第38話 村人が一触即発です。

 夕方には村外れに大量の魔硬竹の山ができ上がった。


「リシア、『魔覆液マナコーティング』はできた?」

「うん。ママと二人で頑張ったよ」


 魔覆液マナコーティングはポーションの一種で、塗布した物の表面を魔力の薄膜で覆うものだ。

 魔硬竹に塗れば、強度が大幅にアップする。


「よーし、えらいえらい」

「お兄ちゃん、頭撫でて~」

「ああ、いいよ」


 アレクセイの手の動きにリシアはふにゃんと蕩け、身体をあずける。

 二週間前にはなかった胸の膨らみが、アレクセイの腕に当たった。

 この前添い寝したときから何日もたっていないのに、またひと回り大きくなっている。


 ――ナニー料理の効果はすごいな。


 村人みんなが見違えた。

 男性はたくましい筋肉を、女性は健康的な柔らかさを手に入れた。


 なかでも、【怪力】ジロの筋肉成長は著しい。

 同じ顔の【農夫】五人組でも、ジロだけは遠くからでも見間違えないほど巨体になっていた。

 ムキムキの筋肉ダルマが、農地の外れから村まで届く大声で「マッスル、マッスル!」と叫ぶ声が今日も聞こえてくる。


 皆、互いの身体を褒め合い、自信を手に入れた。

 さらに、女性陣はトリートメントシャンプーのおかげで、サラサラツヤツヤな髪を手に入れ、肌もツルツルで健康的な赤味を帯び、男性陣の目つきが明らかに変わった。


「彼が『綺麗になった』って褒めてくれました」

「新婚の頃みたいにカミさんと仲良くしてますよ」

「いやあ、毎日、夜が楽しみで」


 などなど、アレクセイは村人たちからの多くの感謝を受けていた。


 リシアに関しても、身長はほとんど伸びず、十歳程度のままなのだが、身体全体が少女らしい丸みを帯び始めた。

 ちらとアレクセイの視界にディーナの巨乳が入る。


 ――母親譲りの大きな胸になりそうだな。


 リシアの頭を撫でながら、先日の感触を思い出していた。

 リシアの頭撫でが終わると、「じゃあ、私もお願いしようかしら」とディーナも頭を差し出す。

 アレクセイはディーナの頭を撫で始めるが、腕に押しつけられたぷにんぷにんの暴力は凄まじかった。


 ――わざとやってるな。


 アレクセイの思いに気がついたようで、目が合うとディーナはいたずらっぽく笑う。


 ディーナの頭を撫でているうちに、目を輝かせた女性陣が集まってきた。

 そして、どこからともなく現れたスージーが彼女たちをさばく。


「はーい、一列に並んでください。一人一分までです。終わったら速やかにどいてください。二回並ぶのはナシですよ」


 女性陣はスージーの言葉に従い、おとなしく列をつくる。

 昨日の混乱が嘘のように、一糸乱れぬ動きだった。


 いったい、昨晩の女子会でなにがあったんだろうか……。


 ――運び込まれた魔硬竹の用途は多岐にわたる。


 大部分は、村を囲う竹垣に。

 炭焼き小屋に運ばれ竹炭に。

 手先の器用な者によって日用道具へと加工される。


 そして、魔硬竹は戦力増強にも役立つ。


「メルタには吹き矢と矢筒を作ろう。飛距離と威力が伸びるはずだよ」

主様ぬしさま、ありがとう」

「イッチ、ニクス、サンカには魔覆液でコーティングした竹鎧だ」

「大将、ありがてえ」

「兄貴、感謝するぜ」

主殿あるじどの、ありがたく頂戴いたします」


 三人が使っていた革鎧では心もとなかった。

 もっと防御力の高い鎧にしたかったのだが、金属鎧では森での活動に不向き。

 その点、竹鎧はもってこいだ。

 動いてもうるさくないし、軽いので疲労も少ない。

 そして、防御力では鉄鎧以上だ。


「後は戦えない村人用の武器だな。竹槍とか……」


 アレクセイの頭の中にはいくつかのアイディアが浮かんでいた。


「ご飯ですよ~」


 ナニーの呼び声に、「じゃあ、ご飯にしようか」とみんなは広場に集まる。

 楽しく進んでいた夕食だが、一部で不穏な空気が流れ始めた。

 普段は温厚な村人たちだが、男たちの言い争いがアレクセイの耳に届く――。


「タケノーコこそ至高だっ!」

「はあ? おまえ、なに言ってんだ? キノーコの方が絶対に美味いに決まってるだろッ!」


 二人の男がタケノーコの煮物とキノーコのスープ、どちらが美味いかで言い争っていた。

 そして、その争いは村人の間に広まっていき、タケノーコ派とキノーコ派に別れ、一触即発の空気だ。


 そこに――カーンカーンカーンと響く音。


 鬼のような形相をしたナニーがお玉をフライパンを打ち鳴らしながら登場した。

 いつものナニーからは想像もできない激しい怒気に当てられ、興奮していた村人たちはおとなしくなる。


「うるさいっ! だまらっしゃい! 文句はこれを食べてから言いなさいっ!」


 ナニーは凄い剣幕で割って入り、村人の前に大皿をどんと置く。


「これは……」

「じゅる……」

「うまそ……」


 バタとセウ油の香ばしい香りは村人の胃袋をダイレクトにし、一触即発だった空気が弛緩する。


「タケノーコとキノーコのバタセウ油炒めだよ。順番に並んで食べなさいっ!」


 村人たちはお皿に盛られた炒めものを口に運ぶ。


「美味いっ!」

「タケノーコとキノーコの旨さが調和している」

「ああ、お互いの旨さが引き出されてるね」

「別々に食べるより、何倍も美味しいよ」


 皆の目はキラキラと輝き、先程までの剣呑な雰囲気は霧散していた。

 やはり、美味しいものの威力は抜群だ。


「タケノーコも、キノーコも、どっちも美味しいの。分かった?」


 みんな、首を縦にブンブンと降っている。


「じゃあ、これからタケノーコとキノーコのペロンペロンチーノ作るから、待ってなさい」


 大歓声が湧き上がった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ジバク草を育てます。』

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