第40話 ジバク草が栽培できるようになりました。
ジバク草を発見してから十日後、任せていたサブロから報告が入った。
「親方、成功っす! 親方の望んでた種が手に入ったっす」
「おっ、早かったね。じゃあ、見に行こうか」
こんなに短期間で結果が出るとは想定外だ。
「親方、おいら役に立てて嬉しいっす。ずっと畑を育ててきましたが、まさか、こんな方法があるなんて知らなかったっす」
「ああ、植物も人間と一緒だよ。子どもは親とは似ているけど、まったく一緒じゃない。それに、兄弟でも違いがある。植物の場合は、その違いが見分けにくいだけだよ」
「おいらたち五人はそっくりっすけどね」
「あはは。ともかく、その違いをはっきりさせるのがサブロの【品種改良】だ」
――品種改良。
どんな植物も次の世代へと種を残す。
基本的に種は親の遺伝情報を受け継ぐが、完全に一致しているわけではない。
種によって、どのような形質を持つかは異なるし、ときには突然変異種――親とはまったく異なった形質を持った種も出現する。
人間にとって有利な形質――。
多くの実をつける。
痩せた土地でも育つ。
病気に強い。
そのような種を選別し、繁殖させる。
それを何度も何度も繰り返していく。
「昔から、人間は品種改良を行ってきたんだよ。長い長い年月をかけてね」
「へえ、気の遠くなる話っすね」
有史以来、人類は自らに役立つようにと作物の品種改良を重ねてきた。
しかし、そう簡単に望むようなものは手に入らない。
百世代、千世代という長い長い時間をかけて、少しずつ品種を改良してきたのだ。
「ジバク草は育つのが早いから、品種改良には適してるんだ」
通常でも実をつけるのに一週間。
だが、今回の実験では、良質な土と肥料、そして、ゴロの【植物栽培】のおかげで、種を植えた翌日には実がなった。
さらに、サブロの【品種改良】には、それ以上の効果があった。
サブロが選別することによって、植えた種は望ましい形質を備えた種をつけやすくなるのだ。
この合わせ技で、最短ルートを通って、この短期間で成功にたどり着いたのだ。
「親方はいろんなことを知ってるっすね」とサブロが感嘆の声を上げる。
「ああ、本に書いてあったんだ」
この世界の本ではない。
ご先祖様が残した『ベーシックインカムへの道』のことだ。
ご先祖様がいた異世界では、品種改良の技術が発展しており、数十年、早ければ数年単位で新しい種が生み出されていた。
ご先祖様もこちらの世界で、品種改良を試したのだが、時間が足りず、思うような成果は出せなかったらしい。
それを可能にしたのが――サブロのギフト【品種改良】だ。
ご先祖様の悲願はアレクセイに受け継がれ、サブロの力を借りて、ようやく達成できたのだ。
「やっぱり、本は大事っすね。おいらも早く読めるようになりたいっす」
「じゃあ、勉強頑張らないとね」
「うっす。彼女にもっと美味しいもの食べさせてやるっす」
そんなことを話しながら、アレクセイとサブロは森の中の栽培場に到着する。
「見事だね」
「この真ん中のやつがそうっす」
実際は中を割って見るまで分からないが、【鑑定(植物)】で確認済みのサブロは自信満々で告げる。
「じゃあ、早速」
アレクセイは実をもぎ取り、ふたつに割る。
本来ならあるはずの赤い種――起爆種がなかった。
「うん、バッチリだね」
アレクセイが求めていた一番の条件は、「起爆種がない実」だ。
起爆種がなければ、実が爆発することもなく、安全に育てられる。
そして、起爆種がないことは、副産物としてもうひとつの条件をも満たすことになった。
アレクセイは魔素計を地面に挿して、土中の魔素を測る。
「思っていた以上に魔素が残ってるね」
ジバク草は育つために土の魔素を大量に消費する。
「必要な魔素の大部分は、起爆種を作るためだったっす」
「なるほど、そういうことか。これなら、連作は無理だけど、畑を作って栽培できるね。うん、大成功だ」
アレクセイはふたつに割った実の片方をサブロに渡す。
「食べてみよう」
「うす!」
二人同時にかぶりつく。
「あっ、甘いっす! すごいウマいっす!」
「自生してたやつより美味しいね。これはみんなにも早く食べさせたいな」
起爆種に回されるはずだった栄養と魔素がたっぷりと詰まっているのだろう。
先日食べた自生していた実よりも甘く、
「きっとみんな喜んでくれるっす!」
「ああ、そうだね。残りの実も収穫して戻ろうか」
「はいっす!」
「これからも【品種改良】を続けて、収穫祭までにはもっと甘い実をつけるようにしたいね」
「そうっす! 彼女を喜ばせるっす!」
サブロはやる気をたぎらせている。
やっぱり、「好きな女の子のため」っていうのはなによりのモチベーションだ。
「いいアイディアがあるんだ。最高の結婚式にするから、期待しててね」
「親方っ!!」
感極まったサブロは「おいらのために……」と目に涙を浮かべている。
これだけ喜んでくれるなら、どんな苦労でもしてやりたい――アレクセイはそう思った。
「さて、戻ろうか」
「うすっ」
二人は数個の実を抱え、村に戻る。
――ポーラにいいお土産ができたな。きっと、喜ぶだろうな。
その実のひとつは、ポーラに届けるつもりだった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『ポーラに餌付けします。』
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