第47話 モンスター発生の原因が分かりました。

「ダンジョンについて分かったよ。今までモンスターが出なかった原因はだ」


 アレクセイはダンジョン入り口にかけられている物を指差した。


「みんな、近くに寄って欲しい」

「こっ、これは……」


 そう言ったまま、メルタは口を閉ざす。


「封印のアミュレットだ。これがモンスターの出現を抑えていたんだ」


 ミスリルのチェーンに虹色に輝く大きな魔石――封印のアミュレットと呼ばれるものだ。

 メルタは黙ったまま、アミュレットを凝視していた。


「何年前からか分からないけど、これが守ってくれてたんだね」


 ダンジョン入り口に張られた玉虫色の結界。

 アミュレットの力でモンスターが外に出られないようにしていたのだ。


「素晴らしい一品だね。これほどのアミュレットは初めて見たよ」


 普通のアミュレットの効力は一週間から一ヶ月程度だ。何年も効力を発揮するものは滅多にない。


「だけど、そろそろ限界だ」


 アミュレットの魔石には大きなヒビが入っている。

 壊れるのは時間の問題だった。


「結界が弱まったから、モンスターが現れたのですか?」

「ああ、そうだね。結界が弱まって、少しずつ溢れてきたんだね」

「もし、完全に壊れたら……」

「スタンピードが起きる」


 アレクセイの言葉に、スージーとマーロウの顔がこわばる。


主様ぬしさま、スタンピードとは?」


 震える声で、メルタが問いかける。


「ダンジョンは定期的にモンスターを産み出す。間引かないとどんどん溜まっていくんだ。そして、一定数を超えると、モンスターはダンジョンから出てくるんだ」

「…………」

「だけど、このダンジョンはアミュレットで塞がれていたから、モンスターは外に出られなかった。今、ダンジョンの中は数年間かけて溜まった大量のモンスターで飽和している。アミュレットが効力を失ったら、その大量のモンスターが一気に出てくる――それがスタンピードだ」

「えっ……」


 メルタの背中を冷たい汗が伝う。


「大丈夫だよ。打つ手はあるから」


 アレクセイは安心させるように笑顔で告げる。

 メルタの固い顔が少し和らいだ。


「それより、このアミュレットに見覚えは? 間違いなく、ウーヌス村のものだと思うけど?」

「……はい」


 ――やはり、そうか。


 アレクセイは大体の事情を理解した。

 察していた通りだったことをメルタの態度が伝える。


 メルタの瞳からつぅと涙が垂れる。

 ガタガタと全身を震わし、フラフラと揺れる身体をスージーが優しく抱きとめる。


「どうやら、過去になにかあったみたいだね」

「(コクリ)」


 メルタは震える身体で、弱々しくうなずいた。


「その人たちに感謝しないとね。彼らは命を賭けて村を守ったんだ。誇りに思うよ」


 アレクセイの言葉に、メルタの涙腺が決壊し、子どものように大きな声で泣きじゃくる。

 メルタは会話ができる状態ではない。


 アレクセイがそっと頭を撫でると、メルタはその身体をアレクセイに預ける。

 アレクセイがメルタの頭を胸に抱き、優しく背中をさすると、メルタの嗚咽はさらに大きくなる。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん…………」


 こういうときは、一度出し切った方がいい。


「無理しなくていいからね。時間はたっぷりある。気持ちが落ち着くまで、ゆっくり待つよ」


 メルタが落ち着くまで、アレクセイは背中をさすり続けた――。


「――主様ぬしさま、ありがとうございました。落ち着きました」


 メルタはそっとアレクセイから離れる。

 スージーが手渡したハンカチでぬぐった目元は赤くなっていたが、落ち着きを取り戻していた。


「詳しい話は村長に訊いた方がよさそうだね」

「そうしていたけると、助かります」


 せっかく落ち着いたところだ。思い出したらまた感情が噴き出るだろう。

 アレクセイはそれ以上尋ねかかった。


「スージー、新しいアミュレットを」

「はいっ」


 アイテムバッグからアミュレットを取り出す。

 付属する魔石は、今のに比べて二回りも小さかった。


「今はこれしかないからね。でも、一時しのぎにはなるよ」


 ダンジョンはいきなり出現する。

 ダンジョンが発見されたら、封印のアミュレットで時間を稼ぎ、その間に対策を練るのだ。

 領地を預かる者としては、封印のアミュレットは欠かすことができない。


「ガラクタが役に立ちましたね」

「ああ、ホントだよ」


 封印のアミュレットは非常に高価な品だが、実家から持ち出した骨董品を売り払って入手していた。

 あの資金がなければどうなっていたことか、と二人で胸を撫で下ろす。


 アレクセイは古いアミュレットを取り外し、新しいのを設置する。


「みんなで魔力を流し込むんだ。帰りもあるから、ほどほどでいいよ」


 アミュレットは魔力を流し込むことによって結界を発生させる。

 まずはアレクセイがアミュレットを握り、魔力を流し込んでいく。全魔力の八割程度だ。

 新しい玉虫色の膜がダンジョン入り口に張られる。

 続いてスージー、マーロウの順に魔力注入を行う。


「メルタの番だけど、大丈夫?」


 メルタはうなずき、アミュレットに向かう。

 その足取りはしっかりしていた。

 魔石を握り、目を閉じる。

 なにかに祈るようにして、魔力を流し込んでいく――。


 すると――アミュレットが輝き出した。


「うん、これで大丈夫。もういいよ」


 手を離したときには、メルタの目はしっかりと前を向いていた。


「これで一週間はモンスターが出て来ないはずだ。その間に、迎撃体制を整えよう」


 そのとき、アレクセイの手の中で、古いアミュレットの魔法石がパリンと砕ける。


「今まで村を守ってくれてありがとう」


 結界を張り直した一行は村へと戻ることにした。

 その帰り道、メルタがアレクセイに話しかける。


主様ぬしさま、また辛いときは、胸をお借りしても、よろしいですか?」

「ああ、もちろんだよ」


 アレクセイは笑顔で応えた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ポーラが心を開いてくれました。』

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