、アミュレットの性能が良かったのもあるが、調査隊の皆が命を捧げたからだ」


 命を搾り取るほどの魔力――。


「遺跡からあふれるモンスターと戦いながら、命がけで魔力を注ぎ込んだはずだ。村に伝達する余裕もなかったんだろうな」

「…………」

「アミュレットを持っていたのは?」

「……ポーラの父、アレキシという男です。村一番の兵士でした」

「そう、か……」


 ポーラの父の死因が明らかになった。

 彼女が四歳のときの話だ。

 アレキシの名誉ある最期は、ポーラの支えになるだろう。


「残念ながら、他に遺品は残っていなかった」


 魔の森はすべてを飲み込む。

 死体も持ち物も。


「アミュレットしかないけど、五人を弔ってあげよう」

「そうですな……」


 アントンは深く頭を下げる。


「ご領主様、ありがとうございます。これで彼らも浮かばれることでしょう」

「ああ、そうだね。でも、供養はそれだけじゃ不十分だ」

「と申しますと?」

「一週間後にスタンピードが起こる」

「スタンピード……」


 アントンはスタンピードがなにか知っていた。

 途端、彼の顔は青ざめる。


「そのモンスターを全滅させる。一人の犠牲も出さずに」

「ご領主様……」

「大丈夫。今の僕たちなら、絶対に成功する」

「分かりました。村人一同、ご領主様のもと、全力でことに当たらせていただきます。どうか、我らをお導きください」

「ああ、任せてくれ」


 その後、葬儀を行うことが決まり、村長は村人たちにそのことを伝えた。

 アレクセイは一人、村外れの大樹に向かう。


 いつものように、ポーラが大樹の根本に座り読書中だった。

 ポーラはアレクセイの接近に気がつき、顔をあげる。

 以前は区切りのいいところまで読書を中断しなかったポーラだったが、交換日記を始めてから変化が起きた。

 どちらにとっても、嬉しい変化だ。


 アレクセイは交換日記をポーラに手渡す。


『ポーラのお父さんの最期が分かったよ』


 冒頭の一文に驚いたのか、ポーラは顔を上げてアレクセイを見る。

 アレクセイがうなずくと、ポーラは視線を落として、続きを読み始めた。


 そこには、今日の発見。ダンジョンのこと。そして、ポーラの父アレキシの最期がアレクセイの筆で書かれている。


 ポーラはそれをじっくりと読み込む。

 彼女は文字を読むのも、書くのも並外れて速い。

 並の官吏よりも、よっぽど優秀だ。


 そんな彼女が、言葉のひとつひとつを噛みしめるように行き来しつつ、ゆっくりと時間をかけて自分の中に取り込んでいく。


 やがて――パタンと日記が閉じられる。


 ポーラは放心状態だ。

 そんな彼女にアレクセイがアミュレットの残骸を手渡す。


『パパの遺品だよ。君のパパが村を守った証だ』――の一文を添えて。


 ポーラがアミュレットを手にすると、彼女の中に熱い想いが流れ込んできた。

 アミュレットに留まっていたアレキシの残留思念だ。


 最後に見たときと同じ父の姿が浮かび上がる。

 ポーラにしか見えないまぼろしだ。


 ――ポーラ、元気にしてるかい? 母さんを困らせてないかい?


 ――この想いが届いたということは、ポーラは無事だったんだね。安心したよ。


 ――ごめんな。父さん、戻ってやれなくて。


 ――でも、こうするしかなかったんだ。ポーラに恥ずかしくないように生きるには、こうするしかなかったんだ。


 ――今はまだ分からないかもしれない。いや、賢いポーラなら分かってくれるかもね。ポーラや母さん、みんなを守るために死ねるのは、パパにはとっても幸せなことなんだ。


 ――パパはひとつだけ心残りがある。ポーラが成長する姿を見届けられなかったことだよ。


 ――もっとお話がしたかった。

 ――もっと一緒に遊びたかった。

 ――もっと頭を撫でたかった。

 ――もっと抱きしめたかった。


 ――ポーラが大きくなるのを見たかった。


 ――もう会えないけど、パパは空の上からいつもポーラのことを見守っているよ。


 ――だんだん、暗くなってきた。浮かぶのはポーラの顔ばかりだ。笑った顔。怒った顔。悲しそうな顔。自身に満ちた顔。みんなパパの宝物だよ。


 ――ポーラ、パパの娘に生まれてきてくれてありがとう。


 その言葉を最後に、父の姿が掻き消える――。


「パパ……」


 一筋流れる涙とともに、ポーラは声を発した。

 聴き間違えかと思うほど小さな声だったが、それは間違いなく三年ぶりの声だった。


「ポーラ……」


 止まっていたポーラの時間が流れ始めた。

 アレクセイの肌が粟立つ。


 ポーラは立ち上がると、心配そうに見守っていたアレクセイに抱きつき、わんわんと大きな声で泣き叫んだ。

 大人びたいつもの雰囲気はどこかに、年相応の子どもそのままだった。


 アレクセイはポーラの背中をさすり、泣き止むまで胸を貸す。

 やがて、落ち着いたポーラはアレクセイから離れる。

 そして、アレクセイ向かって頭を下げ――。


「御領主様、ありがとうございました」


 しっかりとした大人びた口調だった。


「しゃべるようになったね。良かったよ」

「はい。これも領主様のおかげです。それに――」


 力のこもった瞳でアレクセイを見つめる。


「――父が背中を押してくれたんです」

「ポーラのお父さんは立派な最期だったよ。命を賭けて村を守ったんだ。君のお父さんは村の誇りだよ」

「はい。これからは父に恥じない生き方をします」

「一週間もしたら、遺跡のモンスターが襲ってくる。お父さんの敵は僕が討つ。ポーラも力を貸してくれるかい?」

「もちろんです。今日から私は臣下として、この命を御領主様に捧げます」


 ポーラが足元にひざまずく。


 その瞬間、ポーラの身体が光につつまれ――。


〈ポーラを臣下に加えました〉


 脳内にアナウンスが流れる。


 これで村人全員がアレクセイの臣下となった。

 アレクセイが【臣下リスト】でポーラのステータスを確認すると――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『五人との別れです。』



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