第46話 ダンジョンです。

「ダンジョンだね」


 自然に生じたとは思えない、隙間なく組まれた巨石。

 人を誘うようにポッカリと口を開けていて、中は暗くて見通せない。


 アレクセイの知るダンジョンそのものであった。

 実物を見るのは初めてだったが、その姿、そして、魔力の流れは文献で見た通りだ。


「これがモンスターが増えた原因でしょうね」

「ああ、間違いないだろう」

「でも、不思議ですね」

「ああ。古くはないが、新しくもない」


 ダンジョンは前触れもなく、突然現れる。

 ある日突然、地面が揺れて、地中からダンジョンの入り口が顔を出すのだ。

 珍しい現象ではあるが、数年に一度は起こる現象だ。


 アレクセイは意外に感じた。

 最近、急増したモンスター。

 ゴブリンがコロニーを作るほどなのは、最近ダンジョンが生まれたからだと思っていた。


 ダンジョンは次から次へとモンスターを産み落とす。

 そして、あふれるほど増えきったモンスターは、ダンジョンの外に出て、人間を襲う。


 文献から得た知識から、半年から三ヶ月ほど前にダンジョンができたのでは――アレクセイはそう予想していた。


「だが、そんな最近ではないみたいだね」


 ダンジョン入り口の石壁にはつたが絡まり、苔がしている。

 地上に出現してから数年が経過しているのは明らかだ。


「これは――」

「結界が張ってあるね。メルタはなにか思い当たる節はないかな?」


 ダンジョン入り口に玉虫色の膜が張られている。

 魔力的な結界だ。


「多分――」

「坊っちゃん、モンスターがダンジョンから出て来ます」


 メルタがなにかを言おうとしたところで、【第六感】で察したマーロウが遮った。


 入り口に張られた結界が、外に向かってゴム膜のように伸び――限界まで伸び切ったところで、ポコンとダンジョンから生み出されたように一体のモンスターが現れる。

 結界は破れたわけではなく、元通りの姿に戻っていた。


「オーガかっ!」


 現れたの体長2メートルを超える、巨大な人型モンスター。

 固く盛り上がった筋肉に、額に生えた一本のツノ。


 手に金属製の棍棒を握ったオーガがドシンドシンとこちらに向かって来る。


「マーロウ、メルタ、下がれッ!」


 オーガはゴブリンなんかよりもはるかに強いモンスターだ。

 脅威度で言えば、一体でも先程のゴブリンコロニー以上。

 マーロウとメルタだったら、一撃喰らっただけで命に関わる。


「矢も毒矢もオーガの皮膚には弾かれる。安全なところまで退避しろ」


 二人が引くのを見て、スージーと顔を見合わせる。


「スージー、アレを試すよ」

「はいっ!」


 二人のまとう空気が一瞬で張り詰める。

 ゴブリン戦とはまったく違う真剣さ。

 二人の本気を初めて見るメルタの肌はゾクリと粟立った。


 オーガは標的をアレクセイに定めたようで、一歩ずつゆっくりと寄って来る。


『――忠義挺身』


 スージーはアレクセイの前に魔法障壁を作ると、立て続けに【操血術】を発動させる。


『――操血術【纏剣】』


 スージーの指先から噴き出た血流がアレクセイの持つ直剣を覆い尽くす。

 一回り大きくなった紅い刀身がオーガに向けられる。


 アレクセイの眼前に迫り、棍棒を大きく振り上げたオーガに向かって二人の声が重なる。


『――【血結剣】』


 高く掲げられた紅い剣。

 アレクセイは腕に力を込め――。

 スージーは血流を操って――。


 二人の力がひとつになって、オーガの巨体を袈裟斬りに真っ二つ。


 オーガの上半分は地面に滑り落ち、下半分は音を立てて倒れる。

 あっけない幕切れだった。


 スージーは【操血術】を解除する。

 体外に出ていた血液はするすると指先から身体の中に戻っていく。


「はぁはぁ」


 スージーは大きく息を吐くと、身体をふらつかせた。

 アレクセイは「大丈夫?」と彼女の身体を支える。


「ええ、ただちょっと血を使い過ぎたみたいです」

「うん。頑張ったね。マーロウ、敵の気配は?」

「しばらく大丈夫そうですな」

「じゃあ、二人は少し離れた場所で警戒してて」


 マーロウは事情を聞いているので、アレクセイの意図を察した。


「承知しました。メルタ嬢、あっちに行きましょう」

「(コクリ)」


 スージーはアレクセイの腕の中で、息を荒げている。

 額には汗が浮かび、苦しそうだ。

 二人が離れたのを確認して、アレクセイは首筋をスージーの口元に寄せる。

 そして、「ご褒美だよ」と髪を撫でながら、優しく告げる。


「アレク様っ……」


 スージーはアレクセイの肌に牙を立てる。

 ぷつりと肌を破る小さな音の後に、スージーが喉を鳴らす音が続く。

 スージーはアレクセイを貪り、アレクセイはスージーを強く抱く。


 ――刹那とも永遠とも感じられる時間が終わった。


「ふぅ。ごちそうさまでしたっ」


 スージーは口元についたアレクセイの血をペロリと舐める。

 苦しげな表情は消え、血の気が戻っていた。

 身体は熱く火照り、目は潤んでいる。

 アレクセイを掴む手には力が入り、本能がアレクセイを求める。


 アレクセイも昂ぶっていた。

 この前もそうだったが、血を吸われると、無性にスージーが欲しくなる。


 吸血という行為は、ただのエネルギー補給ではなく、より深い結び付きを求める。

 その本能的衝動を抑えるのは、どちらにとってもひと苦労だった。


「アレク様……」

「今は我慢だよ。僕も我慢してるんだ」

「はい。今夜は激しくしてくださいね」

「ああ、僕も抑えがきかなそうだ」


 二人は激しく抱きしめ合う。

 呼吸を合わせ、一緒に落ち着かせる。

 衝動が収まるまで、しばらくの時間が必要だった。


「――お待たせ。戻ってきていいよ」


 アレクセイの呼びかけで、二人が戻ってくる。

 メルタは顔を赤くしていた。

 行為を見ていたわけではないが、淫靡な気配は離れた場所まで伝わっており、メルタには刺激が強すぎたようだ。


「ダンジョンについて分かったよ。今までモンスターが出なかった原因はだ」


 アレクセイはダンジョン入り口にかけられている物を指差した。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『モンスター発生の原因が分かりました。』

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