第42話 ポーラと交換日記です。

 アレクセイとポーラの交換日記が始まった。

 交換日記と言えば、普通は一日交代でやり取りするものだ。


 だが、アレクセイが返事を書くと、すぐにポーラから返事が戻る。

 そんなわけで、一日数回、多い日には十往復以上のやり取りがあった。


 最初はぎこちないやり取りだったが、ポーラは少しずつ自分のことを話してくれるようになった。


 ポーラが最初に伝えてくれたのは――


『迷惑かけて申し訳ないです』


『領主様には村のために十分に尽くして下さってます。そのうえ、私にまで時間を割いていただくのは心苦しいです』


 ――謝罪だった。


 もちろん、アレクセイは『気にすることはない』と伝える。

 ポーラも大切な村人のひとりだし、幼い子どもを救うのも自分の務めだと思っている。

 それに加えて、アレクセイはポーラに自分の過去を重ねていた。


 母の顔を知らず、父からは無視される自分。

 父とは死に別れ、母には捨てられたポーラ。


 ――あのときの僕はなにを求めていたのか。


 僕にはスージーがいた。乳母であるスージーの母がいた。

 一人ぼっちではなかった。

 母代わり、姉代わりがいた。


 だけど、ポーラはひとりきりだ。

 村人は自分の子どものように優しく接しているが、やはり、親は特別な存在だ。

 とくに、親に捨てられたと思っているポーラにとっては。


『父に会いたがり、何度もせがんだせいで、私のことが鬱陶しくなったのでしょう。だから、私は母に捨てられたのです』


 母親に捨てられたのは自分が悪い子だったから――ポーラはそう信じている。

 その思いが、彼女から言葉を奪った。


『私がなにかを望めば、嫌われてしまう』


『怖いんです。また、捨てられるんじゃないかって』


『そう思っているうちに、しゃべれなくなりました』


 ポーラは自分の殻の中に閉じこもっているんじゃない。迷惑をかけると捨てられると思って、他人との距離をとり、関わらないようにしているだけなんだ。


 そして、話すことだけでなく――。


『村のみんなには申し訳ないです。みんな、私の顔を見ると悲しそうな顔をします。みんなを悲しませたくない。困らせたくない。なので、わたしは一人でいるようにしているのです』


『そうしているうちに、みんなの言葉が聴こえなくなりました』


 聴覚に異常はない。

 物音には反応する。


 しかし、他人の声が意味をなさないのだ。

 声は聞こえる。でも、言葉は聴こえない。


 彼女に残されていたのは、キリエとの筆談だけだった。


『キリエさんは神様に身を捧げています。私を捨てません』


 会話を失ったポーラは、キリエと筆談し、教会にある書物を読み耽った。


『本を読んでいるときだけは、嫌な気持ちを忘れられました』


『本はいろいろなことを教えてくれました』


 ポーラが様々な書物を読み漁ってきた理由が分かった。

 彼女自身、自分の問題をなんとか解決したいと思っている。

 しかし、他人とはコミュニケーションがとれない。

 そこで、解決方法を書物に求めたのだ。


『ですが、私が抱える問題の答えは教えてくれませんでした』


 ポーラはこの村しか知らない。


 この村の常識からしたら、「子どもを捨てる親」というのはありえない間違いだ。

 その間違いが起きたのを、ポーラは自分に原因があると思っている。


 どんな場合でも――子どもは悪くないのに。


 ポーラには外の世界を見せてやりたい。


 外の汚れた、汚い世界を。


 子どもを虐待する親。

 子どもから搾取する親。

 僅かな金目当てに我が子を奴隷商に売り払う親。


 ありふれた汚さだ。

 外の世界では、汚さであふれている。


 悲しいけれど、そんなのでいっぱいだ。


 ポーラに教えてあげたい。

 子どもを虐げる親はどこにでもいることを。

 そして、虐げられる子どもは、まったく悪くないことを。


 ポーラが書いた少し感情が滲んだ字を読みながら、アレクセイはそう思った。


『御領主様、ありがとうございます』


 やり取りを続けるうちに、ポーラの心は少しずつ溶けていく。


『最初は貴族様ということで恐れていました。また、こちらの気持ちも知らずに、踏みにじられるのかと怖かったのです』


『だけど、気がつきました。御領主様はお父さんと似ています』


『お父さんと同じ優しさを感じます』


『御領主様の期待に応えたいのですが、どうしたらいいのか、まだ分かりません』


『なにかきっかけがあれば解決できると思うのです。ですが、それがなにか分からないまま、何年もたってしまいました』


 アレクセイの返事は――。


『きっと、見つかるよ。僕も一緒に探してもいいかな?』


 交換日記を通じて二人の距離は縮まっていった。

 後はなにかきっかけがあれば、ポーラは以前のように会話を取り戻せるような気がする。

 だが、それがなにかは、アレクセイはまだ分かっていなかった。


 親からの愛情。

 ポーラにはそれが不足している。

 母親代わりはキリエに頼もう。


 そして――僕は父親代わりになれるだろうか?






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『キリエにはママになってもらいます。』

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