第43話 キリエにはママになってもらいます。

「キリエにお願いがあるんだけど」

「なっ、なんでしょうか?」


 話しかけられ、キリエの胸がドキリと弾む。

 アレクセイに笑顔を向けられるだけで、心臓はどっかに走って行ってしまいそうだ。


「お母さんになってもらえないかな?」

「へっ!?」


 心臓は急停止。

 時間が止まったかと思った。


「キリエにしか頼めないんだ」

「あのっ……お父さんは誰が?」

「ああ、それは僕がやるつもりだ」

「ええええっ!?!?」


 ――わたくしがお母さんになって、隣には頼りになる旦那さん。そして、二人の間にはカワイイ子どもが。


 キリエの頭の中に、理想の将来像が鮮明に描かれる。

 その夢にうっとりと浸りかけて、ハッと我に返る。


「でっ、でも……スージーさんに申し訳が……」


 アレクセイにはスージーがいる。

 生まれたときから一緒にいる、強い絆で結ばれた二人だ。

 その間に自分が割って入れるとは到底思えなかった。


 だが、アレクセイの返答はさらにキリエを驚かせる。


「ああ、スージーの許可はとってあるよ」


 ――えええええええっ!!!


 キリエは心のうちで大きな叫びを上げる。


 ――たしかに、スージーさんはアレクセイさまを独り占めしようとは思っていないようですが。それにしても開放的過ぎます。お貴族様はそういうものなのでしょうか?


 キリエの考える通り、貴族が複数の妻を持つのは普通のことだ。

 実際、アレクセイの父もそうだった。


 そして、大切なことに思い至る――自分の男性経験のなさに。

 キスはおろか、男性と接触したことは、ほとんどないのだ。

 数少ない経験といえば、転びかけたところをアレクセイに支えられたくらい。

 それだけでも、ウブなキリエにとっては思い出すだけで赤面ものだ。


「でも……わたくし……そういうのは……初めてで……」


 ――未熟なわたくしで満足していただけるのでしょうか。


「ああ、大丈夫だよ。最初はみんな初めてだから」


 ――やっぱり、アレクセイさまは経験済みなんですね。もちろん、相手はスージーさんですよね。


 キリエの脳内では、二人が一糸まとわぬ姿で交わる淫らな光景が繰り広げられる。

 とはいえ、男性の裸を見たことはないので、大切なところはボヤケていたが。


「どうかな?」


 アレクセイはキリエにとって理想の男性そのもの。

 ここまで真正面からプロポーズされたら、断れるわけがない。

 夢見心地で、キリエはプロポーズを受け入れる。


「…………ふつつかなわたくしですが、どうぞよろしくお願いします」


 幸せだった。

 これまで生きてきて、一番幸せな瞬間だった。

 楽な人生だったとは言い難いけれど、生まれてきてよかった。


 そして、至福の瞬間は、突如、崩壊する――。


「引き受けてくれてよかったよ。ポーラの母親役はキリエにしか頼めないからね」

「へっ!?!?」


 え?


 なに?


 どういうこと?


 ポーラの母親役?


 お母さんになって欲しい、ってそういう意味?


「ポーラには親代わりになる人間が必要だ。よろしく頼むよ」


 勘違いしていた自分。

 恥ずかしさのあまり、消えてしまいたくなる……。


 一方のアレクセイは、何事もないかのような笑顔。

 瞳の奥には、いたずらっ子のようなきらめき。

 アレクセイの意図にようやく気がつく。


「かっ、からかいましたね?」

「ごめんごめん、僕が悪かったよ」


 悪びれる様子のないアレクセイ。

 わざと勘違いするような言い方をしたのだ。


「もう!」


 頬を膨らますが、アレクセイは無邪気な笑顔を向けらるだけだ。


「アレクセイさまはイジワルですっ!」

「でも、今は緊張してないでしょ?」

「あっ!」


 言われて気がつく。

 アレクセイを前にすると、いつも緊張していた。

 今日も最初はドキドキしていた。

 でも、いつの間にか、普段の自分らしく振る舞えている。


「うん。こっちの方がいいよ」


 また、笑顔だ。

 この笑顔は反則だ。


 そのうえ、頭をポンポンされてしまえば、それ以上文句が言えるわけもなかった――。


「じゃあ、よろしく頼むよ」

「はいっ!」


 キリエは力強く頷いた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『第5章キャラクターリストです。』

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